まりっぺのお気楽読書

読書感想文と家系図のブログ。
ゆる~い気持ちでお読み下さい。

スペイン王フェルナンド7世王女 ルイサ・フェルナンダ

2016-12-31 00:38:41 | スペイン王妃・王女
王座の行方を背負わされた王女
フェルナンド7世王女 ルイサ・フェルナンダ・デ・ボルボン
モンパンシェ公アントワーヌ・オルレアン妃


1832〜1897

フェルナンド7世は4回結婚してます。
一人目の妃マリア・アントニアとの間にはお子様がはいません。
二人目の妃マリア・イサベルは王女を二人産みましたが
長女は5ヶ月で亡くなり、次女は死産でした。
三人目の妃マリア・ヨーゼファにもお子様はできませんでした。
四人目の妃マリア・クリスティネとの間に生まれた三女がイサベル2世です。

ルイサ・フェルディナンダは四女でした。

ルイサの姉イサベルは、ずっと従兄のカディス公フランシスコと婚約していました。
フランシスコは、ホモセクシャルで、性的に不能と言われていて
フランス王ルイ・フィリプ1世は、イサベルには子供ができないはず! と考え
ゆくゆくはスペイン王座をわが家に… と画策します。

手っ取り早いのは結婚ですね!
1846年、14歳のルイサは、22歳のルイ・フィリプ1世王子アントワーヌと結婚します。
姉のイサベル&カディス公とW婚でした。

アントワーヌはスペイン継承権を手に入れ、一度フランスへ帰国しますが
その後セビリアに入り、王位継承に備えました。
狙いまくってる家系図をどうぞ!!
    
しかし! なんということでしょう!!
イサベル2世は予想に反して、どんどん嫡子を産むっていうじゃない!!
アントワーヌは待ちきれなかったのか、イサベル2世に対して次々謀略を企てます。
ルイサが加担していたかどうかは不明ですが、姉妹の仲はかなり張りつめていたようです。

1868年、退位させられた姉イサベル2世ともども、母がいるフランスに亡命します。
母親と再会した窮地の姉妹、少しは仲直りできたのかしらね?

1870年、ルイサは夫アントワーヌが亡くなるとセビリアに戻り余生を送りました。
ちなみに、姉イサベル2世はフランスで余生を過ごしています。

9人のお子様のうち、五女マリア・メルセデスはイサベル2世王子アルフォンソ12世と
三男ガリエラ公アントニオはイサベル2世王女エウレリアと結婚しました。
エウレリアについてはまた今度…

ルイサのパーソナリティがまったくわかりません。
ミエミエの政略結婚ですが、結婚後は幸せだったのでしょうか?
義父や夫とともに王座を狙っていたのか、板挟みで苦しんでいたのか知りたいところですね。

              
               少女時代でしょうか?かわいいですね

(参考文献 Wikipedia英語版)

ひとことごあいさつコーナー
ゆるゆるなブログに、今年も1年お付き合いいただきありがとうございました
今年のアップはこれで最後になります
みなさま、良いお年を〜


   
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スペイン王カルロス4世王女 マリア・イサベル

2016-12-22 21:39:19 | スペイン王妃・王女
天然キャラで人気者
カルロス4世王女 マリア・イサベル・デ・ボルボン
両シチリア王フランチェスコ1世妃/バルツォ伯フランチェスコ夫人


1789〜1848/在位 1825〜1830

マリア・イサベルは、カルロス4世とマリア・ルイサ・デ・パルマの五女です、が
実はマニュエル・ゴドイの娘らしい… と言われています。

13歳の時に、12歳年上のパルマ公子フランチェスコと結婚しました。
フランチェスコは再婚で、最初の妃はマリア・クレメンティーナです。
彼女のお母さまは、カルロス3世王女マリア・ルイサでした。
     
さ! エピソードが多いのではしょっていきますよ!!

