まず、このタイミングの悪さは何なんだろう。
アフシンは勿論、ライターの田邊雅之氏も扶桑社も、まさかこんな状況で発売日を迎えるとは思ってもいなかっただろう。開幕一ヶ月の清水は同書でも取り上げられている2011年夏の0-4三連敗と並ぶ一触即発の状況になっている。
勿論スコアを抜きに内容を見てみれば、勝てないとはいえリーグ戦は2分1敗で連敗はない。ナビスコカップ予選も1分1敗である。しかし開幕直前のPSMで新潟に0-4で負けてから派手な負けっぷり、閉塞感漂う勝ち切れなさっぷりが尋常ではない。これでは<今、日本サッカーが清水エスパルスから変わっていく。彼は組織にいったい何をもたらしたのか?>という帯文も虚しい。
なぜなら清水は今なお変わり続けることを余儀なくされ、「もたらす」も何も、まだ「もたらす」ものを手にしていないのだ。
しかしサブタイトルの<人生とサッカーにおける成功の戦術>という言葉は、来日前のアフシン・ゴトビという人物のキャリアを指すものとしてはそれほど違和感はない。
所々に自画自賛が強く出ている部分は彼のキャラクターだとしても、エンジニアを志して入学したUCLAでのプレーヤーとしての挫折、NASL倒産によって余儀なくされたサッカーキャリアを経て、「全米初の本格的」サッカースクールの成功(シドニー五輪の日本戦ではスクール出身者がスタメンとして3人出場したという)、さらにビデオとPCを駆使した戦術分析・プレーヤーの管理が評価され、ボラ・ミルティノヴィッチ、ビム・ファーヴェーク、フース・ヒディング、ディック・アドフォカードといった指導者たちと出会い、共に仕事をしていく。
指導者、スタッフとしてはUCLA女子チーム時代、経営するサッカースクールを経て、<フットボールアナリスト>の肩書きで韓国チームスタッフ(分析スタッフ)として参加した日韓ワールドカップで、それまでワールドカップで勝てなかった韓国を準決勝にまで導くことに成功。さらに水原三星、LAギャラクシーでのアシスタントコーチを経て、母国イランでペルセポリスの監督に就任し優勝に導く。直後に南アフリカワールドカップ予選の最終局面でイラン代表監督に就任。北朝鮮、UAE、韓国を相手に3試合を残して2勝1分のミッションで与えられながら1勝2分の結果に終わりつつも、その後のアジアカップまで指揮を取る(その後、清水エスパルス監督就任)。
結果は事実なのだが、ちょっと盛っているような気がしないでもない。
いや、成功部分は盛っているだろう(たぶん、きっと)。
しかし13歳でアメリカへ渡ったサッカー好きのイラン人少年が手にした「成功」としてはかなりものであるのは間違いない。
ここまでで本書のほぼ2/3を占める。組織論、マネジメント論、メンタリズムをベースにした、実にビジネス啓発書ライクな内容である。その意味では帯文に書かれている文章に偽りはない。<数奇な運命>というのはあまりにもロマンチック過ぎると思うけれども、「ビジネスマン」としてのアフシンのバックグラウンドはよく見えてくる。
本書には「日本(韓国、東アジア)のタテ社会」についての言及がある。これ自体はずいぶん古臭い論点だと思うのだが、ピッチに送り出された若手がベテランに頼るあまり、時に萎縮し、時に自分で判断が下せない、リスクを恐れてチャレンジしない、という話につながっていく。きっとこれは2012年に伸二や岩下が移籍していく中でアフシンが痛感したことなのだろうと思う。
ナビスコカップファイナルをピークにこのチームのコンセプトは、それまでのように徐々に若手へシフトチェンジすることを前提にした「ベテランと若手の融合」から、きっぱりと「若手中心のチーム作り」へ切り替えていく根拠となっているようだ(それが本書での「最新型エスパルス像」の前提)。
しかし、そんなものは傍から見ていても想像がつく。
問題はアフシンが清水に何をもたらし(もたらそうとし)、この2年間でどう軌道修正を繰り返してきたのか、なのだ。
ストーリーの構成にしても、エピソードのチョイスにしても、この内容では欲求不満が残る。
<2012年の「ローラーコースター」も7月のマリノス戦で「底を打」ち若手に切り替えることで好転した>となっているが、問題は、というか語られるべきなのは、それ以前の2012年前半戦のピークであったベストゲームのひとつホーム鹿島戦(成功)であり、マネジメントの問題を内包しつつ乱れ打ちで力負けした2012年ホーム柏戦(失敗)であるはずだ。彼がもたらそうとしている「理想と現実、そして成功への意志」がそこにある。
勿論、柏戦などは移籍問題にも関わってくるだろうから、現時点で内幕を語れるはずもないのだろうが、だからと言って触れないのも不自然過ぎる。いくら過去を雄弁に語ろうとも、今アフシンは清水の監督なのだから。
というかですね、アフシンと清水が過ごしたこの2年、もっとチョイスすべきエピソードはあるはずだ。
「まだ何ももたらしてはいない」という意味では清水のストーリーを書き込めないことも理解できるけれども、この点をビジネス書ライクに構成したら本当に誤解されると思うのだが…まあ、これは構成の問題かな。
2012年にチームを若手中心に切り替えたアフシンは、今揺れ動いている。いくら揺れ動いてもほとんど若手しかいないチームで、それでもまたベテラン(のようなもの)と才能ある若手の融合というコンセプトに再シフトチェンジする可能性がある。
今週アフシンは「生きるか死ぬか、ではない」とコメントしていたものの、今日の結果次第では「生きるか死ぬか」の状況になりかねない。
運命の広島戦まであと6時間。
オレたちは水原になるのか、それともペルセポリスになるのか。
これから起こるアフシン・ゴトビのストーリーに清水エスパルスの章がしっかりと書き込まれることを祈っている。