まりっぺのお気楽読書

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フランス王ルイ14世愛妾 ルイーズ

2010-04-19 23:57:56 | 王の寵姫・愛妾
無欲の愛妾
ボージュール公 ルイーズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエール


1644~1710/愛妾 1661~1671

ルイ14世の数ある愛妾の中で、双璧と言えるのがルイーズとモンテスパン候夫人です。
ライバル視される二人ですけど、その人柄はまったく違うのです。
ふたりに関しては資料もエピソードも山のようにあって、全部書くわけにはいかないので
愛妾になった経緯と、性格の違いが垣間見える部分を選んで書きますね。

ルイーズは将校の父を早く亡くし、母がサン=レミ候と再婚したことから
ブロワにあったオルレアン公ガストンの城に出入りしていました。
ガストンを亡くした未亡人がパリに出て来た時に同行していて
その後オルレアン公フィリプ妃アンリエッタの侍女になります。

       

アンリエッタがルイ14世との浮気の隠れ蓑にしようと選んだのがルイーズでした。
ルイーズはその時17歳、ブロンドと青い瞳を持つ笑顔が可愛らしい少女でした。
片方の足が、ちょっとだけ短かったので特別仕様の靴を履いていたそうです。

控えめで野心が無さそうなルイーズなら大丈夫と思ったアンリエッタの意に反して
ルイーズは本当にルイの愛妾になってしまいます。

ルイーズは、お金にも地位にも贅沢にも興味が無く、ルイの愛だけで満足という
王侯貴族の愛人にしては希有なタイプの女性でした。

公妾になって、王妃マリー・テレーズと同席する時には
自分の身分を恥じて、尊敬の念といたわりを持って接したそうです。

5年ほどすると、ルイの愛は急速に冷めていきます。
1667年にボージュール公の称号を与えていますが
ルイーズは引退の謝礼のように思えてまったく喜ばなかったといいます。
すでにモンテスパン候夫人が愛妾になっていましたから、不安もひとしおです。

ルイは嫌がらせのつもりか、ルイーズとモンテスパン候夫人を同じ城に住ませます。
しかも旅行に出る時は、ふたりに王妃まで加えて同じ馬車に乗せたそうです。
サディスティックな人だったのかしら? デリカシィが無いわよね。

その際モンテスパン候夫人は、ルイーズに身のまわりの世話をするよう要求します。
王妃も下手に出るルイーズにはつらくあたります。
ルイーズは文句ひとつ言わず従ったそうです。

しかし、ルイーズはみるみるやつれていきました。
やはり限界がきたのか、1671年には修道院に入ろうとしています。
ルイの説得で戻ったものの、3年後に引退を許されカルメル派の修道院に入り
シスター・ルイーズと名乗りました。

修道院に入ると、王妃マリー・テレーズは度々ルイーズに会いにやってきました。
息子ルイの世話をお願いしたオルレアン公妃イザベル・ド・パラティーヌもやってきました。

後年、マントノン候夫人が彼女を訪ね「こんなところで…」と哀れむと
「あそこで受けた苦しみに比べれば…」と答えたそうです。

宮廷でのトゲトゲしい関わりあいから解かれて
友人のように接することができることに喜びを感じていたのかもしれませんね。

寵愛が衰えを見せ始めた宿敵モンテスパン候夫人も、ルイーズを訪れ
「敬虔に生きるのはどうしたらいいかしら?」とアドバイスを求めています。

              
             こんなに優しそうな愛妾の肖像画を見たこと無い…

当時の王の愛人たちは、不倫の隠れ蓑のために結婚するのがお約束だったのですが
ルイ一筋のルイーズは結婚をしませんでした。
宮廷を去った後はずっと修道院で過ごし、1710年に亡くなりました。

ルイの目は節穴かい?
こんなに無垢で愛情深い女性が側にいるというのにねぇ。
権力のある男性は、わがまま三昧のおねだり上手が可愛かったりするのかしら?
たしかに力の見せどころではあるかもね。

(参考文献 ドーン・B・ソーヴァ『愛人百科』
      エレノア・ハーマン『王たちのセックス』 Wikipdia英語版)

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3 コメント

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美しきルイーズ嬢 (みんと)
2010-04-20 18:34:23
ルイーズ・ド・ラ・ヴァリエールは、
寵姫ウォッチャーのわたしにとって最も好きなレディのひとりです。

なんでこんなにも優しく敬虔な彼女がルイ14世みたいな女好きのとんでもない王様とくっついてしまったんでしょうか。
彼女がルイ王に見初められる前に、
身分はそこそこけれどハートは優しい、彼女の身の丈に合った旦那さまと結婚していれば、
歴史は大きく変わったのかな…
なんて考えてしまったりもします(´ω`)
返信する
ルイーズ・ド・ラ・ヴァリエール (まりっぺ)
2010-04-21 01:55:42
みんとさん、こんばんわ

確かに彼女は寵姫としては異質ですよね?
普通は富や権力を求めるものなのに、王の愛しか望まないなんて…
ルイ14世のどこにそんな魅力があったのかはわかりませんけど、ヴェルサイユを建てたというだけでも男として最上級!と見られたのかもしれないですよね。

私が王様の愛人になったら…って想像してもなれないのですけど、あれもしたい、これも買いたいとウキウキしてきます。
私は強欲なタイプかもしれないです
返信する
無欲過ぎた寵姫 (メリエンダ)
2018-09-26 20:40:10
ルイーズ、ヴァリエール嬢は、大陽王ルイ14世の寵姫で、ただただ一途にルイを愛し、権勢、贅沢などには関心がなかったらしく、ただただ、ルイと共にあることを好んだ、無欲な女性。まさに愛し、愛されるのに相応しい善良な美女。彼女のような女性を嫌う男はいないでしょうね。ただ、彼女は選択を誤った、愛を捧げる相手を‥国王などという男程、不誠実で、愛情が不安定で、移り変わりの激しい恋人はいないのですから。ルイも彼女、ルイーズの純情さを愛したけど、なんでも、ルイは、“才気煥発で、冒険を好むような活発で、気の強い”女性がタイプだったらしく、ルイーズのすぐに涙ぐむ所が物足りなかったらしいです。
たいていの寵姫は、王妃など軽んじたり、存在を気にせず、権勢をふるい、王妃よりも贅沢に振る舞ったりするものですが、ルイーズは、王妃に遠慮がちで、王妃は、そんな彼女を“野に咲く可憐な菫”のような女性、と評したらしいですね。だけど、ルイーズは、自分の親友?モンテスパン夫人に寵姫の座を奪われてしまって、修道院に入ることに‥ たいていの寵姫達は、寵愛を失った後、王に多額の手切れ金、地位やらを要求したり、他の新しい恋人を作り、よろしくやっていたりするものですが、ルイーズは、あまりにも一途で、そんな事は不可能だったみたいですね。寵姫になるにはあまりにも純情で、無欲過ぎましたね‥
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