イワン・アサノヴィッチの一日  畑と映画の好きな卒サラ男。

政官業癒着体質の某公共事業職場を定年退職。鞍馬天狗・鉄腕アトムの人類愛に未だに影響を受けっ放し。孫には目がない。(笑い)

マスコミによる魔女狩りはいい加減に!

2013-06-24 18:30:07 | 社会・経済

   「日経ビジネス 2013624日号読みどころ」(http://cmad.nikkeibp.co.jp/?4_192221_550449_1 を読みました。要旨を下記に転載しました。

『メタボ気味のお腹が気になって、ご飯はお茶碗1杯と決めていますが、どうしても お代わりがしたくなる時があります。その際、思わず口にするのが、「カロリーハー フ米があれば、2杯食べられるのに」というぼやき。ビールもコーラもマヨネーズもカロリーオフが普及しているのに、なぜコメはないのか。

販売すれば、無洗米以来の画期的商品になると思うのですが。
コメ問題を抜本的に解決するには、消費者の視点に立って商品を磨くしかないはずですが、日本の農業の場合、そこに関係者のエネルギーが結集されていない気がします。

その中核を担う存在が農業協同組合。主力の金融事業では、農家などから集めた約90兆円のうち、融資に回すのは4分の1程度。その用途は、住宅ローンや宅地開発が多く、農業資金は5%以下。農協が農家の脱・農業を手伝っています。

これで日本の農業は強くなれるのか。保護策の維持に走るよりも、ご飯党である私のような消費者が、何の気兼ねもなく2杯食べられるコメを研究する方が未来志向だと思いませんか。』 (日経ビジネス編集長 山川 龍雄)

 引用が長くなりましたが、NBO記事に違和感を持ったので、イワン・アサノヴィッチは下記のコメントを投稿しました。

『山川編集長の「カロリーオフ米」とはいかにも斬新な目と言葉です。その開発を望む人も全く居ないわけでは無いでしょうね。

しかし、コメは日本人の数千年に亘る主食です。コーラなどの工業製品と違い膨大・遠大な研究が必要で、ひとり農協にだけ開発をせがむようなことは無理な話しです。<o:p></o:p>

 農協の「金融業務」は本来業務なのか?とは実は大昔から言われていたことなんです。それを何をイマサラですか山川編集長!<o:p></o:p>

 それよりも、農政の受け皿としての地元側・受益者側のスタンス。即ちNPOではないけれど、協力・協働の仲介・媒体役を農協業務として志向させることがこれからは必要なのではないのですか?<o:p></o:p>

 批判すべきは自民党長期独裁政権下の「政官業癒着」の下で、票と権益のバーターだけをしていた怠慢の事実と体質、自民党という黒幕ですよね。<o:p></o:p>

斜に構えた批判ではなく、真っ向・正々堂々の批判・提言が欲しい。
恰も農協だけが「既得権益者」だと言って「魔女狩り」みたいなことをするのは影響力を持ったマスコミの横暴で、危険な行為です。

長期的には日経の墓穴を掘ることになるのではないか。


日本野球機構は官僚組織

2013-06-22 19:22:27 | スポーツ
  

 俄にプロ野球で使用している「統一球」の問題が浮上してきました。

即ち、ボールメーカー各社によって、打球の反発力が違っていたのではマズイということになって「反発力係数」を統一したのです。

ところが去年のシーズン途中で「反発力係数」の誤差に気付き、野球機構がメーカーに「少し上げるように」と密かに変更を指示していたのです。

だから今年は去年と違い、ボンボンとホームランも出るボールが使用されていたのでした。しかし、野球機構の関係者以外は誰も知らない事実でした。

又しかしなんですが、今春のペナントレースが開始された直後から選手たちは直感的に打球への違和感を持っていたそうです。

バッターは『今年の球は良く飛ぶ。』と感じていたらしいし、反対にピッチャーは『おかしい!今年はホームランを打たれ過ぎている。』と感じていたらしいのです。

当然でしょうね。プロだから、そんなことぐらいを見抜く力はやはり持っているのでしょう。さすがです。

疑念や確認を求める声が強くなり、野球機構はとうとう反発力係数を内緒で上げていたことをシブシブ認めたのです。

最高責任者の加藤良三・日本野球機構コミッショナーの記者会見はトップニュースとなりました。<o:p></o:p>
 そして曰わくの第一声が 『途中でボールの反発係数を変えたことは識らなかった。事務局がやったことだから(自分自身の)不祥事には当たらない。』でした。

