尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『ピアノ・レッスン』、30年ぶりに見た大傑作

2024年03月29日 20時42分55秒 |  〃  (旧作外国映画)
 1993年にカンヌ映画祭で女性監督として初めてパルムドールを受賞したジェーン・カンピオン監督の『ピアノ・レッスン』が4K版で公開された。昔の映画が修復されて上映されることが最近よくあるが、最初の一週間を逃すと回数が少なくなることが多い。そこで鈴本演芸場に行った日のお昼に見ることにした。日本では1994年の2月に公開されて、キネマ旬報の外国映画ベストワンになった。米国アカデミー賞でも主演女優賞、助演女優賞、脚本賞を獲得した名作である。作品賞、監督賞を逃したのは、同じ年にスピルバーグ監督の『シンドラーのリスト』があったためである。

 今見ても新鮮な大傑作だったが、細部の展開をほとんど忘れていた。やはり30年というのは長い。19世紀半ば、スコットランドから口をきけない女性エイダ(ホリー・ハンター)が女児フローラ(アンナ・パキン)とともにニュージーランドに嫁いでくる。ピアノとともに生きているような女性で、わざわざ大きなピアノを持ち運んできた。しかし、道が悪いために運ぶことが出来ず、ピアノだけが海岸に取り残される。この海辺のピアノをロングショットで映すシーンが素晴らしく、これだけは一度見たら永遠に忘れないだろう。ピアノを置き去りにした夫とは心が通わないが、近所に住むベインズ(ハーヴェイ・カイテル)が土地と交換にピアノをもらい受け、ピアノのレッスンをするという。
(エイダとフロ-ラ)
 このベインズという男は原住民(マオリ族)とともに生きてきて、文字も読めない無知で粗野な男である。顔にはマオリのように入れ墨をしているぐらいだ。彼がピアノを運ばせたのは、何も音楽に関心があったのではなく、エイダに惹かれてしまったのである。エイダは彼の元を訪れ、ピアノを弾く。夫はベインズはピアノの練習をしていると信じているが、実は弾くことはない。フローラは外へ出ていろと言われ、二人だけの空間になるのである。この危うい関係がどうなっていくのか。片時も画面から目が離せない緊迫感が漂う。ニュージーランドの中でも辺境の地で、口をきけない女性が自らの生き方を決められるのか? そしてラスト近くになるまで、壮絶な人間ドラマが繰り広げられる。あっと驚く展開が続き時間を忘れる。 
(ハーヴェイ・カイテル)
 ホリー・ハンターは自ら希望して難役に挑み、自らピアノを弾いている。『ブロードキャスト・ニュース』(1987)でアカデミー賞主演女優賞ノミネート、ベルリン映画祭女優賞を得たというが覚えていない。興味深いことに、この映画で主演女優賞を獲得した年に、『ザ・ファーム 法律事務所』でアカデミー賞助演女優賞にもノミネートされていた。しかし、助演で受賞したのはフローラ役のアンナ・パキンの方で、わずか11歳だった。これは『ペーパー・ムーン』のテイタム・オニールの10歳に次ぐ史上2番目の若さ。僕はこの子役の存在を全く忘れていて、見ていて凄いなと思い始めた。どんな大女優になっているのかと思ったが、コンスタントに活躍しているようだがテレビが中心みたいである。
(ジェーン・カンピオン監督)
 ジェーン・カンピオン(1954~)はニュージーランド生まれの監督で、同国初の世界的監督だ。イギリスで学んだ後、本国の市場規模が小さいのでオーストラリアで活動していた。『スウィーティー』(1989)、『エンジェル・アット・マイ・テーブル』(1990、ヴェネツィア国際映画祭審査員賞)で注目され、僕もすごいアート系監督が現れたと驚いたものだ。この映画の後はニコール・キッドマン主演の『ある貴婦人の肖像』(1996)などを作った。近年は作品が少なかったが、2021年に『パワー・オブ・ザ・ドッグ』で注目された。繊細な、時には病的なまでに揺れる心を描くことが多く、現世で生きにくい人々に心を寄せる映画を作ってきた。

 『ピアノ・レッスン』は生涯の代表作で、単に「女性監督」という枠組ではとらえきれない映画だろう。94年のベストテンを見ると、2位にチェン・カイコー監督の『さらばわが愛 覇王別姫』が入っている。92年のカンヌ映画祭パルムドールである。僕はどちらかと言えば、そっちの方が当時は面白かった。これも近年リバイバルされているから、見比べてみると面白い。『パルプ・フィクション』『ギルバート・グレイプ』『日の名残り』など最近でもスクリーンで見られる映画がいっぱいベストテンにある。その中で、3位になったロバート・アルトマン監督の『ショート・カッツ』(レイモンド・カーヴァーの短編を組み合わせた作品)が見られないのが残念だ。これも一度はスクリーンで見るべき映画である。

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