イワン・アサノヴィッチの一日  畑と映画の好きな卒サラ男。

政官業癒着体質の某公共事業職場を定年退職。鞍馬天狗・鉄腕アトムの人類愛に未だに影響を受けっ放し。孫には目がない。(笑い)

孫は、幾つになっても愛おしい

2015-04-02 22:37:45 | 日記・エッセイ・コラム
 過日、小一の孫のミユがアデノウイルスに感染しました。
症状は大したことではなかったのですが、微熱が続きました。
感染症なので、医師の治癒証明が無い限り登校は許されません。
核家族で共働きの長男一家は、こんな時は大変です。
両親がそれぞれ会社を休んでミユの看病をしますが、アデノウイルス感染症は1日や2日で治る病気では在りません。
仕舞いにはバアバも勿論ですが、ジイジまで看病のために動員されました。
親の出勤前に出向かわなければなりません。
車では朝晩の渋滞があり、所要時間が読めないのでJRと東武線を利用してミユの家に向かいました。
ドアーを開けて、出勤待ちしていたパパと交代です。
ふと、部屋の中を覗くとミユの目と合いました。
一瞬ですが、ニッと笑顔で迎えてくれました。
『ミユちゃん、おはよう!』とかなんとか言って、ジイジも笑顔になっていたに違いありません。ジイジはミユちゃんの笑顔が大好きなのです。

こんな時、ひとり親家庭ではどうしているのだろうか?
昔、我が家ではご近所の方にお願いをしておいて、イザと言うときには預けに行きましたが、三人の子持ちだったのでテンヤワンヤでした。
預かってくださる方も、いつでも良いと言うわけではなかったので、10軒ちかい方々に事前に当たりをつけておきました。
三人は年子(としご)だったので、一度に三人とも熱を出したことも珍しくはありませんでした。
戦々恐々でしたが、職場の理解も得ながら慌ただしい5~6年を過ごしたものでした。

ミユの話に戻りますが、孫の居る祖父母は忙しい人生を生き、多くの人と知りあった経緯を持った方が殆どです。
ふと、人生の終章にさしかかった頃に現れた孫。
無邪気で天真爛漫な孫の姿・存在に触れて、忘れ掛かけていたものを思い出す。
世の中社会が汚れ過ぎているから、そんな感慨になるのだ、なんて言う積もりはありません。
ミユの一瞬の笑顔は、私にとっては永遠の癒やしとなって行くのだろうと思っています。

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