まりっぺのお気楽読書

読書感想文と家系図のブログ。
ゆる~い気持ちでお読み下さい。

スウェーデン王アーヌンド・ヤーコブ妃 グンヒルド

2011-06-24 10:27:44 | スウェーデン王妃
            しばらく肖像画が無いので北欧神話の女神様でいきます
                雰囲気重視です…こちらはペンローズのフレイヤ


本当だとしたらすごい人生
アーヌンド・ヤーコブ妃 グンヒルド・スヴェンスドッテル


生年不詳~1060/在位 (スウェーデン王妃)1022~1050 (デンマーク王妃)せず

グンヒルドはデンマーク王妃でも紹介したんですけど補足を…

グンヒルドについては、いろいろと議論が交わされているらしいのですが
有力なもののひとつとしてノルウェーのヤール(副王)スヴェン・ホーコンソンと
スウェーデン王女ホルムフリドの娘説があります。
         
ということは、アーヌンドとはいとこ同士ということになります。

アーヌンドはノルウェー王と組んで、デンマークに対抗していましたので
政略結婚でしょうね? やっぱり。

アーヌンド亡き後は、娘ガイダが嫁いでいたデンマーク王スヴェン2世と再婚しました。
ただ、ガイダも娘じゃない説があります。

もう少し議論が固まるのを待ちましょう…



伝説の王女の母
エームンド老王妃 アストリド・ニールスドッテル


生年不詳~1060/在位 1050~1060

アストリドはノルウェーの貴族ニール・フィンソンの娘です。
    
1035年頃、スウェーデンのヤール(摂政)ラングヴァルド・ウルフセンの後妻として嫁ぎ
1040年頃に死別しました。
その後しばらくしてエームンドと再婚しました。

エームンドは義理の母、というか本妻エストリドに意地悪されて
ちょっと心に傷をおっちゃったのかしらね?
ひどく無愛想な人で、不道徳王と呼ばれてました。

王子は二人生まれたのですが、そろって父エームンドより早く亡くなり
成長したのは伝説の王女インガモーだけでした。
インガモーはステンキル王家の始祖ステンキルの妃になります。

ところで、家系図を見て頂きたいのですが、アストリドの最初の夫と
ステンキルの父親とされる人の名は “ラングヴァルト・ウルフソン” と同名で
しばしば同一視されることがありました。
そうするとインガモーとステンキルは異母兄妹ということになります。

実はこれは誤解で、二人は兄妹ではないようです。
ですがキリスト教的には「異母兄妹で結婚なんて、けしから~ん!」ということで
過去の教会はインガモーの名前を排除してしまったらしいのね…
それで伝説の王女ということになってしまったわけなのです。

アストリドは夫エームンドより1年早い1060年に亡くなったとされています。
エームンドの死で王家はユグリング家からステンキル家に移ります、けど
延々と混迷は続きます…ふぅぅ。

(参考文献 Wikipedia英語版)
コメント (4)
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