結婚から4年後にナポレオンのイタリア半島侵攻があって、王一家はパレルモでの
逃亡暮らしを余儀なくされますが、お姉様のマリア・ルイサと違って
政治に興味も野望もないマリア・イサベルは、フランチェスコと幸せに暮らしてました。
お子様も13人とこだくさんです。

マリア・イサベルは、カルロス4世の、地味目な顔立ち四姉妹の中では
比較的整った顔立ちだったそうですが、幼く見えるせいで
結婚当時パルマではあまり良い印象を持たれませんでした。
でも、性格が良くて従順で、姑のマリア・カロリーナとは正反対、ってことで
徐々に人気を得ていきます。

相次ぐ出産のせいで、マリア・イサベルは徐々に太っちゃったらしい…
ちょっとおマヌケで、お人好しで子供好き… 下町の近所のおばさんみたいですね。
劇場と舞踏会と祝典が大好き!という無邪気な人で、結果的に夫より人気者に。

1925年に、フランチェスコが両シチリア王になります。
マリア・イサベルは王妃になっても、子育てに大忙しで政治どころじゃなく
ただ王の隣にいるだけで、なんら政治的な役割は果たしませんでしたが
優しい物腰と寛容な性格で、相変わらず人々から好かれていました。

1830年、王女マリア・クリスティーナと、スペイン王フェルナンド7世の結婚で
里帰りをしましたが、パルマに戻ってからしばらくしてフランチェスコ1世が亡くなります。

さ、皆さーん! ここからがマリア・イサベルならではのエピソードですよ!!

マリア・イサベルは、息子のフェルディナンド2世が即位してからも
母后としてシチリア宮廷に残りましたが、人気者のままでした。
息子も母親に敬意を払い、大切にしてくれました。

しかし、未亡人になった時、マリア・イサベルは41歳。
若くてハンサムな高官に弱くて、フラフラ恋人を作っちゃったらしいのね。
既婚のオーストリア士官と激しい恋に落ち、2年後に士官の妻が死亡すると
結婚しようとしたりしますが、これは相手の強欲によって叶いませんでした。

でもやっぱり独りは寂しい… というわけで、マリア・イサベルはフェルディナンド2世に
「結婚させて!」と願い出ました。
母親の行いに頭を悩ませていたフェルディナンド2世は、この願い出を承諾し
結婚にふさわしそうな貴族のリストを作成して、母親に手渡しました。

マリア・イサベルは、リストからバルゴ伯フランチェスコを選び、1839年に再婚しました。
この旦那さん、若かったらしいよ。
いくら王家の仲間入りができるといっても、選ばれて嬉しかったんだろうか?
当時なら、家柄アップができて、家族も大喜び!でよかったのかもね。

けっこう顰蹙を買いそうな再婚だったのですが、マリア・イサベルは、親しみやすさと
貧しい人たちへの優しさから、1848年に亡くなるまで、人気者のままだったそうです。
キャラクターって大事ですよね!!

どの国も王制自体がユラユラしてて、国の存続も危ういと右往左往してる時期に
けっこう楽しく人生を送れた女性なんじゃないでしょうか?
政治的野心があったら、きっと気が休まらなかったのではないかと思いますが
無欲だったことが彼女の幸せな人生を招いたのかもしれません。

              
             お嫁入りのころでしょうか? かわいいですね

お子様のうち、王女ルチアは、マリア・イザベルの弟カディス公フランシスコと結婚
マリア・クリスティーナは(上記のように)兄のフェルナンド7世妃に
マリア・アントニアはトスカーナ大公レオポルト2世妃になっています。
娘さんたちはけっこう激動の人生を送ってますね。

(参考文献 Wikipedia英語版)

ひとことアイドルコーナー
わたしはSMAPファンじゃないんだけど、このあいだのSMAP×SMAP見てたら泣けてきちゃった
タモリと楽しそうに会話してても、椎名林檎と歌ってても、本当にラストなのか… と思うと涙が出ちゃって…
私でさえそうなのだから、ファンの皆さんは本当に寂しく哀しいですよね?
31日に奇跡がおきないかと、微力ながら祈っております。


