遠い森 遠い聲 ........語り部・ストーリーテラー lucaのことのは
語り部は いにしえを語り継ぎ いまを読み解き あしたを予言する。騙りかも!?内容はご自身の手で検証してください。
 



    女子フィギュア 思ったとおりの展開でした。浅田真央さんは申し分のないトリプルアクセルを跳び 『ノーミス』でした。女子ショートプログラムでトリプルアクセルを跳んだのはオリンピック史上、はじめての快挙です。

    キム・ヨナ選手はトリプルアクセルは跳べません。3回転-3回転が3回転―2回転半になっています。しかし5点近い大差がついて首位になっています。この5点というのはフリー・プログラムで浅田真央がどんなにがんばっても勝てない点差ということで過去の大会でもつくられた、意図的につくられた点差です。プルシェンコのサイドが抗議している加点というおかしな採点が不正を容易にしています。

    キム・ヨナさんの芸術性!? 芸術の国フランスの実況が真央さんの演技を見て叫びました。ブラボー!! キム・ヨナの点数を見て スキャンダラスな点差だ。これでな真央はおいつけない。 キャンデロロをはじめ、コメンテーターも、 キムヨナとの約5点差には疑問を呈していました。 キムヨナ滑走後に、点差があったとしても1点以内だろうと言っていただけに やりすぎだ、と言いました。


    ロシェット選手と安藤選手の点差はどうでしょう。安藤選手の点も押さえらていないでしょうか。わたしはひさしぶりにほんとうに怒っています。カナダと韓国のフィギュア界は恥を知れ!! 不正なジャッジ恥を知れ!! あなたがたは自分たちの利益のために世界最大の祭典オリンピックの理念を汚し、選手の血のにじむような努力を裏切っています。

    でも 日本選手たち がっかりしないでがんばってください。奇跡を信じてパーフェクトな自分を超える演技をしてください。



コメント ( 33 ) | Trackback ( 0 )




   男子フィギュアで銀メダルに終わったプルシェンコ選手がジャッジについてISUに抗議行動をしようとしています。ジャッジの問題についてはこのブログでも再々伝えてきましたが 選手サイトあるいはファンサイトから署名活動も含めた改善への要求が出たことは、フィギュアスケートの未来にとてもよいことだと思います。前回 プルシェンコ選手は北米では勝てないといううわさがあると書きましたが そのわけが読んでゆくとわかります。

下記にサポートを求める文章を載せます。

EVGENI IS ASKING FOR OUR SUPPORT!
Russian press announces this morning that Plushenko will file a protest with the International Olympic Committee to challenge the silver medal he has been awarded. Headline: "Plushenko: I intend to fight for my gold medal." The article writes: "Since Russia's Olympic Council has refused to file a protest on behalf of Evgeni Plushenko, he has decided to do so himself. He says, 'The results should have been challenged after the Short Program, when everyone saw that three judges were placing me in the 21-22nd place with their scores." Plushenko said that he intends to write a letter in which he will challenge the outcome of the competition. 'I want to fight for that medal that I have earned, that I have fought for, and suffered injuries for,' explained his position Plushenko. He also said that for the scores to be reconsidered he needs everyone's support. 'A lone man on the battlefield is not a warrior,' Plushenko said."

要 約

ロシアのプレスが今朝プルシェンコの声明を発表しました。 プルシェンコはオリンピックコミティに対し 今回のジャッジのあり方、結果についてチャレンジする方針を決めました。

プルシェンコ『3人のジャッジが私のショートプログラムの演技が21位から22位という採点をした。私はこの結果に異議がある』

しかしプルシェンコはロシアのOlympic Councilのサポートを得る事ができないため彼個人でこの仕事を成し遂げようとしています。

10秒で読む日経の記事は→コチラ 

詳しいプロトコル分析は→コチラ
この方の記事は問題点を的確に捉えています。


日経の記事の抜粋

『国際スケート連盟(ISU)は2002年のソルトレークシティオリンピックのフィギュアスケートペア競技で審判が不正を行ったとのスキャンダルが暴かれたことから、採点方式を変更した。

 ISUによれば、判定における国と国の間の裏取引を防ぐため、順位点を廃止し、各演技項目毎に技術点をつけ、構成点、減点を算出して合計する方法に変えた。

 他の大きな変更点は、審判の結果の匿名化だ。だれが、どんな点数を付けたのかを隠すようにした。

 審判は技術基礎点をつける審判を除いて9名が採点し、2名を抽選で除外して残り7名の点数の平均点で点数が付く。

 厳しい基準を満たして採用された審判員だから、その採点結果は多少の主観が入ったとしても、大きな差が付く事は無いと考えられる。

 しかし、バンクーバーの男子フリー競技の結果は異なる。ルシェンコに対する9人の平均点は166.22点。トップ点は180.03点に対し、2人は147.83点と151.23点をつけた。

 同じ競技内容に対して32.2点、28.8点もの格差がついたのだ。 この二人の審判員が平均的な点数をつけていれば、点数は8.5点上がって ダントツの金メダルだったのだ。

