徒然地獄編集日記OVER DRIVE

起こることはすべて起こる。/ただし、かならずしも発生順に起こるとは限らない。(ダグラス・アダムス『ほとんど無害』)

踊るマネージャー

2006-01-31 02:04:50 | 素日記
久しぶりに鶴山欣也さんと会った。
元SIONさんのマネージャーで、現在またマネージャーをやっている鶴さんである。今回のマネージャー稼業は原宿駅前のLIVE&CAFE「原宿JET ROBOT」のマネージャー。今晩はダンス作品の上映会をするとの連絡があり、初めてお店を覗いた。本当は舞踏家でもあるのだ。ということで、最近は自他共に認める踊るマネージャーらしい。

上映されたのは鶴さんが主宰する大駱駝鑑系の舞踏集団、舞踏工房「若衆(やんしゅー)」の10年前の作品「しゃみ」。電話では「上映後、1時間ぐらいトークする」という話だったような気がするが、「知り合いばかりで真面目な話しても仕方ない」とマイクを持ったステージトークは2、3分で切り上げ(せっかく真面目に作品について語ってたのに)、結局呑みながらトーク。それもまた鶴さんらしいが。

中洲通信のバックナンバーも置いてもらうことにしたので、原宿にお寄りの際は是非是非。原宿駅竹下口から徒歩0分。昼はランチ・カフェ、夜はバーで、毎晩20時30分からインディーズを中心に、さまざまなライブが行われるというライブスペースでもある。「トークライブの企画でもどう?」ということなので、ちょっと考えてみようかなァ……。

(2月3日追記)
鶴さん経由で、原宿JET ROBOTにどどーんとLBのバックナンバーを贈答しました。同店に行けば実物をお手に取って見ることができると思いますので、ランチタイム、またはバータイムのお供にドゾ。
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トリオ+1

2006-01-30 12:24:06 | Music
上野・GH9で橋本信二トリオ+1(橋本信二gt、畠山芳幸b、大島洋dr、森田修史ts)。
スタートぎりぎりに店に入ると森田君がいたので驚いた。今月26日に御茶ノ水・NARUでこのカルテットのライブがあったのを後から見つけて、聴きたかったと思っていただけに、よかった。「この間4人でやった時(おそらくNARU)、上野も遊びに来ていいって言われたので」ということらしいが、最初から最後までブロウしてました。森田君も期するものがあるのか、今後が楽しみだ。
今月のPUREのライブ前に信二さんと森田君でリハした、本田さんが最後に作ったという曲(無題・Cマイナー?)に始まり、2セット、22時30分まで。

信二さんと森田君のバンド、THE PUREのライブは3月7日、新宿・PIT INN、4月18日、JIROKICHIで予定されている。3月のライブではPUREの歴代ヴォーカリスト等の旧メンバーも参加とのこと。
この日のMCで信二さんは「オリジナルは作った人が弾いた方がいい」なんてつれないことを言っていた。しかし、確かに紀尾井ホールの本田さんのピアノソロは素晴らしかったけれども、やはり信二さんのギターで『Eu te Amo』を聴きたいのだ。あのパッションとエモーションに溢れた世界はバンドでなければ生み出せない。それもオリジナルだと思うんですけどね……。
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インタビュー

