徒然地獄編集日記OVER DRIVE

起こることはすべて起こる。/ただし、かならずしも発生順に起こるとは限らない。(ダグラス・アダムス『ほとんど無害』)

失敗は繰り返された/清水降格を受け入れるための覚書その3

2015-10-23 18:02:17 | SHIMIZU S-Pulse/清水エスパルス2015
前回、前々回と二度のギャンブルについて書いた。
スポニチの降格検証記事を読んでいて、そのギャンブルの当事者である大榎克己は、やはりもうひとりの当事者、長谷川健太の幻影に振り回されていたのではないかという思いが改めて強くなった。
クラブの設立メンバーというだけでなく、高校時代には清水東高の三羽烏として静岡の高校サッカー黄金時代を築いた生粋の清水オリジナルのふたりである。それは意識しないわけがないだろう。清水での失敗を糧に現在はガンバ大阪でプロ監督としてのキャリアを順調に積んでいる健太と一度たりとも浮上のきっかけをつかむことなく、結果的にクラブを降格させてしまった大榎。
しかし今日の大榎が、勿論健太だった可能性もある。
彼らの起用はギャンブルだったのだから当然だろう。

ふたりのやり方は好対照だった。
ユースの監督を長く務め、トップチームでも積極的にユースのプレーヤーを起用した大榎に対して、健太時代は低迷期の地元中心の路線を改め、静岡にこだわらない選手補強を進めた。これにより久米一正(強化育成本部長)と興津大三(スカウト)の名前が大きくクローズアップされた。有望新人獲得におけるあまりの好成績に興津などは毎年のシーズンオフの話題の中心だった印象さえある。
健太の幸運は、2000年代前半のユース黄金時代を支えていた杉山浩太に加え、枝村、山本真希、山本海人などが大卒、高卒プレーヤーと共に加入してきたことだろう。「静岡からの路線変更」と言いつつ、実際にはユースも厚い選手層に大きく貢献していたのだから、清水に拘る一部サポーターの不平不満も起こるはずがない。
大榎の不幸は、久米も興津も、さらに言えば早川巌もいなかったことにある。勿論監督としての技量の問題もさることながら、彼をサポートすべき強化部を中心とするフロントの問題が大きかったのではないか。それは大榎就任時に遡って検証されるべきで、当時の竹内前社長と原靖強化部長の責任は重大である。

クラブが「レジェンドというギャンブル」を打つとき、2度の「低迷」があり、当然その低迷期に監督に就いていた人物がいる。
石崎信弘(→長谷川健太)とアフシン・ゴトビ(→大榎克己→田坂和昭)である。
共に手腕とマネジメント能力が高く評価される一方で、スタンドの一部サポーターと鋭く対立し、遺恨さえ遺した石崎信弘とアフシン・ゴトビ。そしてその後に、とても「レジェンド」を遇するタイミングとは思えないスクランブルな状況で監督に就任することになる長谷川健太と大榎克己。
健太はそれなりの成績を残しクラブとサポーターに「成功体験」をもたらしたものの、退任時には史上に残るチーム大崩壊をも同時にチームにもたらした。一方の大榎はある意味でプレーヤーに乞われるような形で監督に就任したものの降格の憂き目に遭う。
健太と大榎の「やり方」は好対照で、そして最終的な崩壊は符合している。
このようなスタンドとの対立を繰り返して、そのたびに付け焼刃でレジェンドを使い捨てるやり方を続けて、フロント、そして「一部」サポーターは、このチームに新たな監督が就任できると思うのか。
何を応援し、何のためにサポートしているのか、はっきりと考え直す時期が来ている。

清水エスパルスはこの約10年間で2度、同じような失敗を繰り返している。
クラブが「問題」を把握していないとは思えない。これはやはり事なかれ主義を続けた前フロントと、現場と感情的な対立を繰り返す「一部の」サポーターに問題があるとしか思えない。
3度目の失敗は許されないだろう。

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