 ちなみに2回も転倒したカナダのチャン選手よりも、この2審判員のプルシェンコへの採点は低い。

 どんなやり方で差をつけたかといえば、1つ1つの項目の技術加点を 他の審判よりも減らすことで10~20点ほど下げる。後は、構成点で下げることで5~10点減らしたのだ。

 一方で、金メダルのライザチェク選手には減点しなければならない項目でも加点されている。
 http://www.vancouver2010.com/ns/pdf/FSM010101C77B.pdf

 誰がしたかだが、審判員の国別構成比は、アメリカ、チェコ、ウクライナ、 フランス、スロベニア、カナダ、ロシア、スイス、スロバキアとなっている。 ショートでの北米審判は一人だったが、フリーでは二人になっていた。

 尚、ショートの採点では、プルシェンコの採点を大きく下げて他を上げたのは一人だった。
 http://www.vancouver2010.com/ns/pdf/FSM010201C77B.pdf

 もし、カナダの選手がフリーで失敗しなければ金メダルを取れていた異様に高い点数であることを見れば、カナダとアメリカの審判員が談合してロシアに大きなマイナス点をつけ、カナダ、アメリカ選手を少し上げる操作をしていたことが疑われる。

 実は、フィギュアスケートの採点方式はこうした不透明な操作が可能なシステムであるのだ。 観戦するならメダルや順位に拘らず、純粋に演技の内容を見てあげよう。』


つまりアメリカとカナダの審判が談合 ライザチェック↑ パトリック・チャン↑ プルシェンコ↓ というわけです。

女子の場合はどうなのかな。カナダ韓国連合 キム・ヨナ↑ ロシェット↑ 浅田真央↓
が懸念されます。


わたしたちはロシア政府やオリンピック関係にメールを送ることでプルシェンコを応援することができます。

わたしは→コチラ

下記のような内容でよいと思います。

I am writing to voice my support of Evgeni Plushenko. I hope that Russia will fully support him and ask for an investigation into this controversy. I believe he should have received the gold medal for his Olympic performance.

要 約

ロシアがプルシェンコを全面的にサポートし、 調査願(オリンピックの採点に対する)を(オリンピックコミティに)要請してくれる事を願います。 わたしは彼のオリンピックでのパフォーマンスがゴールドメダルを獲得すべきものだったと信じます。


今日はいよいよ女子ショートプログラム どの選手もみなみな自分の世界を存分に披露できますように。





コメント ( 8 ) | Trackback ( 0 )




    世界中の神話の多くに大洪水が記されています。 中国 インドネシア ポリネシア シュメール、バビロニアのギルガメッシュ 旧約聖書 ギリシャ アイルランド ゲルマン アステカ インカ ホピ マヤ ヒンヅゥー.......神の怒りによる大洪水は人類の共通の記憶であるかのようです。

    日本の神話 古事記において海幸彦・山幸彦のくだりに彷彿とさせるものがありますが、世界の神話に共通する洪水がないことが不思議であると思われてきました。”民俗学の愉楽”のなかで谷川健一さんは明確にこう述べています。

    .....世界各地で神話として語り告がれてきた大洪水は何千年も前に実際に起こり、人類のはるか昔の記憶に刻まれたものであろう。古事記、日本書紀に記された日本の神話も、大洪水神話の流れから生まれたものだと考えられる。『ただし、日本の神話は大洪水のあとから始まる。』......イザナギのミコトとイザナミのミコトは、天上から矛で海をかきまわし、その先から滴り落ちた塩でできたオノコロ島に降り立った。オノコロ島で夫婦となったイザナミ、イザナギは国を生むのである。......

    そういう見方があったのか!? たしかに.....そうです。もともと古事記・日本書紀は編集された(改変された)神話でした。大洪水以前が削られていたとみなせば ピタリ収まるところに収まる、思わず手を打ちそうでした。

    谷川さんは大洪水をカットした理由をこのように推測しています。.....記紀編ぼの目的は天皇家の起源と正当性を内外ともに知らしめることにあったのだから、大洪水の罪を皇室に負わせることはできなかった。そこで意図的に洪水に至る人間の罪と、それに対する神の罰が省略された。

    おもしろいですね。この本には、こうした発見が随所に散りばめられています。谷川さんは「民俗学は神と人間と自然の交渉の学である」と述べられていました。社会的にいきわたった通説や常識をくつがえして、日本のなりたち、つながっている世界の成り立ち 宇宙の成り立ちの真実をさぐる新鋭気鋭の試みが待たれます。



 

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )






    とにかくメダルがとれてよかったです。ほんとうにおめでとう。高橋くんの横顔 引き締まってうつくしかった。演技はとてもあたたかかった。織田くん(7位) くつのひもが切れてほんとうに残念。小塚くん④回転がんばりました。ジョニー すてきでした。フィギュアスケート見ごたえがありました。選手のみなさん ありがとう!!演技もですが そのあとがもっとドラマでした。

