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マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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磐瀬の杜放魚祭

2008年05月09日 08時34分53秒 | 三郷町へ
JR大和路線(関西本線)の三郷駅から南に少し歩くと左手に龍田大社の飛び地境内である磐瀬の杜に着く。

現在は小さな公園のような趣だが、かっての杜は東側の大和川岸辺にあった豊かな森だったという。

その昔、畑が広がり子どもらの遊び場だった川堤の森は、河川の氾濫や護岸改修工事によって現在地に移転された。

現在の杜前は車道路になっているが、元は関西本線の線路道。

南に進むと亀の瀬にたどり着く大阪奈良間の街道。

昭和6年に始まった亀の瀬の地すべり大崩落で大和川が埋まった。

昭和7年に線路を付け替え杜の辺りからは急なカーブを描く。

4日、龍田大社で例大祭を終えた午後、神職や総代らは磐瀬の杜に集まってくる。

神饌を供えて祓えの儀、祝詞奏上など放魚祭神事が執り行われる。

一同はお神酒を入れた盃を手に持ち、弥栄に栄えと「いささか」と口上し酒を口にする。

水の神を讃え、清らかな水の恵みに感謝し疫病を避ける放魚祭を無事に終えた一行は、川に降り元の杜であったとされる川原に向かう。

支流から流るる岸辺に立ち、ひとりずつ鯉を川に放していく。

来年は大きく育って戻って来いよと願う合掌を背にうけ、水流に身をまかせるように鯉は泳いでいく。

(H20. 4. 4 Kiss Digtal N撮影)

秋留八幡神社鬼打ち

2007年03月02日 07時47分14秒 | 三郷町へ
生駒の南に位置する三郷町。

勢野の地に鎮座する秋留八幡神社では340年前から古式ゆかしく伝えられる「鬼打ち」儀式が連綿と続けられています。

儀式を務めるのは衣冠装束を着衣した宮座十人衆の一老、二老、三老。

一老は神撰を鬼的に供えて弓、白羽矢七本を神に捧げ神殿に向かい祝詞を奏上します。

鬼的神饌はブリの頭にお神酒、塩、モチと交互に八段重ねしたダイコンを供えます。

神事を終えると一老は二老から弓矢を受け取り、天、地、東、西、南、北に矢を放ち、最後に鬼的を射抜いて邪気を祓い氏子の平和と幸福を祈念します。

弓は「もろんじょ」と呼ばれるムロ(榁)の木で矢はススンボ竹。

本来は二年おきに弓矢を作り直されるのだがムロの木が生えているところがなくなったことから5、6年は使ってるという。

(H19. 1.16 Kiss Digtal N撮影)