   
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『シェル・コレクター』飲み込まれ、溺れてしまいそう…

2016-12-20 21:30:09 | アメリカの作家
THE SHELL COLLECTOR 
2001年 アンソニー・ドーア

何気なく買った一冊なのですが、後からハタと! アンソニー・ドーアって
『メモリー・ウォール』を読んで、すごーく苦手だったひとじゃんか!! と思いあたり
グッタリして放置してたのね… そして、読んでみた。

うぅぅぅ… 目からウロコ的に、コペルニクス的に、すごくおもしろかった!
(当時)若手とは思えないよぉ、これ。
人生経験を積みまくったじいさんを想像してしまうような書きっぷりです。

釣りが好きみたいで、けっこう詳しく延々と釣り・河・海の描写が続きます。
興味のない私は、ちょっぴり中だるみしましたが、そんなの問題ない!
そういうシーンも大事だってことに、どんどん気づかされていきました。

8篇中7篇紹介したいんですけど、そうもいかないので…

『貝を集める人(The Shell Collector)』
盲目の老貝類学者がわびしく暮らすケニアの小さな島を、二人のアメリカ人記者が訪れる。
はじまりはナンシーという女性のマラリアが毒貝で完治し、続いて近隣の島にある
モスクの指導者の娘シーマのマラリアも毒貝で完治したことだった。

『長いあいだ、これはグリセルダの物語だった
         (For Long Time This Was Griselda's Story)』
高校のバレー部員で、背が高く、早熟で、悪いウワサが絶えないグリセルダは
妹ローズマリーと祭りを見に行き、見世物小屋の金物食いの男に魅せられ駆け落ちした。
女手一つで娘たちを育ててきた母親は精神を崩していき、ローズマリーは高校をやめて
母親が働いていた工場で働き始めた。

『世話係(The Caretaker)』
35年間、リベリアのモンロビアで母親と暮らしてきたジョゼフ・サリービー。
内戦が始まって数年後、市場へ野菜を売りに行った母親が行方不明になった。
母親を捜すため家を出たジョゼフは、そのまま難民になってアメリカへ渡った。
そして、オレゴン州で、冬の間独りで農園と菜園を管理する仕事を見つけた。

おもしろさがまったく伝わらなくてすみません…
あらすじではなく、物語の “ さわり ” だとご理解下さい。

三つとも、ある日いきなり環境が変わってしまった人の、戸惑いとその後を描いた話です。
展開が目まぐるしいわりに、文章は落ち着いていて、どちらかというと静を感じさせます。
でもどの話も、短篇でありながら圧倒的な力で迫ってきて、引き込まれていきました。

静かな海を見ていたら、波がだんだん大きくなって飲み込まれてしまうような気分でした。
特に最後の『ムコンド(Mkond)』という物語はすごかった!

タンザニアに派遣されたワード・ビーチという博物館の学芸員と、彼に見初められ
結婚してアメリカに渡ったナイーマという女性、二人のストーリーなのですが
うまく書けない… ただ、もう、すごい吸引力! の物語でした。

私はすぐ、この作家は好き、この作家は苦手、と決めてかかるクセがあるんだけど
本当に一冊読んだだけで決めつけちゃいけないなぁ… と猛省させられた一冊です。
もう一回『メモリー・ウォール』を読んでみよっかな…

『メモリー・ウォール』が苦手な方もぜひ!
読んでみたいな!という方は下の画像をクリックしてね




ひとことK-POPコーナー


BEAST 新事務所設立おめでとうございます! BEAUTY の皆さん、本当によかったですね!
アルバムの発売を楽しみにしていま〜す


   
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スペイン王カルロス4世王女 マリア・ルイサ

2016-12-16 21:32:55 | スペイン王妃・王女
反ナポレオンの急先鋒
カルロス4世王女 マリア・ルイサ・デ・ボルボン
エルトリア王ルドヴィーコ1世妃