結果: 男子
1. アメリカエヴァン・ライサチェク 257.67
2. ロシア エフゲニー・プルシェンコ 256.36
3. 日本 高橋 大輔 247.23
4. スイス ステファン・ランビエル 246.72
5. カナダ パトリック・チャン 241.42
6. アメリカ ジョニー・ウィア 238.87
7. 日本 織田 信成 238.54
8. 日本 小塚 崇彦 231.19
9 .アメリカ ジェレミー・アボット 218.96
10 .チェコ ミハル・ブレジナ 216.73


    でも 疑問もあります。

①パトリック・チャン(カナダ) 4回転なし ジャンプ失敗 オーバーターン 小塚君 4回転成功 ジャンプ失敗 芸術点でパトリック・チャンに劣るとは思えないが なぜ点差がひらくのか。

②ジョニー・ウィアーの点数がSPも含めてブーイングが起きるほど点数が低いのはなぜか。

③”プルシェンコはカナダでは金メダルがとれない”と囁かれていたのが現実になったこと。

④ 守りも選択のひとつだろうが、チャレンジする選手が損をするような採点基準はおかしくないか。


    ショートプログラムが終わった夜、プルシェンコ とライザチェックと高橋大輔の3人にインタビューがありました。それは心理戦 前哨戦ともいえるようなものでした。4回転をしない王者が真の王者といえるか。フィギュアの未来のために跳ぶというプルシェンコ......ジャンプだけがすべてではない。 というライザチェック そして 札幌以来 4回転を飛ばないで金メダルを勝ち得たものはいない。という高橋。

    結局 4回転を飛ばない安全策をとったライザチェックが完璧な演技で勝ちました。 ジャンプがすべてとは思いません。さまざまなチャレンジがあることは確かです。けれどジャンプはある程度精度の高い評価が可能ですが、芸術点は主観にたよるところ大なので曖昧になりやすい。わたしはライザチェックやパトリック・チャン、キム・ヨナ選手のように勝つために安全策をとる選手より自分の限界を超えようとする選手に惹かれます。スポーツにしろ芸術にしろ それだから見る者の魂を揺り動かすのだと思います。

    ①と②については開催地カナダの代表パトリック・チャンの順位確保のためであろうと思われます。少々は大目に見るにしても、開催地カナダの品位が疑われる結果になったのは残念です。カナダと韓国のフィギュア界はキム・ヨナ選手のコーチがカナダ人であるため緊密な関係を持っているが、女子フィギュアの採点時、両国の連携プレーを危惧するのはわたしだけではあるまいと思うのです。

    せめて どの国の審判がどんな採点をしたのか昔のようにテレビ画像であきらかにしてほしいと思います。そして不正認定されたジャッジを多く輩出した国からはジャッジを出さないくらいの強い処置を切に望みます。選手たちが公正なジャッジのもと 安心して自分の力を出し切れるよう、フィギュアスケートがますます隆盛となり多くのひとびとに感動を与えてくれるよう、世界中?のファンが望んでいます。

    個人的にジェレミー・アボット選手 すきでした。ジョニーはおかまじゃない、実に男でした。ブーイングのファンをなだめるところとか やさしく雄雄しかった。プルシェンコ よくぞ帰ってきてくれました。最初は一旦引退したのになぜ??と冷たく見ていましたが フィギュアの現状を危惧してやむにやまれずのカムバックだったのだと思います。ありがとう。








   

コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )




   きのう桜会(さくらえ)の案内のはがきをポストに投函、さぁ これで あとには引けなくなりました(笑)。さくらえ...は4回目のコンサートです。ちらしの文様は桜と観世水、ふと気がつくと 二回目のコンサートも桜に流水紋をあしらったものでした。心惹かれる瀬織津姫(表舞台から消されてしまった古い神)は水と桜の神.....瀬織津姫のことを知るまえから深層意識のなかにあったのかもしれませんね。

   ステージに飾る振袖をさがそうと思っていた矢先、案内状を手渡しした方からご商売用の打ちかけをお貸しくださるとの申し出、ご好意に甘えることにしました。今回はゲストなし、音楽とのコラボなし、お飲み物もお食事もないので いつもよりずっと気が楽です。こんなに早く案内状をお送りするのもたぶんはじめて.....桜開花予想によればちょうど花も盛りのころですが、.....できることなら満開の桜の、風に音もなくはらはら零れ落ちる風情の昼さがりでありますように。


   
   中沢新一さんの”精霊の王”を読みました、あまりのおもしろさに、朝になってしまいました。ネットにファンの方の精霊の王の抜粋と解説が載っており、参考になったのですが、実際に読むと 目が洗われるといいますか これまで探ってきたことの断片がパズルのようにつながってゆき、心奮います。

   シャグジ:宿神について 

①この国土にふるくからあまねくおいでになって尊崇されていた神である。

②国家というものが出現し列島上に満ち溢れていたシャグジの精霊=神たちの巨大な規模での没落がはじまり、この精霊たちの祀られていた場所に神社が建ち 居場所を失ったこの神たちは神社わきのちいさな祠や道端に放置されるようになった。(そして後戸の神として新参の神たちの力の発現を見守ったのである。)