2006-01-29 06:24:30 | Music
――本田さんの奥さんは歌手ですが、歌に対して、ピアノ弾きとしての限界を感じたことは、ありませんか。たとえばピアノにすごく拘束されてしまうとか。
本田 やっぱり、ありますね。ピアノをやめて歌手になろうかと思ったこともあるし……。歌には、他のものにかなわない何かがあるよねえ。歌ってのは、人間の肉声でしょう。ピアノは上から叩く、それだけでも、もう、違う。たとえば何か言いたいことがあってピアノを通じて言おうとしたってこれはかなり難しいと思うんだよね。ピアノを弾いてて、うまく三人のバランスが合って、どんどん音楽が出てきた時は、やっぱり声が出ちゃう。(中略)
――一体全体、音楽というもので何ができるのでしょう。
本田 音楽をやると、運動になる(笑)。反対に、俺が聞く立場になった時には、美しいもの……美しいものってのは変だけど、いいものを聞いて影響されるってことがある。(中略)今でもクラシックの、カザルスのチェロを聴いても感動するねえ。テレビで最近やってたんだけど、もう、涙がぽろぽろ出て来ちゃって。いい音楽って、いつも自分の生活とかちょっとオーバーだけど人生観とか、そういうものに対して微妙な変化を与えるのだと思う。正しい方向とか、極端な言い方をすれば悪の道に入らないとか、そういうものを感じさせるのが、いい音楽じゃないかな……。わりと質の……音楽の中味の薄いやつってのは、その場でぱっと終っちゃう。何十年も自分の気持ちに生き続けるってことは不可能だと思う。その人の中に何十年も生き続けることのできるような音楽っていいね、自分にそうするように言い聞かせてるわけだけれども。
(『JAZZ』14号・1972年秋 本田竹曠「ブラック・ピープル幻想」より)
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修理完了

2006-01-29 05:29:59 | 素日記
パナソニックのDVDレコーダーが修理より帰還。修理依頼から中1日ということでこれはめちゃ早だ。近所ということもあるし、系列のサービスセンターに依頼したこともあるけれども……石丸電機で修理依頼したもう1台は、おおよそ2~3週間程度かかる上に修理完了は葉書で通達という、あまりにアナログな対応だっただけにちょっと驚いた。今時この手の連絡を葉書でするものだろうか、普通。
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2年目の始動

2006-01-27 02:12:36 | SHIMIZU S-Pulse/清水エスパルス06~10
<「最初はラインが低いとか、ボールを取る位置が低いとか、いろいろ言われましたが、選手には、これは自然に高くなっていくから大丈夫だと言い続けていました」>
<「昨年は、いつでも原点に戻れるという部分を確立したかった。確かなベースをつくりたかったから、そこだけは絶対ブレないようにやってきたつもりです。」>
<実は、長谷川監督の頭の中には、まだまだ次のステップへの“隠し玉”があるのだという。それは時期尚早の部分もあって選手にも伝えていないが、少なくとも今シーズンや来シーズンへの飛躍に向けて、着々と布石を打っていることは間違いない。
「就任と同時に掲げた『3R(復活・歓喜・尊敬)』はまだまだ志半ばですが、それは最終的にそこに至ることを目指しているわけですから、もちろん今年も続きます。そして常に勝利を目指して全力で戦います。僕自身も、とにかく負けるのが大嫌いという気持ちは、子供のころから全く変わらないですから(笑)」>
『SHIMIZU S-PULSE NEWS』2月号「自信から確信へ 長谷川健太監督 1年目のチーム作りを振り返る」)

藤本淳吾「目標としてる選手っていうのはいないんですけど、やっぱり中村俊輔君とはプレーとかが似てると思うんで、僕自身も。なんで参考という程度っていうか(中略)。目標はいないです。」「僕は強化指定中健太さんに「帰れ」って言われたんですけど(一同笑)、今年は怒られないようにしていきたいと思います。」(Sの極み 1月21日付)

山本真希「非常に短気で、負けず嫌いです。」(Sの極み 1月21日付)

パルちゃん「天皇杯では悔し涙だったけれど、でも、エスパルスが決勝にまで勝ち上がることができるチームなんだということもみんなに見せることができたし、時間帯によっては浦和にも負けていなかったと思います!」(清水エスパルスオフィシャルサイト)

パルちゃんの中の人が妙に冷静だったりして。
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修理

2006-01-26 20:09:07 | 素日記
2台あったDVDレコーダーがほぼ同時に壊れたので両方とも修理に出す(パナソニック製はこれで3回目の修理……)。残るはダビング用のビデオカセットレコーダーのみ。何とも心許ない。