1782〜1824/在位 1801〜1803

マリア・ルイサは、カルロス4世とマリア・ルイサ・デ・パルマの四女です。

お姉さんのマリア・アマリアのところでは(結果的に)姉の結婚相手を奪ったところばかり
クローズアップしてしまいましたが、どんな女性だったんでしょうね?
かなりエピソードがあるので、はしょっていきますよ。

ルドヴィーコと出会った頃のマリア・ルイサは、濃い色の巻き毛で、茶色の瞳と
ギリシャ風の鼻を持つ、とりたてて美しくはない少女でした。
でも表情が豊かでイキイキしていたそうで、陰気な姉よりは、そりゃあね…

マリア・ルイサは、若い頃から「スペインを狙ってるね!」と
ナポレオンの動きに注目していました。

結婚から6年後の1801年、ナポレオンは、まずイタリアを征服。
ブルボン家からパルマを取り上げると、かわりにトスカーナにエルトリアを建国し
ルドヴィーコを王にします。
懐柔策ですよね? マリア・ルイサとしてはどんな気持ちだったでしょう?

ところが、ルドヴィーコはもともと胸が弱く、子供の頃に頭を打った後遺症もあって
年をおうごとに症状が重くなり、即位から2年後に30歳で亡くなりました。
     
王位を継いだ息子カルロ・ルドヴィーコの摂政に就いたマリア・ルイサは
自分の収入から政府をサポートしようとしますが、ナポレオンは
エルトリアに力を持たれちゃっても困るんだよね〜、と財政を縮小しました。

その上、1807年には、マリア・ルイサとカルロをエルトリアから退去させ
自分の領地に併合してしまいました。

マリア・ルイサは、ナポレをンに面会し、追放先をスペインにしてほしいと要求しました。
悔しかったでしょうねぇ… 自分の夫と息子をいいようにあっちやったりこっちやったりされて
その上お願いごとまでしなくちゃならないなんて…

しかし、スペインも安泰ではありませんでした。
マリア・ルイサがスペインに到着した時、スペインはアランフェスの暴動で混乱に陥っていて
父王カルロス4世は退位し、マリア・ルイサの弟フェルナンド7世が即位しました。

ナポレオンは、カルロス4世とフェルナンド7世を、「仲裁したげる!」と
フランスのバイヨンヌに招きます、が、結局、弟ジョセフ(ジョゼ)を
王としてスペインに送り込みました。

ナポレオンはその後、スペインに残っていた王一家をフランスに招き
マリア・ルイサは両親に再会しました。
またまた、悔しかったでしょうねぇ… 2回も国を奪われるとは…

マリア・ルイサは、スペイン王室で唯一、面と向かってナポレオンに歯向かった人物でした。
フランスからの逃亡も試みましたがバレてしまい、息子とも引き離されて
修道院に入れられてしまいました。

1814年、待ちに待ったナポレオンの失脚により、自由になったマリア・ルイサは
息子のために、パルマの領地奪還にかかりました。
けれども、ウィーン会議は認めず、代わりにトスカーナのルッカ公領を与えました。
これは、マリア・ルイサがもと(エルトリア)王妃だったことが大きく物を言ったみたい。
そうでなかったら、もっと小さい伯領になってたか、何も与えられなかったかも…

マリア・ルイサは、「なにがルッカだよぉ!」とふてくされていましたが
3年後の1817年にやっと(しぶしぶ)政府を立ち上げました。
でもルッカのことは無視し続け、ローマで暮らしていました。

それでも晩年は、夏はルッカ、冬はローマと行き来してたみたいです。
1823年にローマで体調を崩し、癌で亡くなりました。

夫のルドヴィーコ1世が亡くなった時、マリア・ルイサは21歳で、まだまだ再婚できたのに
息子の摂政として奮闘し、ナポレオンに対抗し、ウィーン会議にも働きかけ…と
政治に明け暮れた一生でしたね。
なかなか気骨がある女性だったとお見受けします。