③社会の表舞台から消え去ってしまわれたかにしまれたシャクジは芸能と技術を専門とする職人たちの世界では、宿神シュクジンと呼ばれて、芸能にいのちを吹き込み、、技術に物質を変性させる魔力を与える守護神として、たいせつに守り続けてきたのである。つまり 今日 日本文化の特質を示すものとして世界から賞賛されている芸能と技術の領域を守り、そこに創造力を吹き込んでいたのは、.....あのシャグジ=宿神というとてつもなく古い来歴を持つ精霊だったのだ。  (②項()以外及び③項 精霊の神より抜粋)

  

    語りをはじめて以来追い求めてきた .....神.... 半端で曇り多いわたしにときに降りて語らせてくださる神を、このようにして知るとは思ってもいませんでした。まだ半信半疑ではあるし、むろん謎は多いのです。シャグジの神のもっとおおもと.....それは自然そのものであり 無限であり つねに生成するものであろうと思います。肉の身でちかづいてゆくにはふたつみっつ道があるように思います。そのひとつのヒントが付録の現代語訳『明宿集』にありました。後日 つづきを書きたいと思います。





コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




   男子フィギュアショートプログラム 高橋くん三位  プルシェンコ ライザチェックにつづく よい位置です。 高橋くんの演技に娘たちとキス&クライ !

   フィギュアはジャンプばかりじゃない、行間にこそ真髄があります。 高橋君の演技には内面がにじみ出る。ピエロを演じてもコミカルなだけじゃに 心の奥のかなしみが見える。フィギュアはスポーツだけどそれ以上のなにかがあります。

.......大胆に、そして繊細に....層が厚くて男子は見ごたえありました。 女子フィギュア こわいけれど たのしみ。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




   バンクーバーオリンピック 女子モーグル終わりました。メダルを期待された愛子さん 惜しくも4位でした。多恵さんは二回目のエアのあと転倒してしまいました。前回のオリンピックのあと 愛子さん 多恵さんの4年間のドラマを思うと胸が痛くなります、おふたりとも、望んだ結果ではなかったと思うけれど 喝采を送っているひとは日本中たくさんいます。自分をほめてあげて がんばったからだとこころをいたわってやすませてあげてください。ありささんとみきさん あしたに向かってがんばってください。

   過去のオリンピックの画像をテレビで見ると長野オリンピックのモーグルのコースの設営のうつくしさ、芸術性におどろかされます。われら 日本人はこういう民族、決して手をぬかず 最善を尽くす 実用性とともに美を追求する.....今回のバンクーバーのコースは簡単なコースだったそうです。距離は長い、技術があまり立ち入る隙がない、体力勝負。ですから エアーよりスピード選択。アメリカのパワーは湿った雪さえ圧倒しました!!採点基準はカーブ50 エア25 スピード25 だそうですが カーブの採点基準がよくわかりません。

   冬のオリンピックは白色人種優位です。いくら身体能力が高くても冬季スポーツは金銭力がないとよいコーチにつくことも、よい機材を買うこともできません。(日本のフィギュアも有力選手は恵まれた家庭の出身が多いようです)身体能力の高い黒人選手は夏のオリンピックのそれも陸上ではダントツの力を見せますが、水泳ではその力を発揮できません。水泳にはプールが必要だし...人種差別があるとプールの使用もむつかしいのでは...と思います。プロスポーツでは才能のある選手はスカウトされますから、裕福でない黒人がのしあがるには音楽とスポーツしかない。マイケル・ジャクソンはですからなんとしてもグラミー賞がとりたかったのだそうです。(もうすぐマイケルのつづきが書けそうです)

   日本人は身体能力では太刀打ちできないので 技術で勝負するしかありません。ところが、技術力がものいうスポーツってジャッジが曖昧になりやすいのです。本来スポーツはより早く より強く より高くを求めるものです。勝負はだれが見てもはっきりしている。しかし、採点基準があるものは都合よくルールが変えられるので 政治力の弱い日本はたびたび苦杯を飲まざるを得ませんでした。採点には国の思惑が入りやすいしジャッジも人間ですから誘惑されるひともいたようです。

   オリンピックはアマチュアリズムからますます離れ スポーツは一大産業になっています。競技時間はテレビの放映時間....にあわせられ 本来白日のもとでやるべきスポーツがライトに照らされ夜間に行われる.....メジャーやマスコミの思うツボにはまってる......わかっているのですが、つい見てしまうのは そこにドラマがあるから アスリートたちが生命を削るように1分1秒を削る努力をして その一瞬にもてるかぎりのちからを出そうとしている.....そのすがたが勝っても負けてもうつくしい。

   見ているわたしたちの奥が揺さぶられる だから応援せずにはいられない。モーグルの結果は納得いくものでした。スピード勝負では恣意的なものが生まれようはない。フィギュアスケートはどうなるでしょうね。わたしは日本選手の活躍と健闘を祈っていますが、採点には疑念を抱いています。....でも だれかのおかあさんがこう言ったそうです。