画像は最近集め始めたワッペン収集の1枚。鹿島は好きなわけじゃないが、この1994年のジーコ引退記念ワッペンは結構カッコイイ。
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原稿

2006-01-24 23:54:59 | Works
LB3月号の最後の原稿を書いてから、三軒茶屋へ撮影に向かう。半蔵門線に乗りながら谷やんに原稿をメールで送り忘れたのを思い出したが後の祭り。ひとまず気まずい思いで入江とカメラマン湯川君と合流。
先週撮影できなかった昭和テイスト溢るる屋内釣堀、三軒茶屋ツリボリを撮影。オーナーのお母さんにも話を伺うが、三軒茶屋周辺には同様の屋内釣堀がまだあるという。これは三茶の文化なのか。

撮影終了後、交番横のベトナム麺FOで取材兼昼食。
家に戻り原稿をメール。これにて終了。ゲラが来る気配はもはや、ない。
悪い。
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新体制

2006-01-21 05:22:35 | SHIMIZU S-Pulse/清水エスパルス06~10
健太「『タイトルを取ります』ということを自信持って言えるまでのまだチーム力はない」(Sの極み 1月20日付け)

清水エスパルスの2006年の新体制が発表された。
新加入の藤本淳吾がノボリの背番号を引き継いで10番を背負う。また早稲田のファンニステルローイ矢島卓郎がキタジの9番。岩下の5番は意外だったけれども、それも期待の表れか。正直、天皇杯決勝での言動から康平が10番になるのは如何なものかと思っていたので(しかし祝入籍)、ひとまず順当。
今テレビではアーセナルTVでボロ戦の物凄いゲームが流れているけれども(アーセナルが強すぎて)、藤本はピレスみたくなってくれないか。当面Jレベルでいいんで……。

今日はツインメッセ静岡でサンクスデー。今年こそ行きたかったが、終るもんが終らず今回も断念。地元のみなさんはお出かけ下さい。
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釣堀

2006-01-21 04:58:32 | Works
三軒茶屋のツリボリ三軒茶屋を取材。創業昭和38年の室内釣堀。開放感はないが、ご近所さんに愛されている穴場的なスポットか。常連さんのエピソードがアットホームすぎ。来週改めて写真撮影。すずらん通りあたりを少々探ったあと、事務所へ行き玉木正之さんのゲラチェック等。

『mbali africa sadao watanabe live』購入。
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さよなら本田さん

2006-01-20 01:36:27 | 素日記
結局朝までに原稿はできず、へなちょこプリンタに渾身のグーパンチを浴びせて、急いで家を出る。

今日は本田竹広さんの告別式。
高円寺駅では宮古から来たというジャズバーの方とタクシーで相乗りし堀ノ内斎場へ向かう。斎場ではすでにお焼香を待つ数百人の人が列を作っていた。
時計が正午に近づいた頃、とうとう出棺の時間。喪主の政直さん、そして珠也さんの挨拶のあと、斎場を後にする本田さんの棺を見送るように合唱が始まった。THE PUREのライブのラストを飾るオリジナルの『Save Our Soul』。それまで何とかシャッターを切っていたオレも、とても悲しそうな顔でひとりギターを弾いている橋本信二さんの目を見た瞬間に、堪える間もなく涙が溢れて来た。もう言葉はいらないよな、そんな感じだ。
LB2月号に登場して頂いた珠也さんはインタビューで「山のような存在になりたい」と言っていた。それが彼の父を指していたのか、今になってみるとわからないけれども、ただその言葉を思い出した。

