なぜアメリカ軍は「日本人」だけ軽視するのか…その「衝撃的な理由」(矢部 宏治)
日本には、国民はもちろん、首相や官僚でさえもよくわかっていない「ウラの掟」が存在し、社会全体の構造を歪めている。そうした「ウラの掟」のほとんどは、アメリカ政府そ...
現代新書 | 講談社
以下抜粋
「日米地位協定の考え方 増補版」1983年12月)のなかに、
○ アメリカは日本国内のどんな場所でも基地にしたいと要求することができる。
○ 日本は合理的な理由なしにその要求を拒否することはできず、現実に提供が困難な場合以外、アメリカの要求に同意しないケースは想定されていない。
○ だから北方領土の交渉をするときも、返還された島に米軍基地を置かないというような約束をしてはならない。
日米合同委員会というのは、その研究の第一人者であるジャーナリストの吉田敏浩氏の表現を借りれば、
「米軍が「戦後日本」において、占領期の特権をそのまま持ち続けるためのリモコン装置」
ということになります。
今も日本を支配する米軍軍人
占領時代、米軍の権力はまさにオールマイティ。日本の国内法など、何も関係なく行動することができました。どこでも基地にして、いつでも軍事演習をして、たとえ日本人を殺したりケガをさせても罪に問われない。
そうした圧倒的な特権を、日本が独立したあとも、「見かけ」だけを改善するかたちで以前と変わらず持ち続けたい──そうしたアメリカの軍部の要望を実現するために、「戦後日本」に残されたリモコン装置が日米合同委員会だというわけです。
この組織のトップに位置する本会議には、日本側6人、アメリカ側7人が出席します。月にだいたい2回、隔週木曜日の午前11時から、日本側代表が議長のときは外務省の施設内で、アメリカ側代表が議長のときは米軍基地内の会議室で開かれています。
おそらく横田基地からなのでしょう。木曜日の午前11時前に、軍用ヘリで六本木にある米軍基地(「六本木ヘリポート」)に降り立ち、そこから会議室がある南麻布の米軍施設(「ニューサンノー米軍センター」山王ホテルです)に続々と到着する米軍関係者の姿を、2016年12月6日に放映された「報道ステーション」が捉えていました。
この日米合同委員会でもっともおかしなことは、本会議と30以上の分科会の、日本側メンバーがすべて各省のエリート官僚であるのに対し、アメリカ側メンバーは、たった一人をのぞいて全員が軍人だということです。
アメリカ側で、たった一人だけ軍人でない人物というのは、アメリカ大使館の公使、つまり外交官なのですが、おもしろいことにその公使が、日米合同委員会という組織について、激しく批判している例が過去に何度もあるのです。
有名なのは、沖縄返還交渉を担当したスナイダーという駐日首席公使ですが、彼は、米軍の軍人たちが日本の官僚と直接協議して指示を与えるという、日米合同委員会のありかたは、
「きわめて異常なものです」と上司の駐日大使に報告しています。
ようするに日本では、アメリカ大使館がまだ存在しない占領中にできあがった、米軍と日本の官僚とのあいだの異常な直接的関係が、いまだに続いているということなのです」(「アメリカ外交文書(Foreign Relations of the United States)」(以下、FRUS)1972年4月6日)
つまり「戦後日本」という国は、
「在日米軍の法的地位は変えず」「軍事面での占領体制がそのまま継続した」
「半分主権国家」
として国際社会に復帰したということです。