イワン・アサノヴィッチの一日  畑と映画の好きな卒サラ男。

政官業癒着体質の某公共事業職場を定年退職。鞍馬天狗・鉄腕アトムの人類愛に未だに影響を受けっ放し。孫には目がない。(笑い)

スノボーママと我が子の焼死

2007-03-31 16:24:35 | 空海の周辺

  火災が発生し、2歳の幼児が焼死したという新聞記事を読んだ。

その時、シングルマザーはスノボー遊びに出かけていて不在だった。

朝日新聞によると、母親は3年前に結婚し間もなく、妻子をおいて夫は家出。その後は、誰にも頼らず一人で子供を育てていた。

時給が良いので居酒屋の深夜勤務をしていたそうだ。彼女はひとり頑張っていたらしい。

しかし、その日は3年ぶりに、好きなスノボーが出来るとあって、いつものように食事やミルクを用意し、寒いので暖房代わりにコタツに電源を入れて出かけたのである。そのコタツが火元となってしまったらしい。

子供のひとり置きに慣れていたとは言え、軽率だった。”親”とは言うものの、まだまだ若い遊び盛りである。無理もないと思うところもある。

しかし3年ぶりの気晴らしが暗転、実子を失う羽目になってしまった。若きスノボーママは火事の現場で泣き崩れていたという。哀れなことである。

2年間という短い親子愛の終焉に同情する。

この事件でスノボーママは、彼女の人生でこれ以上はないと言う、教訓を悲しいけれど学んだに違いない。

そして、この記事を読んだ多くの人々も、頑張っているシングルマザーを見かけたら『一晩ぐらいなら預かるよ、好きなスノボーにでも行っておいで』と声を掛けるようになるかも知れない。