このパワーでこられたら、(お姉さんの)マリア・アマリアは
とても太刀打ちできなかったでしょうね。

              
             たぶん未亡人になったばかりの頃と思われます
                     決然とした表情が印象的ですね


(参考文献 藤沢道郎氏『物語イタリアの歴史』 Wikipedia英語版)

イタリアの歴史を、有名な人物を登場させ読みやすく
読んでみたいな!という方は下の画像をクリックしてね




ひとことK-POPコーナー


見ていただけました? FNS歌謡祭! 短い出番だったけどステキだったなぁ… お衣装新調したのかしら?
“ SHINee 真ん中の人 ” で検索急上昇ですって‼️  ダンスがキレッキレのマンネ(末っ子)テミンも素敵ですが
笑顔と声がやさしすぎて癒されまくるリーダー・オニュ、ソフトからパワフルまでなんでも歌がうまいジョンヒョン、
熱く燃えてるペンサ神・ラップのミノ、一番日本語が上手なお肌のキレイな万能キー、5人みんなをよろしくぅ


    
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『異国の出来事』トレヴァー・オーヴァー・ザ・ワールド

2016-12-10 20:33:37 | イギリス・アイルランドの作家
A SELECTION OF STORIES 
ウィリアム・トレヴァー

飛びついた本第三弾!! 良かったよぉ〜

今まで『アフター・レイン』『アイルランド・ストーリーズ』『聖母の贈り物』
『密会』と、何冊かトレヴァーの短篇集を読んできましたが、また新しい魅力を知りました。

表題どおり、主に海外、あるいは旅先での出来事がテーマになっています。
イタリアが舞台になっているストーリーが多いようです。
意外な気もしますが、トレヴァーのお気に入りの地なのでしょうか?

どのお話も素敵なのですが、特に印象深かったお話しをいくつか…

『家出(Running Away)/1986年』
ヘンリエッタは、結婚して20年以上になる夫ロイを、夫の教え子シャロン・タムに奪われた。
みすぼらしいシャロンは、いつも夫婦の家を訪れて不幸な家庭のことを語っていた。
ヘンリエッタはイタリアへ渡り、一人暮らしを満喫する。

このラストを、夫婦の絆ととらえるか、しがらみと見るか微妙なところです。
読むサイドの年齢やライフスタイルが、印象を大きく左右しそうな内容だと思います。
私自身は… 黙っとく…

『三つどもえ(A Trinity)/1989年』
ドーンとキース夫婦は、ドーンの雇い主で同居している “ おじさん ” という老人に
費用を出してもらい、フィレンツェに旅行に行く事になった。
しかし、夜遅く二人が到着したのはスイスだった。

旅行に不慣れな夫婦のドタバタ劇にもってけそうな出だしではあるのですが
トレヴァーですからね、そんなことありません。
夫婦の頭からどうしても離れない他人である “ おじさん ” の存在と
「うまくいってんの?」と思わせる夫婦のやりとりが独特なストーリーです。

『娘ふたり(Virgins)/1986年』
イタリア旅行中のローラは、いきなり女性から声をかけられマーガレッタだと気づく。
第一次大戦中、ローラはイングランドから、母の知人であるアイルランドの
ヒースリップ家へ疎開し、娘のマーガレッタと親友になった。
ローラは、二人でド・クーシー家を訪れた時、病弱なラルフと出会った。

このお話しが、この一冊の中で一番、私が今までトレヴァーに抱いていた印象に
近いような気がします。 アイルランドが舞台だからだろうか?
50代後半の男性が、こんなにもみずみずしく少女の気持ちを描けるというのが驚きです。
目の前に二人の姿が浮かぶみたい… すごいとしか言えない。

奇しくも先日読んだマンローの『ジュリエット』にも『家出』という話があって
内容は違うけど両方とも好きですねぇ… 家出したいのか? 私は…

それはさておき、マンローもトレヴァーも、老いてますます…という感じで
新しい印象を与えてくれるのが嬉しいです。

老若男女、すべてのキャラクターになりきり、様々な土地・時代・人々の物語、
様々な感情を、私たちに与え続けてくれる、素晴らしい書き手の作品を
手に取れる幸せがあって本当に良かった…

