午前中雨。午後曇りのち晴れ。
気温25度の夏日に届かず、ひんやりとした日曜日。
明け方から朝にかけて、激しい雨音で、目をさまし、雨の音など聴きながら、午前中を過ごした。
休みの日の雨は、何処へも出かける用事がなければ、最高で(最も、今は、365日休みなんだけどね)、全ての予定をキャンセルし、全ての柵(しがらみ)から、一時的に解放されたような気がするのは、長年、イヤイヤ仕事を続けていた事も関係あるんだろう。
絶好の読書日和ではないか・・・梅雨の雨なんてさ。
・・・と、本など開いても、数ページで、眠くなってしまったりして。
それにつけても・・・なんで、こうも・・・『~~~しなければならない!』という根拠のない義務感に縛り付けられているんだろうかね?
戦後の健全な勤労と納税者を育成する教育の成果だね。
バッチリ洗脳されて、分かっていても、支配され続けている・・・。
やっぱ・・・ワタシの脳は、馬鹿脳だ。
最近、極めて、馬鹿度が、更新されていて(こんなこと更新してくれなくてもいいのに)、目で、見えているのに、脳が認識していない・・・という、厄介な状況が続いている。
必要に迫られ、有るハズの道具を探しても、見つからない!
ある情報によると(どこまで信憑性があるのかは、わからぬのだが)、フツーの(どのへんがフツーなのかもわからぬし?)人間は、一生のうち(この一生にも個人差があるのに?)1年間は、探し物に費やしているそうだ。
この1年が、長いか短いは、分からぬが、大量生産で、モノが、増え、家中に溢れているから、必要なモノが、見つからない・・・ということらしい。
整理整頓が、できないひとは、大量に物をため込まない方がよさそう・・・なんだけれど、私は、あまりモノをもっていないけれど、要らぬモノで、散らかっている。モノは、ないはずなのに、散らかる・・・という矛盾。
パソコンで言うなら、メモリは、最小、ストレージも最小な状態で、あちこち、散らばったものがあって、収集がつかないのかもしれない。
コレも、馬鹿脳の成せる技かも(こんな技なくていいのに!!!)
探し物がみつからなくて、先週は、随分と困り果てた・・・洗濯機の給水ホースのニップル?をどこに置いたかさっぱり分からぬはめになった。