まりっぺのお気楽読書

読書感想文と家系図のブログ。
ゆる~い気持ちでお読み下さい。

ボヘミア公ヴラジスラフ1世妃 リチェンツァ

2017-10-31 20:46:01 | ボヘミア王妃
                Jarmily Haldovéさん作
失意の未亡人
ヴラジスラフ1世妃 リチェンツァ・ゼ・ベルグ


1095〜1125/在位 1111〜1117、1120〜1125

二人の兄、従兄弟に続いてボヘミア公になったヴラジスラフ1世の妃は
ベルグ伯ハインリヒ1世の娘リチェンツァです。

1111年に結婚しました。
姉妹のソフィアはブルノ伯オト2世と結婚しています。
妹のサロメはポーランド公ボレスワフ3世と結婚しました。
         
1125年、瀕死のヴラジスラフ1世は、後継者にブルノ伯を指名しました。
これはリチェンツァの希望でした。

しかし、ここで姑スヴァタヴァが介入してきます。
ヴラジスラフ1世は気を変えて、弟のソヴィェスラフを指名しました。

この時ヴラジスラフ1世とリチェンツァには、男の子が二人いたのよね。
なぜに息子を指名しなかったんでしょう?

夫の死後、失意のリチェンツァは、ツヴィーファルテン修道院に隠遁したいと申しでました。
願いは聞き入れられたのですが、修道院に向かっている途中、亡くなってしまいました。
どう思う? 私はけっこう勘ぐってるんだけどね…



                
                Jarmily Haldovéさん作
家系図のみで・・・
ソビェスラフ1世妃 アデレータ・アルパードヴスカ


1105 or 1107〜1140/在位 1125〜1140

兄ヴラジスラフ1世のご指名でボヘミア公になったソヴィェスラフ1世の妃は
ハンガリー王ゲーザ1世の孫アデレータです。
         
なにも書くことはないのだが、家系図は面白いのでのせときます。

(参考文献 Wikipedia英語版)

ひとことK-POPコーナー

27日にテソンに会いに、パシフィコ横浜の
D-LITE DなSHOW に行ってきました
あれは… コンサートなのだろうか? ファンミ? ディナーショーって行ったことがないんだけどあんな感じ?
テソンは歌だけでなくておしゃべりも上手なので、すごーく楽しかったですけどね 
席メチャクチャ近くて妄想ふくらんだし…
そしてやはり、来年からBIGBANGが長いブランクに入るというはなしがありました
寂しいけど、2年のガマンだもんね!! BIGBANGの選択は良かったと思います 
 金のDくんがまぶしかったっす


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『猫の文学館 I & II』いくら猫好きでも…

2017-10-22 21:14:03 | 日本の作家


疲れた… 2冊続けて読んだら。

日本の錚々たる作家・著述家・芸術家が、よってたかって猫について書いた
エッセイ・小説・書簡・詩・童話などなどが、80篇!おさめられています。
あまりにありすぎて、ひとつひとつはあげられません。

『猫の文学館 I』は
1 のら猫・外猫・飼い猫 2 仔猫がふえる! 3 猫も夢を見る 4 猫には何軒の家がある? 
5 そんなにねずみが食べたいか 6 パリの猫、アテネの猫 
の6章にわかれていて、エッセイが多めでした。
うちの猫自慢とか、猫は高貴で優雅だ、みたいな内容が多かった気がします。

『猫の文学館 II』は
1 死んだ猫のゆくえ 2 ペット・ロス症候群 3 猫の精霊ばかりが住む町
4 化け猫と不思議な話 5 猫の一族 
の5章から成っています。
サブタイトルどおり、猫にまつわるミステリアスな内容のものが大半でした。