「メダルがあったって なくったって 浅田真央は浅田真央なんだから」

   そうだ 鐘をならして 真央ちゃん。人類の苦難と哀しみ、おろかさを悼む悲しむラフマニノフの鐘を 平和と希望を祈る鐘をバンクーバーで朗々と響かせてください。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




    ミシャグジ神とは、縄文時代から現代まで受け継がれた自然信仰。土着神 土俗神。シャグジ ミシャグジ ミサグチ サングージン シャクジン オサモジン 御社宮司、御左口神、赤口神、尺神、杓子神、守公神、御作神、御社宮司、守宮神、御射軍神・佐久神、石神、尺神、赤口、裂口、赤地などその音と表記は200種にも及ぶ。石神(しゃくじ)、石神井(しゃくじい)、精進(しょうじ)、十三(じゅうそう)などの地名はシャグジに関連のある地名。

    石神 山神 道祖神 性神 蛇神 農耕神 風水神 塞神 岐神 障神 境神 道返大神 土地神 御柱 産土神 石棒 陰陽石 御杖柱 案山子 鎌いたち 須波神 水内神 竜蛇神 風祭 風祝 風送り 一つ目小僧 などその顕れ。その神は「石神」(シャクジン)として、石に降臨する神であり、古い村には必ず祭られていた。カオスとエネルギーに充ちていると思いませんか?

   
    諏訪には、「七石・七木」という石や樹木に対する自然信仰があるそうだ。「七石」とは、御座石・御沓石・硯石・蛙石・小袋石・児玉石・亀石で、今も聖岩として崇敬されている。「七木」とは、桜タタエ・檀タタエ・峯タタエ・榎タタエ・松ノ木タタエ・栃ノタタエ・柳タタエ・という七ヶ所の「タタエ」と呼ばれる聖地に生える聖木のことだそうだ。ミシャグジ神は、聖なる木にも降臨する神とされる.......

湛え神事については→コチラ

    諏訪の神社はかつてほとんどががミシャグジ神を祀っていた、それが、「ミシャグジなどという実体不明なモノは認めない」という中央からのお達しで、多くの神社が、「建御名方命」をはじめ古事記に繋がる神を“祭り上げた”といわれている。

以上ほぼ転載です。


    ......石神


    写真を見ると 拝殿や奥宮を抱えるようにして立っているご神木が脳裏にひらめく。本来の石神をどこかよこのほうにおいて 他所からきた神の祠をそこに建てた、ご神木はその名残と考えられないだろうか。


    精霊の王 を書いた中沢新一さんによれば シャグジ=宿神→芸能の神 であり ここにわたしが求めてきた 縄文--神--芸能 が連環する。シャグジは蛇神、竜神でもある。キリスト教において蛇はイブを誘惑する魔であり 竜も悪であるが エジプトなど古代宗教において蛇は叡智であった。蛇のすがたはDNAの象徴とも、地球の極から立ち昇るエネルギーをあらわすともいわれている。

......というわけでターゲットがひとつひとつ絞られてきました。おもしろいです。けれも 地の神としてのシャグジから諏訪神社の神事 御頭祭 御柱祭となるとイスラエルと日本の関連を考えずにはいられなくなる。マイケル・ジャクソンのことを書こうとするとどうしてもイスラエルの問題にいきつくのとおなじ.....わたしのからだはそちらに行きたくないようでなぜかひいてしまう。なぜなのかわからない。

   別のブログでエリ・コーヘン 前の?駐日大使のこと イスラエルと日本の関連について書いたことがある。コーヘンさんは精力的に日本を回った。なかでも四国の剣山、そして 諏訪、剣山ではほら あのアーク(聖櫃)ね キリスト教徒なら知らぬものがない、あれが剣山にあるのじゃないかと探索なさったとか。諏訪ではコーヘンさんの指摘かどうかわからないが、たとえば御頭祭では75頭の鹿を供えるが、聖書では75棟の羊を備える。ご神体の御射山は別名守屋山、 イサクが息子を捧げようとしたのがモレヤ山.....という類似からイスラエルと日本のつながりを指摘する人が多い。

   わたしが古神道の研究家から聴いた話では、失われた12氏族(13氏族)のうち祭祀をつかさどるもっとも尊敬されるレビ族が大陸を経由して日本にわたったというものだった。籠神社のご神体?はマンナの壷とか......正直、縄文をかんがえるときにイスラエルがでてくるのは個人的になんとなく邪魔なのです。ゆたかな森や水にはぐくまれた自然神 縄文の神と 過酷な荒れ野の荒ぶる神とは一致しなくて.......。

   そして日本を考えるとき 天皇家 アマテラスにつながるという家系に思いをいたさずにはおれなくなる。縄文とはなんだろう......





コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




   みなさま お元気ですか? 一昨日 鹿島神宮に参拝しました。九つの橋をわたり 川に沿い、川を渡り....。......水の神 川の神 滝の神である瀬織津姫が道中を守ってくださるような気がしました。神田 姥神 神宮寺 神棲など神のつく地を通ってゆきました。そこで感じたことをおはなしします。

   鹿島神宮の森は太古の森の片鱗を感じさせてくれました。娘が「コダマがいる!」と叫んだほどです。このあいだ パワースポットについて 茨城は縄文のエネルギーがつよいところである パワースポットとは一に大地の力の強いところと書きました。(ある方は活断層とかかわりがある...といいます。)参道をはずれ森のなかを歩くと”要石”があります。香取神宮とおなじく地震を起す大なまずを抑えているどそうです。

   そこから150Mくらい反対方向に戻ると奥宮があります。この奥宮に向かう途中...尋常でない強いパワーを感じて行ってみると......大木がありました。......ことばもありません....胸がたかなり 涙が溢れるばかり。

山砂が敷き詰められた素晴らしい参道は午後の陽が射し込み光の道となっておりました。参道を戻る途中、左手熱田社(ご祭神:スサノオノミコト・クシイナダヒメ)に強いパワーを感じました。そしてある場所でそこはちいさな空き地のようになっているのですが、強いパワーを感じました。

   本殿には入れないので 拝殿でご参拝しました。拝殿の右、朱の楼門近くご神木があって そこもパワーがありましたが、そのとき本殿を抱くように巨大な木が立っているのに気づきました。樹齢1200年といいます。そばには行けませんでした。

   そうだ....一言主神社も拝殿のすぐ背後に素晴らしい木があった......そこで 大宮氷川神社参拝の折 アラハバキ神のパワーを感じたときから考えていた ミシャクジ神 シャクジ神のことに思い至りました。ミシャクジ神は、タケミナカタノカミがタケミカヅチノカミに負けて(古事記の国ゆずり)諏訪に逃げ諏訪神社のご祭神になる以前に諏訪(縄文の力が強い地)で尊崇されていた縄文の神、ナゾの神です。今でも日本中にシャクジ神の痕跡があったり 祀られたり(ことに諏訪 出雲)しているようですが アラハバキ神とともにもっと調べて書きたいと思います。


   後戸の神という概念があります。もともと敬われていた地の神のところにあとから新しい神がきて社ができる、そのとき前々からいらっしゃった神を後戸の神というのだそうです。

   シャクジ神は石神・石棒とそのまわりを取り囲む木がセットになっている.....と中沢さんの精霊の王....に書いてあったと思います。

   自然神。地の神=縄文の神→モノノベ系の神→アマテラス系の神 

すこし乱暴ですが このように尊崇の対象がかわっても 古代の神の力はそこに残っている.....のでしょうか。わたしはもったいなくも本殿よりは摂社、末社。それより神社の”木”や”山”からパワーを感じることが多いのです。ご神木は後戸の神の謂れとかかわりがあるのでは....などと妄想はかぎりなくひろがります。

   奥宮でひいたおみくじはわたしと娘が大吉、もうひとりの娘が吉でした。そしてもうひとつの発見がありました。 お札やお守り...についてわたしは今までほとんど気休めだと思っていたのです。けれども 夫のためにいただいたお札からわたしはパワーを感じました。ぎょっとして、娘たちがいただいた鹿島立ちのおまもりに手をちかづけてみると やはり強い気が....。値段とは関係ないようです。ほんとうにびっくりしました。車の座席に触れないように不浄にふれないよいうにたいせつに持ちかえりました。 

   
   最後になりましたが 神社にご参拝の折 お時間があるときは 摂社・末社にもご参拝いただけたら.....と思います。もともと祀られていた神さま 力ある神さまがちいさなお社に祀られていらっしゃいます。高房社 ほか パワーのあるちいさなお社が鹿島神宮にもありました。次回 ふたたび鹿島神宮に詣で 御手洗池にいきたい それから東国三社のうち残った息棲神社のご参拝をさせていただきたいと思います。


付記 

①東国三社のうち鹿島神宮のご祭神はタケミカズチノカミ 香取神宮のご祭神はフツヌシノカミ オオクニヌシノカミに国ゆずりを(力で)迫った アマテラス系の神さまです。しかし その前はモノノベ系の神さまが祀られていたのではという説があります。

②鹿島神宮と富士山を結ぶ線上に皇居があります。皇居もパワースポットだそうですがわたしは行ったことがありません。

③鹿島神宮 高房社に祀られているのはタケハヅチノカミ 立て札に「本社参拝の前に詣でるのが古例」と書かれています。なぜでしょうね? 

オオクニヌシはじめ出雲(縄文の力つよい地)の神さまがアマテラスに屈したあとも果敢に戦いをつづけた星の神、甕星香香背男(ミカボシカガセオ)を策を用いて破った神です。大甕神社に祀られています。大甕神社はミカボシカガセオが変じたという石の上に建てられています。

鹿島神宮の御祭神・タケミカヅチノカミと香取神宮の御祭神、フツヌシノカミがふたりあわせてもミカボシカガセオに勝てなかったのです。どんな勇敢な神だったのでしょう。美々しい男神を連想するのはわたしだけ.....