そういえば、トレヴァーっていうと短篇のことしか思い浮かばなかったのですが
いくつか長篇があるんですよね! 読まねば…

旅するトレヴァー・ワールド… 新鮮で楽しい
読んでみたいな!という方は下の画像をクリックしてね




ひとことK-POPコーナー


日本にいながらにしてソウルコンが見れるなんてーーー!! 嬉しすぎる! というわけで

SHINee WORLD V in JAPAN に行って来ましたよぉ!
全曲韓国語のセトリとコール、会場のギュウギュウづめ感と警備員の少なさ… 日本にいるってことを忘れそうだったよぉ
今日(2日目)は、追加も立ち見も当日も外れてションボリ家で過ごしてますが、明日再びはじけて来まーす!!


    
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スペイン王カルロス4世王女 マリア・アマリア

2016-12-05 21:36:17 | スペイン王妃・王女
やぶれかぶれ婚の果てに…
カルロス4世王女 マリア・アマリア・デ・ボルボン
ラルロス3世王子アントニオ・パスキュアル妃


1779〜1798

これから書く、彼女のエピソードを暗示してるような肖像画なんですけど…
他に無いものかと探してはみたんだけど、見つからなかったのよぉ!
昔のポートレートといえばお見合い写真みたいなものじゃない?
もう少しなんとかならなかったのだろうか? 

気をとりなおしまして…

カルロス4世とマリア・ルイサ夫婦は(誰の子かってことはおいといて)
八男六女の子だくさんでしたが、7人は幼くして亡くなっています。
王女で成人したのは、長女・三女・四女・五女です。

長女カルロッタ・ホアキナは、ポルトガル王ジョアン5世妃になります。

三女マリア・アマリアの結婚相手は、母マリア・ルイサがアレンジして
従兄のルドヴィーコに決まりました。

1794年、マリア・アマリアが15歳の時に、21歳のルドヴィーコがスペインに到着し
結婚準備に入りました。
が、しかし! ルドヴィーコは、結婚相手を四女マリア・ルイサにチェンジ希望!!
        
マリア・アマリアは陰気で恥ずかしがりや、そして、取り立てて魅力がない少女でした。
一方マリア・ルイサは、13歳で、朗らかで、容姿も “ マリア・アマリアよりは ”
良かったということです。

カルロス4世とマリア・ルイサは、お婿さん候補の突然の心変わりを容認したものの
さー! 落ち込んだマリア・アマリアはどうするよ!? と、焦ります。
とにかく、妹が姉の元婚約者と先に結婚するという屈辱だけは避けなければ!と
相手選びに躍起になりました。

そこで選ばれたのが、カルロス4世の弟、つまり、マリア・アマリアにとっては叔父の
アントニオ・パスキュアルでした。
なにしろ時間が無かったので、ものすごく手近なところで選んじゃったって感じですね。

お父さんの弟ですからね… 歳はぐっと上の39歳。
あまり知的とは言えず、ガーデニングと農業と狩猟ばかりやって過ごしてました。
ま、兄(カルロス4世)も兄だし…

で、マリア・アマリア&アントニオと、マリア・ルイサ&ルドヴィーコは
なんと、同じ日に挙式し、その後もスペイン宮廷で生活してました。

どうなんだろう…? 仲良くやってたのかな? いがみ合ってたのかな?
妹やその夫を見るたび、屈辱感とか敗北感とか感じなかったのかな?
王子の妃だから、マリア・アマリアの方が宮廷では位が上なのかしら?
気になるわ〜

1798年秋、マリア・アマリアは初めての出産をします。
ものすごい難産で、子供の肩がつかえて、医師が取り出すこともできませんでした。
王子は死産で、マリア・アマリアも2日後に亡くなりました。
直訳すると “ 悶絶の末 ” ということです。つらかったでしょうね。