告別式が終わり、家に帰って着替えてから、事務所へ向かう途中、信二さんのあの時の顔や、あれほど本田さんを追いかけていて歌詞も諳んじているはずの「春よ来い」のオヤジさんが静かに涙を流していた姿を思い出すだけで胸が熱くなった。オレも何か、喪失感のようなものがある。何か本田さんに聞いてみたかったことがあったような気がする。とりあえずMOJOの話を聞いてみたかったな……。
さよなら本田さん。
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撮影

2006-01-19 00:08:55 | 素日記
高円寺の堀之内斎場で本田竹広さんのお通夜が営まれた。午後、マネージャーの田村さんから撮影するのならば17時までに来るように連絡が来たので、原稿を切り上げて(ごめん)、荻窪で撮影をした後、タクシーで急いで斎場へ向かった。17時を少々過ぎてしまったが、田村さんに挨拶し、祭壇と周辺を撮影。テレビ岩手(フジテレビ)のカメラも入っているようだ。ラスタファリアン・ カラー(赤・緑・黄色)とトロピカルな花に飾られた祭壇はいかにも本田さんらしい。
お通夜は18時からの予定だったが、当たり前だけれども入りきれないほどの弔問客で、時間前からお焼香が始まる。本田さんのお顔は、あのいつも客席から見ていたままの顔だった。焼香後、THFC事務局長の尾崎さんにご挨拶する。本田さんはその直前(11日のJIROKICHIでのTHE PUREのライブ)までとてもお元気で、尾崎さんらと共にこの春に計画していた大きなプロジェクトに希望を持っていたことを改めてお話された。
19時を過ぎてもお焼香の列は途絶えない。明日は本当のお別れです。

朝までに原稿を終らせて、告別式へ行く予定。
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展望台

2006-01-17 03:51:30 | Works
日曜からテープ起こし作業。9時頃、一端切り上げて六本木ヒルズへ向かう。薄曇なのがちょっと残念だったが、展望台を取材・撮影。
撮影帰りに近くの中華料理Eで昼食。味付け、ボリューム等はまったく問題はない。繊細さの感じられない応対がまた最高。また行く。

『STAR SOCCER』を買ってみる。ひしひしと感じられるのはやはりロッキンオン90'S。Jは定番のレッズとカズを取り上げてお茶を濁した感じか。

家に戻り、3月号の構成再考。
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予言者

2006-01-16 03:25:42 | SHIMIZU S-Pulse/清水エスパルス06~10
ようやくamazonで注文していた木村元彦の『オシムの言葉 フィールドの向こうに人生が見える』(集英社インターナショナル)が到着。これはユーゴサッカーとストイコビッチを愛する木村氏の『誇り』『悪者見参』に続く、ユーゴサッカー3部作の完結編だという。この人の取材力から言ったらもっと厚い本(熱いと言い替えてもでもいいけれども)かと思っていたけれども、意外とさっぱりとしたハードカバー。文庫化でまた加筆するのか。まあまた今年もジェフの指揮は取るようだし、それを見届けてから木村氏が総括するのがよろし。彼の功績は誰かがまとめなきゃならないと思うが、現時点で木村氏以外の適役はいないだろう。

もはやジェフユナイテッド市原・千葉という一クラブに止まらず、日本サッカーに多大な影響と示唆を与え続ける偉大なユーゴ人監督イビツァ・オシム。我が清水の健太も意識しているようだし、天皇杯で対戦しオシムから握手を求められた元清水監督、現甲府監督の大木さんもその影響下にある指導者だろう(そのわりに、あのスピーチ下手は如何ともしがたいけれども)。昨シーズンのJリーグが海外リーグと比較しても面白かったのは決してリーグ戦が終盤までもつれた「物語性」だけではなく、リスクを冒しても「観客を楽しませるアグレッシヴなサッカー」を追求するクラブが増えたからでもある。そしてそれはオシムがこの3年間、ジェフで具現化してきた哲学の影響下にあるものだと思う。そんなオシムが初めて日本で獲得したタイトル、ナビスコカップの決勝が見事なまでの消耗戦だったのは皮肉なもんであるけれども。
このエンタテインメントの醍醐味は、決してゴールシーンだけを集めたスポーツニュースでは味わえない。大事なのはライブ。今年はスタジアムに行きましょう。

