斯う西洋の圧迫を受けている国民は、
頭に余裕がないから、碌な仕事はできない。
悉く切り詰めた教育で、
そうして目の廻る程こき使われているから、
揃って神経衰弱になっちまふ。
話をして見た給へ大抵は馬鹿だから。
自分の事と自分の今日の、只今の事より外に、何も考えやしない。
(代助『それから』)
牛になる事はどうしても必要です。
吾々はとかく馬になりたがるが、牛には中々なり切れないです。
あせつては不可せん。頭を惡くしては不可せん。根氣づくでお出でなさい。
世の中は根氣の前に頭を下げる事を知つてゐますが、
火花の前には一瞬の記憶しか與へて呉れません。うんうん死ぬ迄押すのです。
それ丈です。决して相手を拵らへてそれを押しちや不可せん。
相手はいくらでも後から後からと出て來ます。さうして吾々を惱ませます。
牛は超然として押して行くのです。何を押すかと聞くなら申します。
人間を押すのです。文士を押すのではありません。是から湯に入ります。
(「大正五年八月、芥川龍之介・久米正雄宛書簡」)
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