なんのための18年間だったのか… 結婚が決まる15歳までは幸せだったかも…
幼い頃のエピソードが無いので、そういうことにしておきましょう。

              
             もう1枚見つけたので… 少し微笑んでますね

さて、姉の夫を奪ってしまった妹マリア・ルイサは… つづく

(参考文献 Wikipedia英語版)

ひとことK-POPコーナー
相次ぐグループの解散には驚かなくなってきていたんだが、2NE1は驚いた!
最も成功した女性グループのひとつなのにね… それぞれの道で輝き続けてほしいですね


             
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『ジュリエット』映画も気になりますが…

2016-12-02 20:27:42 | カナダの作家
RUNAWAY 
2004年 アリス・マンロー

最近、飛びつく本が多くて困っちゃうね…
『ジュリエット』だから飛びついたわけではないですよん(SHINeeネタ)

おもしろかった、というのとはちょっと違うのですけど、なんと言えばいいのか…
目が離せない? どっぷり浸かる? 興味深い? どれも当てはまらない。
でも、とにかく、空き時間には続きを読まずにはいられなかった一冊です。

表題の『ジュリエット』という話はありません。
『チャンス(Chance)』『すぐに(Soon)』『沈黙(Silence)』という
三部作があって、その主人公がジュリエットという名前です。

その三部作もすごく印象深いのですけれども
がっっっつり印象に残ったお話しをいくつかご紹介します。

『家出(Runway)』
雨の日が続き、乗馬の生徒が減って、カーラの夫クラークは機嫌が悪く
相変わらず他人とぶつかってばかりいる。
そんな中、隣人の未亡人シルヴィアがギリシャから帰って来た。
翌日、カーラはシルヴィアに呼ばれて掃除をしに隣家を訪れる。

『罪(Trespasses)』
ハリーとアイリーンの娘ローレンは、小さな町に越してから友人はいなかった。
ホテルで働くデルフィーンという女性と知り合ったローレンは
親に内緒で、多くの時間をホテルで過ごすようになった。
ある日、デルフィーンは、子供を養子に出した知人の話を始めた。

『トリック(Tricks)』
病弱の姉と暮らすロビンは、年に一度シェイクスピアを観るために日帰り旅行をした。
25歳の時、ロビンは芝居の後バッグを無くし途方に暮れていてダニエルに出会った。
彼は時計屋を営んでいる移民で、翌年また店で会おうと約束した。
しかし、1年後にロビンが訪ねて行くと、彼は無言で店のドアをぴしゃりと閉めた。

もう、どの話も、誰がどんな役割を担っていて、どんな展開になるのか見当がつかず
ハラハラドキドキが募る一方でした。

同じように、家族間の緊張感を描いていながら、今まで新潮クレストで読んだ
『イラクサ』『林檎の木の下で』『小説のように』『ディア・ライフ』『善き女の愛』
どれよりも、日常的でないスリルが感じられた気がします。
だからといってまるっきり絵空事ではなく、身近に転がっていそうな気もするという
不思議な不思議な雰囲気の一冊でした。

『ジュリエット』は、スペインのペドロ・アルモドバル監督映画『ジュリエッタ』から
邦題にしたそうです。

先ほど書いた三部作がテーマだと思うんですけど、どう撮るかなぁ?
『チャンス』の時のジュリエットは21歳、『すぐに』では25歳で、これはなんとかなるとして
『沈黙』は44歳から(たぶん)50代後半までを描いています。
20年ぐらいスポーンと飛んでるし、スパンは長いし、過剰な表現は似会わなそうだし
映画になり得るんだろうか?
見りゃいいんだけどね… たぶん見ないと思う。

普通に暮らしていればいるほど共感できると思います
読んでみたいな!という方は下の画像をクリックしてね



ひとこと「なんなんだよぉ〜!」コーナー
ビール酒税統一だとぉぉぉ!
酒造メーカーの皆さんの努力と庶民のささやかな幸せを踏みにじる気ね!!!
政務活動費とか、他に見直すところはいっぱいあるだろうよ! って言いたいわ
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