菩薩は凡夫人間の身代わりになって、仏の道を教えてくれる。

焼死した2歳の幼児は、実は菩薩様だったのです。私にはそう思えて仕方がない。


セルフのガソリンスタンド考

2007-03-29 22:30:46 | まち歩き

セルフのガソリンスタンドで給油をした。

給油機の画面には直前の人の給油記録が残っている。16.8Lとあった。こまめに満タンを心がけているのだと思った。

フト、対面の給油機を何気なく見たら、そちらの記録画面は何と8.41Lとやはり半端な数字になっている。

みんな結構こまめに満タン給油を心がけているのだ、と感心した。

大抵の場合、私は燃料計がエンプテイになりかけて慌てて30Lとか40L、給油に行くのが常である。

給油機には給油量の記録と同時に、料金も記録されていた。何と!1000円、2000円となっていた。

即ち、料金指定で給油していたのである。それも、1000円とか2000円とかの比較的少額の指定である。

私も財布に持ち合わせが無いとき、取り敢えず、ひと走り出来る程度に給油をしたということがなかった訳ではない。

日本も高額所得者税率が欧米並みに下がって来たという一方で、最低賃金が先進国の中では最低ランクという格差の拡大が見られる。

セルフのガソリンスタンドでそんな格差の実態を垣間見たような気がする。


映画「武士の一分」を観て

2007-03-21 14:09:31 | 映画

木村拓哉は30石取り(概算年収300万円)の下級武士で、藩主の食事毒味役である。毒味中のアクシデントで失明する。

妻の壇れいは、家名存続と家禄安堵のために奔走する。

人の弱みに付け込む悪い上司(板東三津五郎)が、こんな時に登場するのは、今も昔も変わらない。言葉巧みに壇れいを陥れる。

家のためとは言え、妻の不貞を知った木村拓哉は壇れいを離縁する。そして敢然と板東三津五郎に決闘を申し入れる。

盲目となった身での決闘の勝算は極めて薄い。剣道の師匠である緒方拳は「死の中に生がある」と説く。また、下男の笹野高史は決闘場の河原の小石の状況など細々と教える。

卑怯にも板東三津五郎は目の見えぬ相手に背後から襲い掛かるが、返り討ちに合い敗れる。

家名存続・家禄安堵となった木村家に笹野高史は飯炊き女を雇い入れる。

夕餉の膳に座った木村拓哉は炊きあがったばかりの椀の香に、ある愛おしさを直感した。ひとくち食べただけで…もう分かった。

暖かく盛られた椀の飯は、離縁した筈の妻の作ったものだと。

本作品の中では、確かに日本人が喪失しかけている、「正々堂々・卑怯・敢然・決死」などについて語られている。

しかし、そんな武士道精神のベースにあるものが、実は仏教じゃあないのか、とも語っているように思えた。

盲目となって、初めて知ることの出来た、妻の真の愛おしい心。妻の愛情に強く応えようとする自分の心。

たとえ目は見えなくても良い、しっかりとした心が在れば…。すなわち、空即是色(般若心経)と。

藤澤周平原作、山田洋次監督。木村拓哉・壇れい・笹野高史・板東三津五郎・緒方拳、出演。(2006年作品)。


ブラボー!胴体着陸の機長

2007-03-19 23:10:10 | ニュース

 13日、高知空港で胴体着陸事故があった。幸いなことに死傷者は一人もでなかった。

カナダ製の航空機で、前輪が出なかったためである。操縦や整備不良という問題ではなく、どうやら製造上・構造的な原因らしい。それでなくともとかく故障の多い航空機で、「空飛ぶシンドラー」などと報じられている。

 ニュースのビデオの画面には、胴体着陸機は殆ど上下左右の振動もなく、まるで油の上を滑るように滑走路に入って来る映像が流れていた。

やがて機首が滑走路と摩擦を始め、大きな火花が飛び始める。しかし、急制動は禁物だ。炎上も覚悟で着陸行為を続行しなければならない。機長としては、この時間がジレンマであったと思う。

パイロットとして最高の技が披露された。見事に横転も炎上もなく胴体着陸した。

降り立った乗客たちは異口同音に機長が冷静だったと称賛していた。機長は機内で着陸の方法を乗客に説明したそうだ。訓練を十分にしているから安心してくれとも言ったそうだ。

そして、機内の重量バランスを取るために、乗客を前後左右均等に着席移動をさせたという。また、乗務員には落ち着いて指示・指導業務をするよう命じたという。

大惨事になるかも知れない直前に、実に見事で冷静な機長としての言動である。

私はかねがね、管理職者は部下の人心を掌握・統率し、組織(部下)の矢面に立って決断する存在であると考えていた。

この機長はその原則を究極的な場面で見事に実践・証明した。それに付けても、世の企業やお役所に、この機長に比肩する管理職者が如何ほど居るものか…。


少年の命が「規制緩和」で奪われた

2007-03-14 23:21:01 | ニュース

 先月、貸し切り観光バスが高速道路で事故を起こし、添乗員1名が死亡した。

私は業務上過失致罪に問われるかも知れない、運転手を悪く見ることが出来そうもない。

2005年の貸し切りバスに関する規制緩和が始まってから、国交省の調査によっても明らかなように、この5年間でバス会社は1.7倍になった。一方、事故は5.4倍(2005年は車両事故も含む)に跳ね上がった。しかし売り上げは83%に落ち込んでいる。

国交省の発表している数字は、過当競争の実態を雄弁に物語っている。

運転手の休日は死亡事故を起こすまでの19日間、たったの1日だけだったという。

過当競争は労基法を押しのけ、やがては真面目に働いている労働者に犠牲を強いる。

私は「規制緩和」や「機会の平等」に反対ではない。しかし、これにはきちんとした監視と違反摘発が必要だ。

金融庁・環境省・税関・食肉検査・刑事警察職員などはむしろ増員が必要なくらいだ。

入学試験を甘くし門戸を広げる、進級試験や卒業試験は従来どおり甘ければ結果は推して知るべしである。

死亡した添乗員(15歳の少年である)はエセ「規制緩和」の犠牲者ではないかとさへ思える。業務上過失致死罪に問われるかも知れない運転手の弟だったのである。