イワン・アサノヴィッチは加藤良三・日本野球機構コミッショナーが元外交官だったことを識らされ、『やっぱりそうか!』と悄然となってしまいました。

イワン・アサノヴィッチは加藤良三氏の記者会見を見て、ハテ?何処かの世界の何処かのやり方と似ているなあ~とは直感していたのです。

政治や行政の世界の中で、不祥事や不手際を冒した国会議員、あるいは官僚は判で押したように、アレコレを言って自分の非を認めようとはしません。

記憶に新しい高市某自民党政調会長の『原発事故の死者は居ない』発言、あるいは復興庁のキャリア官僚こと水野参事官の『左翼のクソども』や『田舎の町議会』発言があります。

何故、野球機構が「官僚組織」かと言いますと、お気づきになったでしょうが、両方とも“主人公が誰であるか”を忘れ・無視して自分たちや身内組織が主人公だと思っている「傲慢」「特権意識」「上から目線」に染まっているからです。

国民や野球ファンが主人公であることは自明のことです。彼ら「官僚主義者」には、明快な事実が未だに認識出来ていないのです。


?ミユのブランコ

2013-06-16 19:59:12 | 出産・育児
  

?ミユは5歳になる、イワン・アサノヴィッチの孫娘です。
?ミユには8ヶ月になるヒナ君という弟がいます。去年の秋に生まれました。

ママは元気なひとですが妊娠中の悪阻(つわり)は割と重いほうでした。だから、妊娠して程なく?ミユちゃんのアレコレの細かな面倒は余り見られなくなりました。

5歳まで一人っ子同然で生活してきた?ミユにとっては、少し辛い心理的な変化でした。

秋、ママは出産のために入院しました。?ミユはパパと二人だけの生活になりました。?ミユにとってはこんな事も勿論はじめての経験でした。

夕方、ジジとババが?ミユを保育園に迎えに行きます。ママの病院に見舞いに行ってから夕ご飯を三人で一緒に食べました。

仕事の都合が付いた時はパパも帰って来て一緒に食べることができました。

お風呂に入ってパパと二人だけのおやすみです。そしてジジババも実家に戻って来ます。

その頃から?ミユにはブランコに乗ることが習慣になりました。

ジジと保育所からの帰り道に、児童公園がありますが、必ず寄り道をしました。狙いはブランコに乗ることでした。

『ジジ!背中を押して。』とせがみます。ジジの大きな手のひらが?ミユの小さな背中をい~ち・に~のかけ声と共にそっと押します。

少し疲れてイワン・アサノヴィッチが押す手を休めると、すかさず『ジジ!もっと背中を押して。』と?ミユは要求します。

そんな時間が毎回のように延々と40分・50分と続くのでした。
秋の夕日はすっかり落ちてあたりは薄暗くなっていますが、?ミユは背中に触れるジジの大きな手のひらの感触を一回々々確かめているみたいでした。

パパと二人だけで、ママが居ない毎日の生活は?ミユの小さな心に淋しく々々響いていたのでしょう。

やがてママとヒナ君が退院し、産後の肥立ちの養生を兼ねてジジババの家に来ました。
ママとヒナ君の三人は三週間ぐらい滞在しました。

パパは勤務時間のことがあって毎晩は戻って来られませんでしたが、?ミユの心境はだいぶ落ち着きました。

やがて、新家族4人が揃って自分のおうちに戻る日、?ミユはこれ以上はないと言う満面の笑みを浮かべながら『ジジババ!バイバイ!』と元気に帰って行きました。

いまは、お姉ちゃんとなった?ミユとママは“女の戦い”の前哨戦とも言うべく、結構と激しい口げんかをしあっています。(笑い)

?
ミユはジジの近くの公園に行くと今でも相変わらずブランコに乗りたがります。
そして、やっぱり『ジジ!背中を押して!』とせがみます。

でも…、イワン・アサノヴィッチの背押しの時間は10分ぐらいに短縮されました。(-_-)


新刊書 『「対米従属」という宿痾』

2013-06-13 11:03:21 | 国際・政治
  

新刊の『「対米従属」という宿痾』(孫崎 享・植草一秀・鳩山一郎鼎談共著)を読み始めました。

戦後日本の支配構造には「対米従属」という宿痾(しゅくあ)が在り、日本の歴代首相はアメリカのお目に叶う者以外は直ぐにワシントンからのリモコンでリセットされてしまう。
それには日本の経済界やマスメデイアが少なからず手を貸している情況もハッキリしてきている。直近の被害者である鳩山元首相らが述べている。

