尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「新聞・映画・芝居をつくる」-チャペックを読む③

2018年01月19日 21時18分33秒 | 〃 (外国文学)
 カレル・チャペックに「新聞・映画・芝居をつくる」という著書がある。知ってる人は少ないと思うが、ものすごく面白い本だ。チャペックには一体どのぐらい本があるのか。飯島周「カレル・チャペック」(平凡社新書、2015)という新書もあるが、それによると日本はチェコを除いて一番チャペックを読んでいる国だという。大きな本屋や図書館に行けば、こんな本もあるのかと思うぐらいチャペックの翻訳が並んでいる。そんなに多いと思わず読み始めたのだが、これじゃいつまで続くか判らない。この本は地元の図書館にあったので、タイトルにひかれてさっそく読んでみた。

 この本の内容はもう題名そのままである。チャペックはずいぶん様々な顔を持っていたが、ベースにジャーナリストとしての活動があった。大学では優秀だったが、研究者としては採用されず、新聞社に職を求めた。そのかたわら作家・劇作家としても活動した。先に見た旅行記も、自分が関わる新聞に連載したものが多い。新聞や映画・演劇の「作り方」にしぼったユーモラスな本を書いたのも、ジャーナリスト的な活動と言える。20年代、30年代の話だから、もうずいぶん古い。新聞や映画の作り方は今とはずいぶん違っている。でも関わっている人間の姿は案外変わってないのではないか。

 「新聞をつくる」では、編集部門は自分たちが新聞を作っていると思ってるけど、営業部門は自分たちこそ新聞を支えていると思い、印刷部門は自分たちがいなけりゃ新聞にならないのに、記事はいつも遅れると思ってるなどと書かれている。今も大体似たようなもんじゃないか。編集部の話でも、国内政治部は多くの議員、大臣と「おれ、おまえ」でつき合い、「熱に浮かされたように、内密で個人的な情報を求める。それらはもちろん、新聞に載せることは不可能なのだが、それなしには寝入ることもできないというように、あちこちを嗅ぎまわっている」なんて、昔のチェコも日本の政治部と同じだったか。文化部や運動部、司法担当や地方版記者など様々な部門の気風の違いなども日本と似ている。

 「映画をつくる」では、原作がどんどん改変され、シリアスな原作がズタズタにされてセンチメンタルな物語になっていく様が面白おかしく語られる。そうやって脚本が出来たら、次にセットをつくる。今はカメラが進歩して手持ちのデジタルカメラで簡単にロケ出来るけど、その頃はロケが難しい。天気が重要なのに、準備が終わった途端に限って曇ってくるとか、どこでも同じ。そして映画の撮影は「バラバラのピース」である。いくつものカットで構成される映画では、短い演技を撮影していく。何を撮ったか判らなくなるから、スクリプター(記録)がちゃんと管理している。今では割と常識化しているようなそんなことも、当時は知られていなかっただろう。昔の映画撮影技術が描かれていて貴重だ。

 「芝居をつくる」は全体の半分ぐらいを占め、チェコの代表的な劇作家だったチャペックならではの記述が楽しい。劇作家は演出家や俳優や舞台監督などに比べて、けいこが本格化すれば不要な人間になってしまうと嘆いている。劇場で「余計もの」になってしまう劇作家の立場が判る。今では自分で書いて自分で演出する(時には自分で主演も)する作家主体の劇団が多くなった。でも商業演劇の多くでは今も同じかもしれない。本ができたら次は配役だが、これにも難問が待ち受ける。なんとか配役が決まると、本読み、稽古、総稽古と進むが、必ず何か障害が起きる。誰かがいなくなり、大道具は直さないといけない、とかとか。これじゃ初演を延期するしかないというところに追い詰められる。

 しかし時間は過ぎてゆき、容赦なく初演を迎える。案の定、俳優はセリフを飛ばしてしまうが、何とか周りの俳優がアドリブで対応し、元の台本を知らない観客はそれも演出だと思って、終わった後には拍手して大成功をたたえる。最後に、演劇に不可欠の裏役、プロンプターや照明、幕引き、衣装などを簡単に紹介して終わる。この本は多くの人が知らない新聞、映画、芝居に関する「内幕本」として書かれたエッセイである。ユーモアたっぷりに語られ、時代は経ったけれども、新聞、映画、芝居に関わる人々を活写していく。こんな本を書いた人、書ける人は他にいないように思う。実際に新聞、映画、演劇に自ら関わった貴重な経験を語りつくした、とても面白い本だった。
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