読書日記 嘉壽家堂 アネックス

読んだ本の感想を中心に、ひごろ思っていることをあれこれと綴っています。

坂の途中の家 角田光代 週刊朝日連載終了 1/4.11新春合併号

2013-01-02 16:50:37 | 読んだ
週刊朝日で連載していた「坂の途中の家」が終了した。

物語は、裁判員裁判に補充裁判員として参加した、山咲里沙子がその裁判を通じて自分について考える、というものである。

裁判の被告は『安藤水穂』。生後8カ月の長女を浴槽に落として死なせた罪に問われている。
何故、死なせたのか、というところが裁判の焦点である。

水穂の言い分について、そして彼女の周囲の人たちの証言を聞いて、里沙子は考える。
更に、里沙子も2歳の娘・文香の子育てで多く悩んでいる。

里沙子は、水穂に同情する部分が多くある。
しかし、彼女の意見は少数意見である。

里沙子は、育児に疲れ、疲れている自分の味方が一人もいないことを心の中で嘆く。
ただ嘆くだけで、内省的になっていくのである。
そして、裁判で見る水穂に自分を見るのである。

近頃の母は一人で子供を育てようとする。
そして子供はマニュアルに書いてある通りに育つものと思っている。
子供は『かわいい』だけのものと思っている。
それが「違う」ということを認めようとしない。

そういう世の中になったんだなあと、この物語を読むと思う。
人と人とのつきあい或いは関わりが希薄になっている。

それは、自由とか個人の尊重とかという考え方の『負』の部分であるような気がする。
もっと、広い意味でいえば『民主主義』の『負』の部分、封建主義を急いで修正しようとした動きへの『反動』ではないか。

封建主義や家族主義をすべて否定しようとしたところ、子育てを教科書やマニュアルで行おうとしたところに、「不幸」が生じる。

でも、世の中の多くの人はそのあたりを「うまく」やっている。真面目な人たちが「うまく」できないのではないか。

そんなことをこの小説を読みながら思った。
そして里沙子を助ける人が現れるのだろうと思った。
でも、そういう人は現れそうで現れなかった。
それが「現実」なんだとは思うのだけれど・・・

時代の移り変わりは激しく急である。
それについていくにはある意味『鈍感』であることが必要だ。

追伸
この物語が終わったら、週刊朝日の定期購読をやめようと思っていた。
いわゆる「橋下事件」において、週刊朝日は自己否定をした。それなのに発刊は継続するという。
そういう対応、あるいは覚悟のなさが、あの事件を起こした。
だから、お気に入りの部分はあるものの、この小説を読み終えたら見限ることにしていたのである。

しかし、である。
今号から新連載が3本始まった。

「TOKAGE3 連写」今野敏
「内通」堂場瞬一
「私に似た人」貫井徳郎

グラッときた。ので継続することにした。
決して巻頭の「いい雑誌、いい本をつくるために再出発します」という社長の文に納得したわけではない。

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