イワン・アサノヴィッチも以前より掛かる事案は十分にありうる事実だろうと思い興味を持ち観察してきたのです。

そもそも「対米従属」などと言う言葉は長い間、共産党の機関誌「あかはた」だけでしか目にすることが出来ない言葉でした。

ご承知のとおり3・11大震災以降は東京の霞ヶ関も永田町も東電本店もまるで無能力だったと言うことが白日の下にさらけ出されました。そしてほんの少しですが権力者(当然、電力会社も含まれます。)の隠蔽や事前の裏工作・ヤラセなどが暴露されマスメデイアも識らん振りは出来ないようになってきました。

これは国民の真実を求める力・世論の高揚の賜と言えるでしょう。
そんな中で「御用」のつかない健全な学者や評論家・ジャーナリストも立ち上がって来はじめ、発信・発言をするようになってきました。

国民の側からすれば歓迎すべきことで、3・11以降はさすがマスメデイアも国民の気概を無視するようなことは出来なくなってきました。

今回、出版された『「対米従属」という宿痾』という新刊も、『普天間は国外へ…』と言った途端にマスメデイアに首相から引きずり下ろされた鳩山一郎らが共同して著したものです。

共同執筆者の孫崎亨氏は次のように語っています。

『私は、最近、講演する時、聴衆のみなさんに次のような質問をしているのです。』

『みなさんが、鳩山さんを攻撃するのは結構です。鳩山首相の時に、もっと別の政治的選択があったではないかとおっしゃるのも結構です。でも、次のことを考えてみてください。
メディアが中心になって、わずか九カ月で鳩山さんを引きずり降ろしてしまいましたが、

もし、鳩山政権というものが続いていたら、消費増税があったでしょうか?尖閣問題が起きたでしょうか?オスプレイは配備されたでしょうか?原発の再稼働はあったでしょうか?』と。


改めて考えてみると、鳩山時代には当然と思っていたことが管だ野田だと顔が変わって行くなかで、識らぬ間に政策の基軸が180度も変更されてしまったのです。

マスメデイアの「偉業?」で、民主党の政権交代もないのに政策だけは自民党時代に逆戻りしてしまったのです。


名コーチ、Wさん逝く

2013-06-01 00:50:22 | スポーツ
  

 Wさんが逝った。

享年65歳だから、イワン・アサノヴィッチよりも少し若いところが些か辛いのです。
Wさん
とは少年野球の指導者同士の関係で知り合ったのだから21年前からの付き合いになります。

Wさん
は隣の町内会のチームの指導者でした。強いチームで県大会はおろか全国大会にも出場してしまうほどでした。

イワン・アサノヴィッチの率いるチームはと言えば、隠しても仕方のないことですから言っちゃいますと所謂出ると負けみたいなチームでした。

一度、練習試合をしたことがあります。案の定ダブルスコアーで大敗を喫しました。しかし、子ども達は二回戦目を希望しました。予定外だったのですが、その場で二回線目が開始されました。

ところがWさんは一計を案じてエースピッチャーをベンチにしてくれたのです。二回戦目もダブルスコアーで勝ったとあっては気の毒だと思ったのでしょう。二回戦目もやはり負けてしまいましたがWさんの作戦は成功して二回戦目は大接戦となりました。

試合終了後の『有難うございました。』の終礼時にWさんは『野球は打撃だけじゃないんだよ、ピッチャーの働きは勝ち負けに影響する大事な存在なんだよ』と説明しました。

両チームの子ども達は全員、Wさんの言葉を神妙に聞いていました。論より証拠、たったいま戦った試合でそのことが証明されたのですからWさんの説明にも迫力があります。

スポーツ界では体罰・虐待・パワハラなどが問題となっております。Wさんの指導はそんなこととは全く無縁でした。

身長の高い、Wさんの大きな目は小さな子ども達を一人ひとり覗き込むように、ボソボソ、ボソボソと語りかけるのです。

怒鳴ったり大声なんかも必要なく、講評しているWさん自身がまるで自分に言い聞かせているように子ども達に語りかけていました。

葬儀では、そんな子ども達も立派な大人となって参列しました。イワン・アサノヴィッチの次男も負けたチームのナインで、21年前にWさんボソボソ講評を聞いた一人でした。

東京在住で告別式には参列できなかったのですが、携帯電話の向こうで『亡くなられたのか…』と言葉少なげでした。

二試合目にエースピッチャーをベンチにしたことや試合後の終礼のボソボソ講評は子どもたちならずとも、印象深くイワン・アサノヴィッチの脳裏にも刻まれています。

「人間50年 下天のことに較ぶれば 夢まぼろしの如し」と言われています。

W
さん!浄土に行ったらグラウンドを見つけておいて下さい。また、”三回戦目”をしましょう。
 ご苦労さまでした。ご冥福をお祈りいたします。