尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

伊豆をめぐる旅

2013年03月22日 01時23分22秒 |  〃 (温泉)
 春直前に伊豆へドライブ。春休み前で安いプランがあったからだが、梅と桜の境目の時期だった。伊豆は東京から行きやすいから、初めは親に連れられ、学生時代はゼミ合宿、勤めれば職員旅行などとずいぶん行った。個人でもずいぶん行っているが、小さい時から本当によく行ってる日光に比べれば、伊豆箱根、軽井沢などはあまり行ってない。大体回っているんだけど、近年は東伊豆に伊豆大川温泉ホテルという素晴らしい宿を見つけて、ここばかり行っていたが、退職後はしばらく行ってない。

 最初の日は、中伊豆の湯ヶ島温泉というか、湯ヶ島から少し離れて木太刀温泉と称している木太刀荘。湯ヶ島は本当に久しぶりで、自分では夫婦で行ったつもりになっていた。嵯峨沢や修善寺は行ってるので、勘違いしていた。学生時代に2回くらい来たような気がする。ここは川端康成が「伊豆の踊子」を執筆した場所である。天城山のふもとで、昔最高峰の万三郎岳や八丁の池に登りに来た。だから昔のガイドがあるので持っていったが、見比べると旅館がずいぶん減っている。木太刀荘の川向かいにあった湯川屋は、梶井基次郎が泊った宿で記念の展示室があると書いてあったが、つぶれていた。イノシシ村という施設も昔あったはずだが、もうなくなっている。

 たまたま来る前に読んだ新聞に湯ヶ島小学校が今年限りで閉校になると出ていた。井上靖が湯ヶ島小学校を卒業し、自伝的作品の「しろばんば」などによく出てくる。昨年公開された「わが母の記」という名作映画でも、湯ヶ島が印象的に出てきた。(ロケ地めぐりのガイドが観光案内所に置いてあった。)「しろばんば」の散歩道も整備されているので、初日は湯ヶ島文学散歩。まずは井上家の跡地が公園になり、「しろばんば」の碑が立っている。そこから少し歩くと、小説で「上の家」と名付けられた井上本家。
  
 そこから奥の方に歩くと階段があって、小学校の敷地に出る。井上靖の詩碑があり、そこまでは入っていける。校庭から小学校を見る。校庭が広い。翌日の朝だが、正門の方へ行くと、そこにも「しろばんば」の碑が立っていた。湯ヶ島温泉の奥山が熊野山で、そこに霊園があって井上靖が眠っている。せっかくだから、かなり車が大変だったが行ってみた。井上靖は「敦煌」「楼蘭」などシルクロードをめぐる歴史小説や鑑真を描く「天平の甍」など数多くの歴史小説を中学時代に読みふけった。僕の感性に深い所で大きな影響を受けたと思う。大好きな作家である。
   
 さて木太刀荘は、家族風呂を入れて7つの風呂があり夜と朝で男女を入れ替えるので、みな入ることができた。渓流を望む露天風呂や洞窟風呂が両方にある。湯はザブザブと出ていて気持ちがいい。夕食は鯛の姿盛り(甘えび、イカそうめん、まぐろ、サーモンのお造り)、イセエビの陶板焼きと豪華に出て、なんと入湯税入れて八千円ほどという信じがたい値段である。大いにおすすめ。部屋はすべて世古峡に面した渓流ビューで、風呂はないがトイレはウォシュレット。広さもまあまあ。世古峡は下りていけるので翌日歩いてみる。その渓流沿いから見た宿の全景を載せておく。道路に面した入口が5階で、風呂は一番下の1階という作りである。
   
 次の日は湯ヶ島を少し回った後で、滑沢渓谷の辺りで車を停める。そこから「太郎杉」へ行ってみる。片道30分程度の適度なハイキングコース。入り口近くに、井上靖「猟銃」の文学碑も。ずいぶん碑がある。渓流沿いにさかのぼっていくと、突然大きな杉が出てくる。県の天然記念物だが、国指定の千葉県清澄寺の大杉と比べても遜色ないのではないか。ビックリするような巨樹だが、写真では感じがあまり伝わらない。
  
