尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

劇団印象『カレル・チャペック』を見る

2022年10月07日 22時50分29秒 | 演劇
 劇団印象カレル・チャペック~水の足音~』という劇を東京芸術劇場(シアター・ウエスト)で見た。今日が初演で、10日まで全7公演。戦前のチェコで活躍したカレル・チャペックは僕の大好きな作家で、数年前に何回か記事を書いた。僕はこの劇団を知らなくて、新聞で紹介されていたので是非見たいと思ったわけである。しかし、劇団名も「いんしょう」と常識的に読んでしまった。アナウンスで「いんぞう」と言うから、チラシを見たら英語で「-indian elephant-」と書いてあった。
 
 鈴木アツト作・演出で、この人が劇団の中心。外国人の評伝劇は3回目だと出ている。前はオーウェルケストナーと言うんだから、そっちも僕は是非見たかった。1921年から1938年のカレルの死まで、全7場で構成されている。最後を除き、チャペック兄弟の家が舞台で、そこにカレルと兄のヨゼフ、兄の妻ヤルミラ、後にカレルの妻となるオルガ、そして共和国大統領のトマーシュ・マサリク、その息子のヤン・マサリク、チャペック兄弟の友人ランゲル、そして兄夫婦の娘アレナという実在人物が主要登場人物である。そこにもう一人、ドイツ語教師のギルベアタ・ゼリガーという女性が登場する。
(左=カレル、右=ヨゼフのチャペック兄弟)
 複雑なようで、ある程度人名を知っていれば混乱はしない。ヨゼフは画家として活躍した人物だが、当初は戯曲も共作していた。チェコスロヴァキア共和国の初代大統領トマーシュ・マサリクは哲人大統領と呼ばれ、チャペックの家で開かれた「金曜会」という会合にも出席していた。劇のようにカレルを家に訪ねても全然おかしくない。チェコスロヴァキアは第一次大戦でオーストリア=ハンガリー帝国(ハプスブルク帝国)が敗北して、独立を達成した若い国だった。小さな民主主義国家としていかに独立を維持していくか。マサリクにとってだけでなく、それがカレル・チャペックの生涯のテーマだった。

 ゼリガーというドイツ人は架空の存在だろう。ドイツ人が多いズテーテン地方の教師で、独立後にドイツ人が少数民族になりチェコ語が優先されるようになった。それはおかしいのではないかとカレルに詰め寄るのである。そして次第にナチスに惹かれるようになっていく。この問題を作者が取り上げたのは何故だろうか。当然「ウクライナ戦争」だろう。ソ連解体により、ウクライナやモルドバなどに住むロシア人は少数民族になってしまった。ロシアは自国外のロシア人勢力を支援して「分離国家」を作り上げ「併合」していった。この経過はズテーテン地方の割譲をチェコに迫ったヒトラーのやり口を想起させる。
(カレルと妻のオルガ)
 この劇では家庭内の様々なドラマを軽快に描き出していく。女性の生き方、ユダヤ人ランゲルの人生など、いくつかのサブテーマも描く。またカレルとヤン・マサリクとのオルガをめぐる恋愛の行方も興味深い。(ヤンとオルガの関係が事実かどうか僕は知らない。)また娘のアレナが川で山椒魚を取ってきたり、マサリク大統領が「船長ヴァン・ドフ」に扮して出て来るなど『山椒魚戦争』にまつわるエピソードも印象的。しかし、やはり「危機の時代に民主主義を守っていくこと」に関する勇気と決断のドラマが感動的に描かれたドラマである。
(トマーシュ・マサリク)
 まさに今に向けて書かれた劇だと僕は感じた。ラスト近くでズテーテン地方の割譲を英米が認めた「ミュンヘン協定」(1938年9月29日)が出て来る。ヤン・マサリクはカレルを訪問し、やむを得ざる苦渋の決断として、新聞に支持する文章を書いてくれるように依頼する。ヤン・マサリクは戦後外務大臣になるが、共産党政権樹立直前に謎の死(恐らく殺害)をとげる。その未来を知る者には苦渋の苦さも格別だ。また、ちょっと違う問題だけど、チャペック兄弟と言えば家で犬や猫を何匹も飼っていたことで有名だ。また園芸家としても著名。庭いじりは難しいだろうが、ぬいぐるみでいいから「ダーシェンカ」が欲しかった。

 まあ、とにかく全体としては非常に満足したお芝居。役者はカレルを二條正士以下、皆頑張っていたが名前は省略。ヤルミラ役の岡崎さつきが良かったと思う。チャペックに関しては、2017年末から18年にかけて「チャペック兄弟、犬と猫の本」、「チャペックの旅行記」、「新聞・映画・芝居をつくる」、「政治とコラム」、「「山椒魚戦争」と「ロボット」」と5回書いた。最高傑作は間違いなく『山椒魚戦争』だが、『園芸家12ヶ月』『ダーシェンカ』も忘れられない。
*コメントにより、記事に間違いがあったことが判り一部書き直しました。(2022.10.18)
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3 コメント

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ありがとうございました。 (柳内佑介)
2022-10-18 14:23:33
はじめまして。ヤン・マサリクを演じました柳内佑介です。

突然コメントさせていただき申し訳ございません。

このたびはご来場いただきありがとうございました。
また、詳細な感想もありがたく拝読いたしました。

ご満足いただけたとのことで、出演者として本当に嬉しく思っております。

1点訂正になってしまうのですが、ミュンヘン協定後にカレルを訪ねて、民衆新聞にコラムを書くよう依頼したのは、私が演じたヤン・マサリクでした。
※前の場の最後でトマーシュが亡くなったことがギルベアタとアンサンブルの台詞で示されておりました。

そのため、時間の経過としては誤りがなく物語が進行しておりましたので、訂正させていただければと思います。

不躾なコメントになってしまい申し訳ございません。

あらためまして、ご観劇ありがとうございました。
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失礼しました (ogata)
2022-10-18 19:47:09
それは見逃したのか、うっかりしてました。早速訂正します。今後もご活躍下さい。
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Unknown (柳内佑介)
2022-10-18 21:15:13
尾形様

ご返信とブログ記事のご修正、ありがとうございます。
千秋楽から1週間が経過しましたが、ブログを拝見して本番の時のことがまた思い出されて懐かしい気持ちになりました。

今後も精進して参りますので、劇団印象やキャストの面々をよろしくお願いいたします!
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