聖人の名を持つ王妃
インゲ2世妃 ラグンヒルド・アヴ・タリエ
生年不詳~1117/在位 1110~1117
インゲ1世の後に即位した、フィリップ王(ハルステン王の息子)の妃は
デンマーク王オーロフ1世の未亡人インゲゲルドです。
その後を継いだインゲ2世の最初の妃はラグンヒルドという
セーデルマンランド地方限定の聖人です。
“ ハルステンの娘 ” と記されていますが、それがハルステン王なのかどうかは
定かではありません。
でも、ハルステン王の王女だとしたら、もし母親が違うとしても
兄妹同士の結婚になっちゃうからね… いくら中世でもそれはどうなの?
また、叔父インゲ1世の妃だという説もあります。
曖昧模糊としておりますが、いずれにしても実在はしていたようです。
タリエという名はラグンヒルドが教会を建てたといわれるセーデルタリエ由来で
後々与えられた名前みたいです。
壁画によれば、ラングヒルドは他にも、ウップランドのボリエ、ヴィクスタ、および
ヘルシングランドのエノンゲルに教会を設立したそうです。
そりゃあ聖人にもなりましょう。
ラグンヒルドが注目を集めたのは17世紀頃で、宗教改革がおこっていた頃でした。
スウェーデン王も後に新教国になっていきます。
なにかカトリック派の思惑がからんでそうですよね。
怪しい噂とともに去りぬ
インゲ2世妃 ウルヴヒルド・ホーコンスドッテル
1095~1148/在位 (スウェーデン王インゲ2世妃)1117~1125
(デンマーク王妃)1130~1134
(スウェーデン王スヴェルケル1世妃)1134~1138
インゲ2世の再婚相手はデンマーク編でご紹介済みのウルヴヒルドです。
1118年、インゲ2世の兄フィリップ王が亡くなってしまうんですが
この時、ウルヴヒルドが毒を飲ませたという噂がたちました。
そして1125年、インゲ2世が「悪魔の飲み物を飲ん」と言って亡くなった時にも
ウルヴヒルドと愛人のスヴェルケル(後の王とは別人)が毒殺したと言われました。
ウルヴヒルドは危険な女だというレッテルを貼られてしまい、逃げ場を求めて
デンマークへ向かいました。
そしてデンマーク王ニルスと再婚…という運びになりましたとさ。
順番が複雑なんだが、ウルヴヒルドは、二代後の王スヴェルケル1世の最初の妃にもなります。
補足で家系図をのせときます。
(参考文献 Wikipedia英語版)
インゲ2世妃 ラグンヒルド・アヴ・タリエ
生年不詳~1117/在位 1110~1117
インゲ1世の後に即位した、フィリップ王(ハルステン王の息子)の妃は
デンマーク王オーロフ1世の未亡人インゲゲルドです。
その後を継いだインゲ2世の最初の妃はラグンヒルドという
セーデルマンランド地方限定の聖人です。
“ ハルステンの娘 ” と記されていますが、それがハルステン王なのかどうかは
定かではありません。
でも、ハルステン王の王女だとしたら、もし母親が違うとしても
兄妹同士の結婚になっちゃうからね… いくら中世でもそれはどうなの?
また、叔父インゲ1世の妃だという説もあります。
曖昧模糊としておりますが、いずれにしても実在はしていたようです。
タリエという名はラグンヒルドが教会を建てたといわれるセーデルタリエ由来で
後々与えられた名前みたいです。
壁画によれば、ラングヒルドは他にも、ウップランドのボリエ、ヴィクスタ、および
ヘルシングランドのエノンゲルに教会を設立したそうです。
そりゃあ聖人にもなりましょう。
ラグンヒルドが注目を集めたのは17世紀頃で、宗教改革がおこっていた頃でした。
スウェーデン王も後に新教国になっていきます。
なにかカトリック派の思惑がからんでそうですよね。
怪しい噂とともに去りぬ
インゲ2世妃 ウルヴヒルド・ホーコンスドッテル
1095~1148/在位 (スウェーデン王インゲ2世妃)1117~1125
(デンマーク王妃)1130~1134
(スウェーデン王スヴェルケル1世妃)1134~1138
インゲ2世の再婚相手はデンマーク編でご紹介済みのウルヴヒルドです。
1118年、インゲ2世の兄フィリップ王が亡くなってしまうんですが
この時、ウルヴヒルドが毒を飲ませたという噂がたちました。
そして1125年、インゲ2世が「悪魔の飲み物を飲ん」と言って亡くなった時にも
ウルヴヒルドと愛人のスヴェルケル(後の王とは別人)が毒殺したと言われました。
ウルヴヒルドは危険な女だというレッテルを貼られてしまい、逃げ場を求めて
デンマークへ向かいました。
そしてデンマーク王ニルスと再婚…という運びになりましたとさ。
順番が複雑なんだが、ウルヴヒルドは、二代後の王スヴェルケル1世の最初の妃にもなります。
補足で家系図をのせときます。
(参考文献 Wikipedia英語版)