尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

『エドワード・ヤンの恋愛時代』と『ヤンヤン 夏の想い出』

2023年08月27日 20時05分17秒 |  〃  (旧作外国映画)
 台湾映画の巨匠、エドワード・ヤン(楊徳昌、1947~2007)はもうずいぶん前に亡くなったが、むしろ近年の方が評価が高いかもしれない。現在『エドワード・ヤンの恋愛時代』(1994)の4Kレストア版がリバイバル公開されているので、早速見てきた。前に最高傑作『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』(2017.4.11)について書いたが、僕は『恋愛時代』も公開当時に凄い映画だと思った。また最後の作品『ヤンヤン 夏の想い出』(2000)を最近見直して、改めて素晴らしい映画だと思った。

 いま思うと、1990年代は中華圏映画の全盛期だった。中国のチェン・カイコー(陳凱歌)、ティエン・チュアンチュアン(田壮壮)、チャン・イーモウ(張芸謀)、香港のウォン・カーウァイ(王家衛)、そして台湾のホウ・シャオシェン(侯孝賢)、ツァイ・ミンリャン(蔡明亮)らの傑作群が各映画祭で続々と受賞したのである。これらの人々の中で、エドワード・ヤンの映画はちょっと違っている。若いツァイ・ミンリャンは別にして、大方の「巨匠」たちは過去の歴史的な痛み(日中戦争、国共内戦、文化大革命など)を描くことが多かった。それに対して、エドワード・ヤン(あるいはウォン・カーウァイを含めても)は、すでに発展して世界最先端になった人々の心の孤独を見つめていたのである。

 『恋愛時代』は冒頭で孔子を引用した後で、「台北はわずか20年ばかりのうちに、世界で最も裕福な街の一つになった」と字幕が出る。1980年代には韓国、香港、シンガポールと並び、台湾が「アジアの4小龍」と呼ばれて、急速な工業化が注目されていた。まだ中国本土は経済的には遅れていて、90年代になって中台相互の経済投資や交流が解禁され始めた頃である。この映画の登場人物は恋人と関係が悪くなると、一時大陸に行く。恋愛も「一国二制度」で、それぞれ自立したいなどと話している。今じゃ「一国二制度」には欺瞞的なイメージが付いてしまったが、香港返還前にはそういう言い方もあったのか。登場人物たちは「中国人ならわかるだろう」と言っていて、今昔の感がある。

 それを思うと、原題が「獨立時代」というのも、複雑な感慨を催す。『恋愛時代』には多くの登場人物が出て来て、それぞれの思惑がぶつかり合う恋愛コメディとして作られている。主要登場人物のモーリーは財閥令嬢でカルチャー会社の社長をしている。そこで働くチチは、誰にでも愛想良く接して「会社の良心」と呼ばれている。しかし、モーリーはそれはウソの顔だと決めつける、チチの恋人ミンは公務員で、3人は高校の同級生。誰が誰やら最初はよく判らないぐらいだが、親たちも巻き込んで仕事も恋愛もうまく行かない若者たちの右往左往が描かれる。経済が発展すれば幸福になれるはずが、いざ発展してみると毎日自分を忘れて追いまくられる日々だった。そんな思いをベースにして軽快に進行する。都会の孤独を描いたアジア映画の先駆作。
(エドワード・ヤン)
 『ヤンヤン 夏の想い出』は、2000年カンヌ映画祭で監督賞を受賞した。この時は中華圏から3本が出品され、『花様年華』(ワン・カーウァイ)が男優賞、『鬼が来た!』(チアン・ウェン)がグランプリだった。その中で、やはりエドワード・ヤン作品のみが現代を扱っている。それも台北の結婚式やゴミ出しなど、細かな日常をていねいに描いている。ヤンヤンは小学生で、コンピュータ会社経営の父、別の会社で働く母、女子校に通う姉、そして母方の祖母と暮らしている。母の兄の結婚式で問題発生、その後に祖母が倒れて入院する。その年の夏休みの家族を描いていく。
(『ヤンヤン 夏の想い出』)
 小学生ヤンヤンは何にでも興味を持つ年頃、カメラに関心があって父が買ってあげる。いろんな人を写しているが、それが皆人間の後頭部ばかり。自分では見られないからだという。実際、この映画に出て来る父も、母も、姉も、家で見せている姿とは別の「後ろ姿」があるのだった。そこがとてもよく出来ていて、実に面白い映画だった。173分もある長い映画だが、全然長さを感じない。(今回は2日間のみ特別上映だったので、現時点では上映館なし。)

 なお、日本のゲーム作家役でイッセー尾形が出ている。やはりゲームなら日本だみたいなセリフがあって、台湾からすれば日本経済が先進的だったのである。父親の日本出張シーンもあり、熱海温泉の「つるやホテル」が出て来る。調べてみると、ここは映画公開翌年の2001年に経営が破綻し長く「廃墟」になっていたが、最近香港資本が買収して「熱海パールスターホテル」になったという。日本経済の沈滞を象徴するような話で、日本と東アジアの関係も大きく変わりつつあるなと思う。
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