ほぼ全ての作品の題名に “ 猫 ” “ ねこ ” がついていて、同タイトルもありました。

作家陣には、以前読んだ『猫』と重複している方々もいました。
有名どころをあげると、太宰治・三好達治・与謝野晶子・壷井栄・室生犀星・内田百閒
向田邦子・佐藤春夫・川端康成・井上靖・高村光太郎・井伏鱒二・谷崎潤一郎・村上春樹
志賀直哉・夏目漱石・吉行淳之介・三島由紀夫・筒井康隆・小泉八雲・菊池寛・星新一 etc…
特に、大佛次郎さんのものはいくつもありました。

だけど、村上春樹さん以外は、皆さん一昔前すぎる面々ですよね?
そんなわけでこの本を読んで解ったことは、昔は皆さん、猫をペットとして飼うにあたり
ネズミ退治をしてもらうという目的も大きかったということです。

今なら、ネズミどころかセミやカマキリなんかくわえてたら「バッチィでしょ!」と
あたふたしちゃう感じですが、昔は「エラいエラい」と褒められたわけですね。
それから、不妊手術などはしてなくて、どんどん生まれる仔猫を
しかたなく捨てたとか始末したという話しを正直に書いています。

だけど猫を可愛がる気持ちは今と変わらず、エッセイは自分ちの猫にデレデレの
内容になってますし、病気になればちゃんと “ 家畜病院 ” なんかに連れて行ってます。

出産や食べ物についてと、うちの子はよその猫より器量よしで賢いについては
皆さん書かずにはいられないみたいですね。
谷崎潤一郎さんは、あいかわらず「猫は外国の猫じゃないと…」と書いてます。

各作品の後に作者の説明が書かれていて、他の猫についての作品が紹介されています。
皆さん、猫についてはいろいろあるみたいで、いくつも書かれていました。

一番好きだったのは、大佛次郎さんの『猫家一族』という、フランスの墓地で見つけた
日本語に訳すと “ 猫 ” と “ 雌猫 ” という墓標から想像がふくらむというエッセイでした。

もう少し最近の作家の『猫の文学館』が読みたいですよね。
海外版も読んでみたい。 でも1冊でいいかもしれん…

ネコにどっぷりつかってみたくありませんか?
読んでみたいな!という方は下の画像をクリックしてね

 

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ボヘミア公コンラト1世妃 ウィルピルカ

2017-10-17 21:39:15 | ボヘミア王妃
                Jarmily Haldovéさん作
なりふりかまってられません
コンラト1世妃 ウィルピルカ・ズ・テングリング


生没年不詳/在位 1092 

兄のヴラチスラフ2世が亡くなってボヘミア公の座についたコンラト1世の妃は
Sieghard z Tenglingu という方の娘さんです。
     
なんでもヴラチスラフ2世王子ブジェチスラフが反乱をおこした時
ウィルピルカは独断でヴラチスラフを訪ねて、夫コンラトと息子に領地をくださいな!
とお願いしたらしい…

この勇気ある行動に感動したのか、ヴラチスラフ2世はOKしたのですが
なんと! コンラトはたった8ヶ月で亡くなってしまいました。
ウィルピルカのその後のことはわかりません。

その後はヴラチスラフ2世の王子ブジェチスラフ2世が後を継ぎました。
妃はルカルタ・ズ・ボゲヌ(1075〜?)ですけど、チェコ語が読めず…
               
              Jarmily Haldovéさん作ルカルタ



              
退位のときがお別れの時
ボジヴォイ2世妃 ヘルビルガ・バーベンベルスカー


?〜1142/在位 1100〜1107/1117〜1120

ブジェチスラフ2世の次は弟ボジヴォイ2世が継承しました。
妃はオーストリア辺境伯レオポルト2世の娘ヘルビルガです。
         
1100年に結婚しました。
1120年、ボジヴォイがハンガリーに追放されると、ヘルビルガは兄がいる
オーストリアに帰っちゃいます。
そして、ゲットヴェグ修道院に入り、そこで1142年に亡くなりました。

ちなみに、ヘルビルガのドイツ名はゲルトルードというらしいです。
この後、ゲルトルーダ・バーベンベルスカーという王妃が登場します。
なぜチェコでの呼び名が違うんでしょうね?

