今回の中洲通信に登場していただいた世良公則さんの話の中で印象的だったのは、テレビに対する話だった。70年代末のあの時代、アイドル並の扱いで露出していた世良さんは、今「伝えること」の難しさを語っている。曰く、テレビは火が着いたものでなければ取り上げない。もはやテレビに取り上げられることが大事な事なのかと言えば、そうとばかりは言い切れないが、それは露出というものと同意語だ。いくらいいものを作っても伝わらなければ、露出しなければ意味はない(いや、勿論意味はあるんだけれども)。
つまり火は自分で点けなければならない。
来年、デビュー30周年を迎える世良さんにとって、それは間違いなくひとつの着火点だと思うし、そうなることを祈っている。
翻って、それはやはりオレだって同じことだ。放火魔じゃないけれども、改めて、火は自分で点けなきゃダメなのだと思う。世良さんのインタビューは触発されるものだった。
つまり火は自分で点けなければならない。
来年、デビュー30周年を迎える世良さんにとって、それは間違いなくひとつの着火点だと思うし、そうなることを祈っている。
翻って、それはやはりオレだって同じことだ。放火魔じゃないけれども、改めて、火は自分で点けなきゃダメなのだと思う。世良さんのインタビューは触発されるものだった。