こうしてみると 一昨年の青森の旅、出雲の旅 おなじように引き寄せられるようにつづけている茨城の旅.....は縄文をさぐる旅であったようです。このあとはどこか 見えてきますね。そうです 諏訪 長野 つつじの娘の地 この夏行きたいなぁ。




コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




    みなさん こんばんは♪ 朝青龍関の引退が大きなニュースになっていますが、わたしは語り部ですので相撲について語り部の立場からお話します。

    相撲は芸能です。折口信夫はすべての芸能は神事であると言っていましたが、語り 歌 舞踏 能 芝居 すべての芸能の元は神事であり 鎮魂であったのです。ゆえにわたしも語りをするまえに祈りますし 古い舞台人は舞台にあがる前に一礼をします。相撲は芸能のうちでも神事としての性格を色濃く残しています。役者の普段着はジーンズだったりしますが、相撲取りは常に髷を結い着物です。

    相撲が神事である証拠はもっとたくさんあります。①四股を踏む(地面から悪霊が出ないように封じる、舞踏は踏むことで悪霊を鎮め舞うことで良い霊をまねきます。能や歌舞伎の原点田遊びも同様です。) ②塩を撒いて浄める。③横綱は注連縄をしめる。しめ...とは不浄なものを禁じることであり神社にあるのと同じです。④弓取り式は横綱のかわりのお相撲さんが相撲が終わったあとでつとめますが これも神事、地鎮なのです。つまり 相撲とはスポーツではもともとなかったのです。

    横綱は神さまのように絶対の存在であり強さと人格を兼ね備えたひとでなくてはなりませんでした。強いばかりではだめなのです、無礼なことばを吐いたり 一般人を殴るなんてありえないことでした。今回の事件で問題なのはスポーツの出稼ぎに近い感覚できている外国人力士に 協会も親方も相撲の歴史、神事としての相撲 横綱のあり方について正しい懇切丁寧な指導をしなかったことにあります。横綱までつとめた某外人力士が後輩を育てることを放棄してお金になるプロレスに走ったのも記憶にあるところです。朝青龍関については相撲人気を復活させたので今まで穏便に済ませすぎた、甘やかしてしまったのではないか.....お互いに不幸なことでした。

    相撲が神事でなくスポーツ・格闘技であるなら裸である必要も綱を締める必要もありません。それならそれでいいと思いますが 本質は消えてしまうでしょう。朝青龍さんは魅力的な人物ですがわたしは根本的に間違っている気がしてなりません。




コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )






   お札をいただきに大宮氷川神社に行きました。何年ぶりでしょうか? むかし境内はもっともっと広かった気がしました。神橋と門は朱塗りですが本殿は落ち着いたつくりでした。本殿でお祓いを受けている方々が首を垂れていました。参拝させていただきましたがほとんどなにも感じませんでした。

   神社には摂社、末社というちいさなお社があります。もともとその場所で祀られていた神さまがヤマト....伊勢系の神さまに場所をとられ客人神として摂社、末社に祀られていることも多いのだと聞いてから わたしは時間のあるかぎりちいさなお社にご参拝させていただくようにしています。


   境内の外 すぐ右側のお社から強いパワーを感じましたが ご祭神の御名がわかりません。神橋の外に出て本殿向かって右の摂社からも強いパワーを感じました。

   家に帰って調べてみると、最初の社はアラハバキ神が祀られているようです。そしてあとのは天津神社....スクナヒコノミコトを祀った社のようでした。氷川神社のご祭神はスサノオノミコトです。アラハバキ神とは縄文神のひとつらしい。スクナヒコはオオクニヌシと対になる神でいっしょに国づくりをした神さまです。倍音の川瀬(天音)先生が大宮はとても地のパワーが強いとおっしゃっていたのを思い出します。青森の事務長さんからもそんなことを聞きました。

   氷川神社も調べるほどにおもしろいものが出てきそうです。しかし今日は黒い烏の大群が神社のうえを飛び交い鳴声をあげ異様な雰囲気ではありました。


   大宮氷川神社は→コチラ

   アラハバキ神とは→コチラ

   スクナビコナとは→コチラ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




    神道について思うとき いつもぶつかる壁がありました。古神道は物部までといわれますが、太古 日本に根付いていたもともとの神道...原始神道とはどんなものだったのか.....ということです。ヤマト朝廷のまえに日本には大きな勢力がありました。物部の始祖 ニギハヤヒ(アマテル クニテルヒコ アメノホアカリ クシタマニギハヤヒノミコト)も天(アマ.....海 アマ)から10種の神宝 (トクサノカンダカラ)とともに降臨されました。つまり元から日本におられた方=神ではありません。 この方はナガズネヒコとともにヤマト以前に統治していたようです。

    日本書紀や古事記によれば その後 ナガスネヒコを殺し ヤマトに恭順します。(皇室の祭祀にはヤマトに献上した十種の神宝が深くからんでいるようです)欠史八代とはニギハヤヒ系の女性を天皇の妻に迎えていた時代らしく この間にニギハヤヒ王朝とヤマトはまじりあっているようです。ニギハヤヒからヤマトへの流れはなんとなくわかったが、ニギハヤヒ以前はどうだったか? スサノオは実在の人物か? ある程度統一が終わっていたのか.....ニギハヤヒ 物部以前 縄文の神道はどうだったのでしょう?


