尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

傑作ミステリー「その女アレックス」

2015年02月01日 21時33分55秒 | 〃 (ミステリー)
 ピエール・ルメートルその女アレックス」(文春文庫)は、フランスのミステリー小説の傑作だった。イギリス推理作家協会賞受賞作という触れこみで2014年9月に刊行され、年末のミステリーベストテンなどで軒並み1位となった。「史上初の6冠」などと宣伝されて、ベストセラーになっている。これはまあ文庫本だし、とりあえず1月中に読んでおきたいと思って月末に読み始めた。
 
 このミステリーは詳しく書くことができない。あらゆるミステリーが筋を書いてはいけないと思うけど、特にこの作品はそうだろう。なんて書きだすと、どんでん返しに次ぐどんでん返しなのか、フランスのジェフリー・ディーヴァーかなどと読む前に予断を与えかねない。まあ、途中で様相を変えていく物語には違いないけど、「意外な犯人」とか「叙述ミステリー(書き方の工夫で読者をだます目的の作品)などではない。ある意味ではまっとうな警察捜査小説である。

 ミステリーは圧倒的に英米のジャンルで、フランスと言われても昔のルパンは別格として、後はセバスチャン・ジャプリゾぐらいしか思い浮かばない。この著者ピエール・ルメートル(1951~)はミステリーも書くけど、元はシナリオ作家で、2013年には一般小説でなんとゴンクール賞を取っているという。翻訳は「死のドレスを花婿に」という本があるというけど、全然知らなかった。「その女アレックス」は2006年のデビュー作に続く、カミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズの2作目で、その後長編と中編が書かれている由。450頁ほどの作品で、読む前は読みにくいのかなと思っていたが、非常に読みやすい。「アレックス」側と捜査陣の話が交互に描かれていて、緊迫感を持ちながらどんどん読み進む。誘拐の話から始まるから、猟奇犯罪ものかと敬遠したくなる人もいるだろうけど、だんだん判ってくるけど、この小説のキモはそんなところにはない。

 ちなみに、「アレックス」というから男かと思うと実は女。警部のカミーユは女の名かと思うと、こっちは男。しかも、身長145センチとミステリー史上最も背が低い(?)警官ではないか。警部の母は有名な画家で、しかも極度のニコチン中毒だった。そのニコチンのせいで、子どもの背が伸びなかったということになっている。妊娠中の妻を犯罪で失う辛い過去があったが、その話が第一作らしい。その意味では順番に紹介して欲しかった気もするが、まあこの小説はそれ自体で成立している。警部の周囲には、これまた奇人というべきスタッフがそろっているが、ここでは触れない。

 捜査陣を翻弄する「アレックス」と読者には最初から判っている名前の女性。この女性の「秘密」とは何なのか。「秘密」なくして、この展開はありえないから、何かあるんだろうと思って読み進むが、最後の最後まで予測できる人はいないだろう。そのぐらい、今までに経験したことのない展開で、その「真実」には戦慄せざるを得ない。第1部から第2部に代わると、図柄がガラッと反転する。ここはミステリー通なら予測できなくはない。しかし、アレックスは第3部を残して死んでしまう。

 第3部は一体何のためにあるのか。いくつかの謎を残しながら、「そういうことだったのか」「それが狙いだったのか」というラスト。これでいいのかと悩みながら、真実と正義の狭間を読者も考え込まざるを得ない。猟奇的犯罪小説からシリアルキラー(連続殺人)ものへ、そして「ある悲しい家族の復讐譚」へと次々と変奏していく様は驚くしかない。読むとうなされる類の小説だから、ミステリー嫌いの人が無理に読む必要はないと思うし、「血が出てくるだけで画面を見れない」タイプの人は避けた方がいいけど、読み応えのある「オモシロ本」にして、魂に触れる「痛切」なミステリー。
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