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突然変異ですか。
それとも山桜の改良種でしょうか。
人の手が加わって改良されたとすれば、このシルエットの枝垂れ桜が植えられた300年前には改良品種があったことになります。
この地で突然、山桜の枝が下がったとすれば、500年前であろうと、300年前であろうと不思議はない。
一体どちらでしょうか。
突然変異で園芸用の新種が誕生したのか、何か意図して新種を作り出したのか、残念ながら言い当てる能力を持っていません。
数多く残るシダレやエドヒガンの老木を見ていますと、往時からきれいな花を咲かせようという強い情熱を込めてこれらの樹々を植え込んだことが感じられます。まさにこうした情熱が育ててきた樹木であろうと思います。
ここ円正寺では1657年往持乗覚が植栽したとのことです。
新しい桜を目で確認した上で植えたに違いありません。
となればその前からエドヒガンの改良種がすでに存在していたことになります。
この桜は京都の本山から各地の末寺へ送られた一本かも知れません。
日本の園芸も実に奥行きが深い。
樹木の改良も作庭技術も秀吉・家康のずっと前から進んでいたことになります。
「ゆき暮れて雨もる宿やいとざくら」(蕪村)
宿の枝垂れ桜を見て蕪村がこの句を詠んだのは庄原の桜が植えられて100年後です。
そのころには人々のうわさにのぼる枝垂れ桜が各地あったはずです。
その時代の高野という所は田舎も大田舎で、人影も薄い地であったでしょう。そんな所に、最先端のシダレを植えるというのは、美を追求する純な心のなせるところで、思えば楽しい限りです。