ASAKA通信

ノンジャンル。2006年6月6日スタート。

1997 おくる言葉

2006-06-27 | Weblog
ニンゲンの歴史より古い
からだが浸されている海があり
海は際限をもたず
どんな縁やボーダーも想定することができなかった

海はからだ深く浸透していたために
からだを浸す感触も定かではなかった

くりかえされる海の揺らぎの内側でからだは揺らぎ
ただ揺らぎつづけることでじぶんを保っていた 

海は夢とも 幻とも 
時として生々しい実在とも
さまざまに変幻しながら
どこまでいっても海であることをやめなかった

じぶんと海の境界を計る
どんなオーダーも存在しなかったのだろうか

しかしこの僕という意識は鮮明であり
あなたではないほからならぬ僕が存在し
あなたと言葉を交わすことのできる僕がいて
そして僕と画然と分けられたあなたが存在していた

あなたに何をつたえたいと僕は考えるだろう
あなたと触れ合い
近くに言葉や息や感情を聞いた僕は

いま訪れようとしている
恐ろしい終末の宣告に身をふるわせ
かたちをたどれない懐かしさをよみがえらせる

僕はあなたが激しい痛みに耐えている
目をそむけたくなるような苦悶の形相に
生命が引きうけなくてはならない過酷を
生涯にわたって支払わなくてはならない
生誕以来のせつないエネルギーの試行を見ていた

僕はこんな風にあなたを見ることを許されているのだろうか

あなたをこの世で一番いやなヤツと思ったことがある
誰よりも回避し遠ざけたいニンゲンだと感じたことがある

しかしいまその反目も否認も憎悪も軽蔑も
すべてがすべて不可解な変質を遂げて
あなたに抗った感情や観念が遠景に退き
ただ心をしめつける懐かしさだけがからだを包みはじめている

心はそこから遠ざかりたいと思っているのに
そこにはある不可解な力の作用があって

きのうまで嫌いだったあれやらこれやらが
耐えがたかった小さないさかいのひとつひとつが
許容できないはずのあなたの価値をめぐる言説やふるまいのあれこれが
ある親しみを湛えた海へと融解していくように感じられる

それは何かもうひとつの死の形だろうか
それとも誰もが帰っていく最後のふるさとの感触だろうか

ある懐かしさや寂しさや悲しみへと
すべてが結語されていくように感じられるとき

あなたと僕というニンゲンの関係は
もはや死後の世界へ踏み入れていることになっているのだろうか 

拮抗や反目や敵対を許していた
ただ「ある」ということだけに
僕の知らないもうひとつの生は
深く根を下ろしていたのだろうか

だれも見たことのない海に浸されたニンゲン同士として
あなたと僕はつながれていたのだろうか

世界を融解させるちからにおいて
海は最後にそのことを告げたのかもしれなかった

しかし僕にはもう一つのチカラが現象していた
海に浸されたニンゲンとしてでなはく
いまここに観念の小屑にまみれて生きるニンゲンとして

僕はあなたと僕の関係を最後の儀式の内部に
閉じ込めてしまうことができなかった

完結しようとする海の作用に抗って
僕はこれからも生きていかなくてはならなかった

僕が見てきたこの世の一つの掟は
みずから望んでこの世にあることを選べと告げていた

海の融解させるチカラに抗い
揺らぎそのものをじぶんの証として
僕はただ一つ
あなたが嫌いだった事実を見殺しにしないとだけ考えていた
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