    その問いに整理がつきました。あるサイトに書いてあったパワースポットのパワーの源はなにか? を転載します。

  1 大地の力
  2 太陽や月、天体の影響力
  3 パワースポットに集まる人間の気
  4 神(祀られているご祭神)の気

    この考えを見てパズルがとけたような気がしました。太古の神社は大三輪山をはじめとして山そのものがご神体です。山や川 自然のエネルギーそのものが神でした。 それに2の太陽や月の力、宇宙の力が強く作用する場所がかかわってきます。3はともかくとして 4 神社にはかつて人間だったひとが神として祀られていること、それもうらみを飲んで死んだひとがご祭神として祀られていることが多いのだそうです。この4つのバランスがパワースポットの性格をつくるとサイトの運営者は書いています。

    それはとても納得のいくものでした。パワースポットをめぐってみると、パワーの質が場所によって甚だしく違うのに驚かされます。たとえば出雲大社 拝殿(そのときは改修でご神体は拝殿にありました)からくるぎょっとするほど強いパワー、そして周辺の山々から感じるパワーはくらくらするほどでした。たとえば大甕神社.....大地のつよいエネルギーとともに重い怨念のようなものを感じました。.......パワースポットはただ行けばいいというようなものじゃないと思います。なぜかというなら その力はひとの潜在的なものに働きかけるからです。


    原始神道とは自然の偉大な力への畏怖、そしてアニミズムにあるのですが それは日本人のこころのルーツとして いまもなお わたしたちのうちにあります。語るときはだしになることが多いのですが それは大地の力とつながりやすくなるためであり 語る前に祈るのは天とつながりやすくするため......。海や川......ことに茨城に二年前から通いはじめたのは自然の力そして縄文のパワーに惹かれたため。太陽や月に祈るのも自分のなかに眠る力を祈りによって覚醒させるため....。

    無意識にしてきたことが語り部としても縄文人の末裔としても道理にかなっていたのだと気がつきました。縄文の力の強いところは出雲 諏訪 そして茨城なのだそうですが それはたいへん納得のいくものでした、出雲と諏訪は空や空気からして違います。もうすこし前に進めそうです。ちかくサイトの運営者のセミナーに参加してみようと思います。

    










コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




    全豪オープン決勝戦 フェデラがマレーに勝って優勝しました。 フェデラは去年 ナデルに負けて恥ずかしいくらい 泣いた それで優勝したナデルの影が薄くなったぅらいです。

    今年はマレーが泣いた。 「......フェデラのように泣いてしまいましたが テニスはフェデラほどうまくありません。故国のみなさん、応援ありはとう。負けてしまってごめんなさい。いつかかならず全豪で優勝します」 3セット目 セットポイントをめぐる攻防は見ごたえがありましたが フェデラの前にマレーはまだまだ若かったということでしょうか。

    女子は帰ってきたチャンピオン猛禽エナンと静かなる虎セレナの戦い。 語りやフィギュアのように テニスも戦い方にそのひとの魂がほのみえるようです。それまでウィリアム姉妹は苦手だったのですが、昨シーズン セレナの戦うのが楽しくてしかたがないといったようす 相手が強ければ強いほど燃えてくるのを見て 好きになってしまいました。圧倒的な パワーテニスは気持ちがいいです。


    ところが 今年のセレナは違いました。コロセアムのような競技場....会場の雰囲気はあきらかにエナン贔屓で さながらアウェイ...敵地での戦い。セレナは吼えることもなく 淡々と試合をしているかに見えました。2セット エナンの激しい攻撃にやる気なくしたのかと思ったくらいです。それが3セット目 耐えて耐えていたのが 調子にのってくると 畳み掛ける 火のようなサーヴィスとショット セレナはウォーと咆哮をあげた!!


    結局 セレナが強さを見せ付けたのですが フェデルもセレナもタフな肉体 それを支える精神力が勝った.....そして 強い相手と極限まで戦うことで触発され 潜在能力が目覚めてゆく......のが目に見えるようでした。研ぎ澄まされたアスリートは極限で神業的な体技の冴えを見せます。でも それは日ごろの練習で鍛えに鍛え絞った肉体 と打たれ強い精神があればこそなんですね。

    エナンのことば.....「......わたしはこれから試合の一瞬一瞬を愉しみたい」........死力を尽くし 頭と身体の極限まで闘うことは最高の愉しみかもしれない.....たぶん そのとき なにかの力が働くのだろう ほっといても身体が動いてしまうような.....絶妙なショットの応酬があるのだろう........なにごとにも換えがたい 賞金なんか目じゃないような瞬間があるのだろうと思います。それは他の競技のアスリートたちにもあるでしょうし 役者 歌手 ダンサー 語り部 あらゆる芸能にかかわるひとたちがたまさか感じることなのでしょう。宇宙の韻律とひとつになっている一瞬 神の御手内にある一瞬。






    



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )



   次ページ »