リタイア暮らしは風の吹くまま

古希を迎えて働く奥さんからリタイア。人生の新ステージで
目指すは悠々自適で遊びたくさんの極楽とんぼ的シニア暮らし

30年ぶりの高インフレでも40年前のとは比べものにならないよ

2022年01月24日 | 日々の風の吹くまま
1月23日(日曜日)。🌫🌫。濃霧注意報発令中で、ほんとに向いの5番アベニューのマンションまでが霞んで見えなくなるくらいの濃い霧。ラジオでは「外はpea soup(豆スープ)だ」と言っていて、確かに70年くらい前に数日で1万人以上の死者を出したロンドンの濃霧を思わせる濃さだけど、今ではあの頃のような大気汚染がないから、霧の色は汚れた黄緑色じゃなくて、厚い雨雲よりもずっと明るいオフホワイトだし、上空が晴れていればまるで花嫁のベールのように見える。でも、けさのような濃霧にすっぽり包まれてしまうと、何だか白い宇宙をあてどもなく漂っているような感じがして、やる気が削がれてしまう気がするな。


バルコニーからの眺め

我が家はどこだ?

リタイアしたのにそうせかせかするこたぁないだろと自分に言い聞かせて、五里霧中の静かな日曜日をのんびりと過ごすことにしよ。でも、霧に包まれた我が家にいて、のんびりとぐうたらをしていられるのは何とも贅沢な身分だなあと思う。新聞サイトを覗くと、カナダでは消費者物価の上昇が年率にして4.8%に達したというニュース。実に30年ぶりのインフレだそうで、値上がりが特に目立つのはガソリン代(40%)、戸建て住宅(20%以上)、食料品(6%)。特にバンクーバー(東部ではトロント)は昔からマイホームも物価も高かったけど、所得が歩調を合わせて伸びていないため、急なインフレに悲鳴を上げて生活費の安い都市へ移住する人が増えているそうな。テレワークの普及で転職せずにそれができるようになったことも、バンクーバーからの「脱出」を後押ししているらしい。

でも、30年ぶりの高インフレということは、経済活動の中心にいるX世代(40歳~50代前半)や後続のミレニアル世代(25歳~39歳)は、1970年代末から1980年代初めにかけてのハイパーインフレ下での生活を経験していないから、慌てるのも無理はないな。あのハイパーインフレは私たちがちょうど今のミレニアル世代と同じ年代だったときで、住宅の値段は2倍、消費者物価も2桁、賃金も2桁の上昇。政府がインフレを抑えるのに躍起になって金利を上げたので、普通預金の利子も2ケタになり、10年物の貯蓄国債の金利は年19%。あまりの狂乱に経済が息切れして、どっと大不況が押し寄せて失業率も2ケタ。住宅の値段も暴落して、ローンの残高を下回るケースが続出。私たちが初めてのマイホームを買ったのは下り坂の半ばくらいで、買値は前の年に売りに出されたときの売値の60%。払い過ぎだと銀行に叱られながら借りたローンの金利は17.5%。翌年にはさらに値下がりしたけど、頭金を40%払っていたおかげでローンの残高割れにはならず、2人して胸をなでおろしたのを覚えている。

今さら30年ぶりのインフレと言われても、1991年の物価上昇率は4%台で、ベビーブーム世代を翻弄したあのハイパーインフレに比べたら大したことないじゃんという気もするけど、当時のベビーブーム世代も先頭半分はもうリタイアして年金生活に入っているわけで、満額近くをもらっているのでなければ、食料品やガソリンの値上がりは生活に響くだろうと思う。幸いなことに、私たちはマイホームローンがないし、老齢年金(OAS)は今年から75歳以上の受給者は10%増額されるし、揃って満額にかなり近い公的年金(CPP)とカレシの公務員組合の年金は物価調整として2.7%増額されるそうだから、今のところはまだまだ余裕があるという気はする。それでも、もしも40年前のようなハイパーインフレになったらそうは言っていられないだろうな。まあ、今のインフレは今年の後半には落ち着くという予想だけど・・・。


