尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

ムハンマド皇太子の関与は?-カショギ事件続報②

2018年10月28日 21時13分29秒 |  〃  (国際問題)
 カショギ事件続報を書いたときにサウジアラビアのムハンマド皇太子の関わりに関して書けなかったので、もう一回。ムハンマド・ビン・サルマーン・アール=サウード(1985~)は皇太子であると同時に、第一副首相国防大臣でもある。第一副首相というと首相がいるようだけど、「内閣」は存在しない絶対王政なので、各行政ポストを統括する存在は国王しかいない。
 (「未来投資会議」に出席したムハンマド皇太子)
 名目上は「ナンバー2」で、アメリカならペンス副大統領、日本なら麻生副総理にあたるが、事実上は「サウジアラビアの最高責任者」とみなされている。サウジアラビアは1932年の建国以来、初代国王アブドルアジーズ・イブン・サウド(1876~1953)とその子供たちが王位を継いできた。現在のサルマン国王(1935~)は7代目。イブン・サウドの25人目の男子で、異母兄のアブドラ国王の死去で即位した。これまでは皇太子は高齢の弟が務め、特に大きな権力はなかった。

 イブン・サウドの子どもにはもう国王候補がなくなり、初めて建国の父の孫世代のムハンマドが皇太子に抜てきされた。国王は高齢で病気もあるらしい。実子の皇太子が権力を代行するようになるのも自然のなりゆきだ。しかし若い皇太子は急進的な改革を進めていて、支配層内部でかなり強い反発があると思われる。2017年11月には11人の王子を含む多数の有力者が汚職の名目で拘束された事件も起きた。特に重大なのは、皇太子が国防相をずっと兼任していることだ。もともと選挙も言論の自由もないけれど、軍を掌握する皇太子に反対するのは王族でも難しいだろう。

 トルコのエルドアン大統領の国会演説は、ムハンマド皇太子の関与の有無には触れなかった。しかし、まあそれは当然だろう。触れると考える方がおかしい。第一に関与の有無をはっきり証明する証拠はトルコ側にはないだろう。「実行犯」が全員国外にいる以上、捜査には限界がある。しかし、トルコ側の心証としては「皇太子の命令で行われた」というものではないか。超大国なら国家機関の一部が暴走する可能性はあるだろう。でも国家規模が小さくて独裁的な支配を行う国では、最高権力者の意向なくして外国での大々的な作戦が実行できるとは思えない。

 積極的な命令でなくても、少なくとも「強制連行」の「了解」や「黙認」なくして、こんな事件は起きない。それが常識的な見方だろう。かつて北朝鮮が実行したテロ事件でも同じである。70年代後半から80年代にかけて、ラングーン事件(韓国の全斗煥大統領を当時のビルマの首都ラングーンで爆殺しようとした事件)や大韓航空機爆破事件、日本人を含む多くの拉致事件などが起こった。その時期は金正日(キム・ジョンイル)が金日成の後継者としての地位を確立しつつあった時期だった。特務機関を握るキム・ジョンイルの承認なくして、それらの事件は起こらなかったと思う。

 その時期のキム・ジョンイルと今のムハンマド皇太子には、権力確立期であり、軍や諜報機関を握っているという共通点がある。アメリカでは軍とCIA(中央情報局)が反目することがあるが、絶対王政のサウジアラビアでは軍も諜報機関も王家に絶対服従だろう。しかし、トルコがムハンマド皇太子の関与を公に非難することは考えられない。トルコ領内で起きた(と考えられる)「死体遺棄事件」に外国高官が関わっていたとしても、トルコが裁くことは不可能だ。だからこそ、これほどの「疑惑」は大きくかきたてて交渉カードとしての価値を高めるために使うはずだ。

 中東情勢は複雑で、もともとトルコはソ連に対抗する最前線国家でNATO(北大西洋条約機構)にも加盟している。アメリカの同盟国で、シリア内戦でも反アサド政権派をともに支援してきた。だからアサド政権を支援するロシアと対立していたが、アメリカが反ISを優先してシリア内のクルド民族組織に軍事援助することを非難して、ロシアと近づいてきた。27日にはイスタンブールでトルコ、ロシア、フランス、ドイツのシリア和平をさぐる首脳会談も開かれた。シリア和平問題では、トルコの影響力が強まりサウジアラビアの影が薄い。

 一方、深刻なのはイエメン内戦。複雑すぎて簡単に書くこともできないけど、シーア派に近いとされる「フーシ派」をイランが支援している。ハーディ暫定大統領は南部に勢力を保ち、スンナ派のサウジアラビアやアラブ首長国連邦から支援されている。他にも「アラビア半島のアル・カイダ」の組織も力を持ち、群雄割拠状態。食糧不足状態が続き、飢餓が広がる人道危機が起こっているが、ここにはジャーナリストも行かないし行けない。

 サウジアラビアが中心のアラブ連合軍をムハンマド皇太子が組織し、内戦に介入してきた。フーシ派はイラン製とも言われるミサイルをサウジの首都リヤドに向けて発射したりしている。アラブ連合軍もバスを誤爆し子どもの犠牲が生じる事件も起きた。イエメン内戦の「泥沼化」こそ、サウジアラビアの危機であり、カショギ記者も内戦介入を批判してきたという。サウジアラビアの原油埋蔵量はぼう大で、オイルマネーも豊富。短期的にはムハンマド皇太子の地位がすぐに揺らぐとは考えがたいが、イエメン内戦の行方によってはサウジ王族内で反皇太子派が出てくることは考えられる。
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