              
             Jarmily Haldovéさん作ヘルビルガ

その後は、ボジヴォイたちの従兄弟にあたるスヴァトプルク(1107〜1109)が
ボヘミア公になります。妃はいましたが、詳細不明です。
                  
            この方らしいですJarmily Haldovéさん作

(参考文献 Wikipedia英語版)

ひとことK-POPコーナー
パワフル&セクシーなテミン炸裂中ですね!
ソロコンもどんどんこなし、エンターティナーとしての完成度を高めていっているみたい… 頼もしいかぎりです
普段のテミンとのギャップ萌えがたまりませんわ


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ボヘミア公スピチフニェフ2世妃 イーダ

2017-10-10 20:50:22 | ボヘミア王妃
                Jarmily Haldovéさん作
実家でも嫁ぎ先でも…気が休まりませんね
スピチフニェフ2世妃 イーダ・ヴェッティンスカー


1031〜不詳/在位 1055〜1061

ブジェチスラフ1世の後を継いだスピチフニェフ2世の妃は
下ラウジッツ辺境伯ディートリヒ2世の娘イーダです。
        
イーダの父親は、母マティルダの兄マイセン辺境伯エッケハルト2世に殺されました。
たぶんイーダが幼い頃ではないかと思われます。

スピチフニェフ2世が1061年に亡くなると、すぐに子供二人とともに追放されました。
どこにかはわからないんだけど、たぶん実家に帰ったんじゃないかなぁ?


               
                Jarmily Haldovéさん作
完全に政略結婚でした
ヴラチスラフ2世妃 アデレージャ・ウヘルスカー


1040〜1062/在位 (公妃)1061〜1062

兄スピチフニェフ2世を継いだヴラチスラフは、神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世のおかげで
初代ボヘミア王ですが、一代限りで世襲はしませんでした。

結婚は3回していて、ひとり目のマリアというお妃はさっぱりわかりません。
二人目の妃が、ハンガリー王アンドラーシュ1世とアナシュタシアの王女アデレージャです。
この結婚により、ハンガリーとの同盟を結ぶことができました。
         


               
後継ぎがいても苦労は絶えず
ヴラチスラフ2世妃 スヴァタヴァ・ポルスカー


1046〜1126/在位 (公妃)1062〜1085 (王妃)1085〜1092

ヴラチスラフ2世の三人目の妃は。ポーランド公カジミェシュ1世と
マリアの娘スヴァタヴァです。
        
だんだん “ 中欧三つどもえ状態 ” が激しくなってまいりましたね。

ヴラチスラフ2世は、スヴァタヴァの兄ポーランド王ボレスワフ2世との
友好な関係を表していましたが、国境線ではもめてました。

1092年にヴラチスラフ2世が亡くなった時、成長していた王子は3人…もめそう…
後に三人ともボヘミア公になってますけどね。

スヴァタヴァは、下の二人の不和をやわらげようと苦労したみたいです。
この当時の王家の皆さん、家族(兄弟)力を合わせて!!っていう概念がなさそう。
親からでも兄弟からでも権力を奪おう! という発想はどこからでてくるんだろう?
母親も大変ですよね、ただの兄弟ゲンカじゃないんだもの。  

末子ソビェスラフがボヘミア公になったのを見届け、1126年に亡くなりました。

                
              Jarmily Haldovéさん作スヴァタヴァ

(参考文献 Wikipedia英語版)

ひとことK-POPコーナー
少女時代が5人に… あぁスヨン… INFINITEは6人になっちゃったし、BEASTはHIGHLIGHTになっちゃったし
それ以外にもいろいろと気が休まらないKポ界
そう考えるとSHINHWA(神話)ってすごいわ! このままずーーーっとSHINHWAでいてほしい


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