どうしてそんなに結婚したがるんだろうね

2022年01月24日 | 日々の風の吹くまま
1月22日(土曜日)。🌤☀🌤。日の出が8時前になって、同時に日が昇る場所が東へ移動して来て、晴れた日には朝日がブラインドの隙間から寝室の隅に差し込んで来るようになった。うん、春近しだなあ。今年も遮光パネルを使うか、それともワルデマーに頼んでブラインドの内側にカーテンを付けるか、考えなくちゃ。そうそう、ワルデマーと言えば、キッチンとバスルーム2つの大改装で工事が始まったのはちょうど去年の今ごろだったから、あっという間にもう1年か。何か信じられないなあ。

いつものように午前中に洗濯と掃除を済ませて、ランチを食べたら、後はのんびりの週末。まずは角の酒屋でムッシュ・ヘネシーとクラーケン(カレシのお気に入りのラム)、マンションの真向かいの肉屋さんで特大のミックス・オリーブとラムのラック。ウクライナ人の夫婦と息子がやっている店で、モダンできれいだけど、中に入るといかにも家族経営の「商店街の肉屋さん」と言う雰囲気。今日は息子のヴィクターは休みで、いかにも職人風のおじさんといつもにこにこして話好きのおばさんが店番。接客の合間の夫婦の会話はウクライナ語で、ワタシにわかるのは英語のgoodに当たる「ドブリ」くらいだけど、夫婦仲の良さが伝わって来る。

きのうの夜、カレシが上海のセリナとのレッスンで(セリナが選んだ)「人はなぜ結婚するのか」というエッセイのディスカッションをやっているのを聞きながら、隣で小町横丁を散策していたワタシは目の前に並ぶ結婚に関する悩みと重ねて、つい結婚って、夫婦って、ほんとに何なんだろうなと考えた。小町は元々女性のための掲示板だから、当然女性目線の相談がほとんど。共働きの家計の分担に関する相談がけっこう多いし、結婚したい相手の収入や貯金の少なさが不安と言う人もいて、詰まるところはどれも問題の根底にあるのはお金という感じで、この人は「ただ結婚(恋愛)というものをしたいのか」、「何のために結婚した(する、したい)のか」、さらには「結婚っていったい何なんだろう」と考えてしまう。そもそも婚活だ何だと「結婚する」ことを焦る心理が今いち理解できないので、ほんとによけいなお世話なんだけど。

じゃあ何でワタシはカレシと結婚したのかと聞かれると、けっこうロングストーリー。結婚願望ゼロで、25歳になってやれやれプレッシャーから解放されたぁとひとりでカナダに遊びに来たのが始まりで、それまで4年文通していたカレシは4千キロ以上離れたオタワにいて会えないはずだったのが、直前に連邦政府の職を辞めて帰って来たために会ってしまったのが、運命の出会いと言うか運の尽きというか、それがもう49年前。結婚してすぐにカレシは仕事を辞めて大学院に行き、その1年間はワタシが持って来た貯金でカツカツの生活で、月に1度のマクドナルドでのランチが楽しみだった。おふたりさまの暮らしが始まって今年で47年になるけど、後悔したことはないし、夫婦の危機やら何やら人並みの紆余曲折はあっても、お金を巡るけんかだけはしたことがない。ちなみに共働きになってからのカレシとワタシの収入比率は5:5(揃って低収入)で始まって、カレシが公務員に転職して6:4になり、ワタシが自営業になって3:7と逆転、カレシが早期退職して組合年金だけだった期間は2:8、年金をもらい始めて(ワタシも仕事を減らして)4:6、ワタシがリタイアして元の5:5と、結婚したときには予想もしなかった展開。まあ、その間2人が稼いだお金は(税法上自由にならないもの以外は)全部「私たちのお金」として共同名義の口座で(カレシの意向で)ワタシが管理して来たのが良かったんだと思う。うん、結婚するというのは、ゴールが定まらないマラソンに二人三脚で走り出すようなものなのかもしれないね。


夕暮れの最後の光芒(どの窓の向こうにも住む人それぞれの生活がある・・・)