 さて歩いて戻って少し疲れたが、まだまだ。次は「旧天城トンネル」。これが行ったか行かないかがよく覚えていない。「伊豆の踊子」が通り、松本清張「天城越え」の舞台となり、映画化され、石川さゆりの歌になった。清張や歌の碑がないのは何故だろうか。今はそっちで有名だろう。本来は1907年に開通した「天城山隧道」という重要文化財指定の産業遺産である。昔来たようにも思うが、本や写真のイメージかもしれない。間違いないのは車では来てないことで、旧道に車で乗り入れたら結構大変だった。何とか着いてみると、車が今も旧トンネルを通れるけど、せっかくだから真っ暗い中を歩いてみた。観光客はいるのに、案外皆歩いてない。このトンネルはまっすぐで、500メートルもない程度だが格好のウォーキング。立派な石組みがよく見られる。
   
 そこから南へ下り、峰温泉で蕎麦を食べ、下田を抜けて、石廊崎へ。ここは昔夫婦で来て「ジャングルパーク」に入った。その後車で一回通ったけど、まあいいやと通り過ぎた。今回調べたら10年も前につぶれてた。全体的に伊豆の観光が大変なような気がした旅である。団体旅行の本場、家族で行く大施設という、東京近郊で一番栄えてた特徴が、今は裏目に出ているのだろう。石廊崎は雨が降ってきて、下賀茂の方に回って、下賀茂熱帯植物園に行ってみた。行けばなかなか面白い。園の中に猫がいたのがご愛嬌。客は他に一組だけ。春分の日で祝日なんだけど。花は咲き乱れ、トロピカルフルーツがなっている。スターフルーツがなっていたし、一番珍しかったのは青い房のようなものがいっぱい垂れ下がっていることである。ルソン島原産の「ヒスイカズラ」と言うそうだ。本当にヒスイのような色である。サボテンの「盆栽盛り合わせ」も色取り取りできれいだった。買わないけど。
  
 宿は「休暇村南伊豆」。豪華バイキングの夕食、広い部屋はいいんだけど、風呂に行ったらプールかと思う塩素臭にガッカリ。休暇村は日光湯元によく行くので、50歳以上の会員になっている。関東周辺の休暇村はかなり行ってるが、設備がよく食事も美味しい。安心して利用できるので、どこも子連れや高齢者でいっぱいである。それはいいんだけど、大量に来るからか、温泉に循環が多いのが残念だ。伊豆の湯は単純泉が多く、泉質では特徴がない所が多いので、源泉掛け流しの宿が多くなって欲しい。ところで、ここでビックリ。食事の後でロビーで新聞を読んでいたら、部屋に戻るときエレベーターで大学時代のゼミ同期生夫妻が乗り込んできた。こんな奇遇があるんだな。もっとも昔北海道に行くフェリーに乗ったら、同じ学校の教員にあったことさえあるんだけど。教授の定年パーティで会ったから、まあ何十年ぶりと言うことでもないけれど。

 3日目。昨日行けなかった石廊崎(いろうざき)、というか本当は奥石廊崎へ行きたい。ちょうど晴れてきた。石廊崎を通り過ぎ、「ユウスゲ公園」の駐車場がある。これが大正解で、ここに停めて少し登ると、伊豆七島を一望の大展望。反対側が奥石廊崎で、真っ青な海に岩が点在し実に美しい。海がこんなにきれいなのは、昔見た北海道の積丹半島、沖縄の宮古島、小笠原などに匹敵するのではないか。他は行きにくいから、東京の近くで見るにはここが一番だ。こういうのは海や気象条件にもよるので、たまたま素晴らしく恵まれていたということだろう。そこから少し行くと、あいあい岬のジオパークビジターセンター(と言うには中身がまだ整備されていなかった)があって、そこからの眺めも素晴らしかった。「ジオパーク」(大地の公園)というのは僕はとてもいいと思う。地層や化石など見るととても面白い。ジオパーク認定の前に、新潟の糸魚川を旅したことがあるが、ものすごく面白かった。今高校で地学や地理が授業で置きにくくなっている。この世界の果ての、地震や台風が毎年来る国で、それはまずいでしょう。大地の活動への関心を子どもの頃から呼びおこすきっかけになるといい。
   
 ここから一路西伊豆を北上。前に行ってるから、松崎なんかも素通り。堂ヶ島、土肥を経て修善寺へ出て、沼津へ。このあたりはいつも時間切れで通り過ぎてしまうんだけど、今回は時間があったので、道沿いの「沼津御用邸記念公園」に寄ってみた。日光の田母沢御用邸も公開されている。時期的に近いので似ているが、こっちは空襲でほとんど焼けたという。病弱だった大正天皇のために1892年に作られた。当時の道具などはかなり残っていて、興味深い。まあ、時間もなく簡単に見ただけだが。
  
コメント
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