昨年4月23日のジェフ対エスパルス戦でオシムはこうコメントしている。

「監督ではなくて去年まではやはりブラジル人の問題があったんじゃないでしょうか、このチーム(エスパルス)は。でまあすごく有名な選手とかがいて、周りの期待が大きかったんじゃないでしょうか。清水は今回監督が決めて、若い選手を多用しているということで、そういう意味では優勝するとかそういうことじゃなくて、やはり清水のクラブとしてのプランによって、そういう風に若い選手を使い続けることによって、今シーズンが終った頃には若い選手が一人前の選手になっているんじゃないでしょうか。そういう意味では「清水というのは若い選手がたくさんいるよ」という一つの方向性が生まれるということでも良いことではないでしょうか。
あとはまあそれで、どうゆう結果になるかっていうことですけど。まあただ、やはりこの自分たちの地方の選手が良いプレーをしたときにはやはり良いものですよね。」(Sの極みより)

これもオシムの予言成就ってことでいいかな。オレは信じていたけど。

(2月2日追記)
木村さん、一刀両断
このライターの名前知りたいなあ……。
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玉木節

2006-01-15 01:15:01 | LB中洲通信2004~2010
東京ステーションホテルで評論家の玉木正之さんを取材。移動前のわずかな時間を割いていただきお話を伺う。その舌鋒の鋭さと刺激的な部分しか拾われないテレビでの発言で反発されることも多い人だが、その発言も正論とエンタテインメントを心得た玉木節と思えば楽しめる。
玉木さんの編集によってJリーグ黎明期に刊行された『Jリーグからの風』は、Jの誕生によって象徴される日本でのスポーツの新しい時代(当時)を伝える一冊。当時、オレもかなり共鳴したもんです。
今回は特集の序論のような形でWBC、ワールドカップ、そして「代表とは何か」を語って頂いた。短いインタビュー後、東京駅の前で撮影。

それにしてもワールドカップ後は、仕事をセーブして島田雅彦・三枝成彰のオペラ『忠臣蔵』を演出に専念するというのだから忙しい人だ。

高橋正明/小松健一『チリ 嵐にざわめく民衆の木よ』(大月書店)、『ニイガタ現象』(双葉社)購入。
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本田さん

2006-01-14 12:31:04 | Music
青山で打ち合わせの後、神楽坂の事務所へ。取材のアポ等の作業も終わったので、久々にgate oneにでも行こうかと思っていたら、隣の袴田さんから声がかかった。「本田さん、どうしたの?」。袴田さんが見ていた公式HPのBBSを読み、すぐにマネージャーの田村さんに連絡を取る。そして本田さんの訃報を聞かされた。

3年前のことである。神楽坂の居酒屋で袴田さんと呑んでいたとき、その頃放送された本田さんのドキュメンタリー番組の話になり、本田さんに興味を持った。翌年春に、鷺宮の鉄板焼き「春よこい」で本田さんを取材をさせていただき、それ以来毎号のように情報を載せ続けた。そしてライブに通うようになって、「壮絶なリハビリ、闘病生活」だけでは語ることのできない、雄大で陽性な本田さんの姿も知ることができた。
昨年夏の紀尾井ホールでクライマックスを迎える2年間を取材者として関わることができたのは幸運だったと思う。本田さんとTHE PUREとマネージャーの田村さんを通じてさまざまなジャズマンとも出会い、その音を聴くことができた。本当にありがとうございました。通夜、告別式は来週。

高田馬場のgate oneへ行き、呑む。いつも通りにジャズは流れる。

(追加 1月15日)
THFC事務局長の尾崎氏より2006年に計画されていたビッグプロジェクト、「その日」の動き等の詳細が公表されました。
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