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修行僧が行く

OCNブログから引っ越してきました。日々の彷徨の記録を綴ります。

円正寺のシダレザクラ

2006-04-30 07:39:06 | 

4月29日(土) みどりの日

Sakura042922 広島県庄原市高野町にある円正寺のシダレザクラについては、地元では説明不要であろう。樹齢300年を超える県内有数の巨樹で、この時節高野の町の空を桜色に染めるかと思えるほどに豪華に咲く。ここでは、その豪華な花は横に置いて、花をつけた老木のシルエットを中心にご覧にいれる。このクラスの樹になると、シルエットだけでも十二分に鑑賞に堪え得ると思うが、如何であろうか。

Sakura042923

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花をつけた姿もご覧に入れないといけませんね。円正寺と隣の金秀寺のシダレザクラが塀からせり出しています。

Sakura042926


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4 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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枝垂れ桜の原種はどこからきたのでしょうか。 (Thallo)
2006-05-01 09:23:20
枝垂れ桜の原種はどこからきたのでしょうか。
突然変異ですか。
それとも山桜の改良種でしょうか。
人の手が加わって改良されたとすれば、このシルエットの枝垂れ桜が植えられた300年前には改良品種があったことになります。
この地で突然、山桜の枝が下がったとすれば、500年前であろうと、300年前であろうと不思議はない。
一体どちらでしょうか。
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ここ円正寺の説明板によれば、ここの枝垂れ桜はエ... (修行僧)
2006-05-03 06:47:09
ここ円正寺の説明板によれば、ここの枝垂れ桜はエドヒガンの園芸種であると記してあります。
突然変異で園芸用の新種が誕生したのか、何か意図して新種を作り出したのか、残念ながら言い当てる能力を持っていません。
数多く残るシダレやエドヒガンの老木を見ていますと、往時からきれいな花を咲かせようという強い情熱を込めてこれらの樹々を植え込んだことが感じられます。まさにこうした情熱が育ててきた樹木であろうと思います。
ここ円正寺では1657年往持乗覚が植栽したとのことです。
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350年前に植えたとなると、もうその頃から枝垂... (帝釈天)
2006-05-04 11:44:46
350年前に植えたとなると、もうその頃から枝垂れ桜は知られていた筈です。
新しい桜を目で確認した上で植えたに違いありません。
となればその前からエドヒガンの改良種がすでに存在していたことになります。

この桜は京都の本山から各地の末寺へ送られた一本かも知れません。
日本の園芸も実に奥行きが深い。
樹木の改良も作庭技術も秀吉・家康のずっと前から進んでいたことになります。

「ゆき暮れて雨もる宿やいとざくら」(蕪村)
宿の枝垂れ桜を見て蕪村がこの句を詠んだのは庄原の桜が植えられて100年後です。
そのころには人々のうわさにのぼる枝垂れ桜が各地あったはずです。




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帝釈天さん、その時代は、染井吉野などまだない時... (修行僧)
2006-05-06 20:31:53
帝釈天さん、その時代は、染井吉野などまだない時代ですから、やはり世間ではヤマザクラ系が桜の太宗であったのでしょうね。そんな中で、エドヒガンやシダレが如何に美しい桜であったかは、想像がつきます。
その時代の高野という所は田舎も大田舎で、人影も薄い地であったでしょう。そんな所に、最先端のシダレを植えるというのは、美を追求する純な心のなせるところで、思えば楽しい限りです。
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