宇宙のこっくり亭

意識の覚醒に向かって、精神世界を縦横無尽に語る本格派ブログ!!

インディゴ・チルドレン ~ ドロレス・キャノン

2013年03月29日 | ドロレス・キャノン
 
>第三波は秀でたに新しい子供たちのグループですが、彼らの多くは10代です。これらの進化した子どもたちは、すでに新しい地球の周波数と適合した強化されたDNAをもっています。彼らは興味を持たせるためのチャレンジが必要なのです、ADHDのような誤診で病気を治療する薬ではなく。彼らは新たな “世界の希望”です。

ボランティア・ソウルの「第3の波」は、いよいよ、かの有名な「インディゴ・チルドレン」の時代だ。地球の大変革期に合わせて生まれてきた、すでに意識が進化した子供たちだけど、時がたつのは早くて、彼らも多くが10代になっている。
 
ドロレス・キャノンによれば、彼らは意識の領域で進歩しているだけでなく、「強化されたDNAを持っている」というから、すでに身体も新しい時代に合わせて変化しているということになる。
 
とはいえ、地球に適合することに何の困難もないかといえば、そういうわけでもない。世の中の価値観がまだ古い以上、それに合わせていくのは、やっぱり難しい。ただし、それでも、「第1の波」の頃などと比べれば、ずっと道筋はできている。

ここでは、「ADHDのような誤診で病気を治療する薬」と言ってるのが興味深い。ADHDとは、「注意欠陥・多動性障害」と呼ばれる、発達障害の一種。

実際のところ、筆者も、「ADHDの人の特徴」を列挙したものが、ことごとく当てはまるというタイプ。「そのものズバリ」というくらいの、典型的なADHDだ。これが筆者の人生をどれだけ難しくしてきたかは、計り知れないものがある。もちろん、そのままでは日常生活に支障を来たすので、いろんな努力と工夫で補ってきた。でも、最終的に克服できたのは、「サマタ瞑想」のおかげ。今では、むしろ人並み以上に雑念がなく、集中が長続きするようになった。

お釈迦さまも間違いなく取り組んでいた、古代インドの「サマタ瞑想」が、なぜか「注意欠陥・多動性障害」を克服する上で、絶大な威力を発揮する。このことは、いくら強調しても足りないものがある(笑)。

またまた脱線したけど、注意欠陥の特徴(子供の場合)としては、下記のようなのが最も典型的なポイントだろう。
 
>・勉強などで不注意な間違いをする・課題や遊びの活動で注意を集中し続けることが難しい・ 興味のあることには集中しすぎてしまい切り替えが難しい・ 話を聞いていないようにみえる・課題や活動を順序だてて行うことが難しい・同じことを繰り返すのが苦手・必要なものをなくしてしまう、忘れっぽい・注意が長続きせず、気が散りやすい

(大人の場合)

>・仕事などでケアレスミスをする・忘れ物、なくし物が多い・ 約束を守れない、間に合わない・時間管理が苦手・仕事や作業を順序だてて行うことが苦手・片付けるのが苦手

ADHD情報サイトより)


このADHDは、ドロレス・キャノンも言及しているように、薬での治療が進んでいることで知られる。薬物で、大脳の前頭葉のある部分を刺激すると、たいてい症状が改善されるという。

しかし、一方では、「ADHDは病気ではありません」という意見も根強い。「ADHDとされる児童の多くは、発達障害児ではなく、むしろ、高知能児(ギフテッド)と呼ぶべきだ」との声もある。
 
確かに、それにも一理ある。手前ミソかもしれないが、子供の頃の自分自身を振り返ってみると、この「ギフテッドの子供の特徴」も、ことごとく当てはまっている。

★ギフテッドによく見られる行動

>・集中力の欠如、退屈、ある一定の状況においてのデイドリーミング傾向
・(その子にとって)趣旨の見えない繰り返し作業に対しての忍耐のなさ
・知能の発達と比べて遅れている(というか平均でも知能の方が進んでいるので比較すると遅れているように見える)判断力
・気の強さ、感情の強烈さから生じる、教育者や親などといった目上の者との衝突
・いつもエネルギーに溢れ(多動ととられる)あまり睡眠を要しない
・ルールや習慣、又伝統などに疑問を持つ

(『先生に知ってもらいたいギフテッドの特徴』より)

「デイ・ドリーミング」(白昼夢)など、いつものことだった。そもそも、注意欠陥者の生活は、半分は現実、もう半分は夢の中で生きているようなものなのだ。だからこそ、「薬で目を覚ます」ことに効果がある。

「繰り返し作業に忍耐が無く、教育者と衝突する」というのも、よく当てはまっている。授業中、「こんな書き写し作業には意味がない」と主張して教師と口論になり、廊下に追い出されて立っていた・・・というようなことが、小学生の時はしょっちゅうあった。
 
もっとも、おとなしく授業を受けているときでも、たいていデイ・ドリーミング状態にあり、話は半分も聴いていなかった。宿題は滅多にやらず、教科書を忘れてくることが多かった。集団登校なのに、よく1人で遅刻してた。夏休みの課題は、小学校6年間を通じてマトモに提出できた試しがなかった。毎回、「今度こそは、やるぞ」と決意するのだが、やっぱり出来なかった。でも、テストの成績は常に全科目トップで、2番以下に落ちることなど考えられなかった。「優秀だから」という理由で学級委員に選ばれたが、「態度が悪いから」という理由でクビになった。でも、「素直な良い子だから」という理由で再び戻された。
 
筆者の場合はそんな調子だったけど、個別の事情は人それぞれ。「ギフテッド」の多くは大なり小なり、こうした矛盾を抱えて、周囲との衝突を経験してきている。

でも、これを取り上げたニュースの記事によれば、ギフテッドだからといって、必ずしも勉強ができるとは限らないらしい。むしろ、学校そのものが苦手なことから、ついでに勉強も苦手になる子供が少なくないという。
 
またまた大きく脱線してきたけど、要するに、「インディゴ・チルドレン」は、しばしば「発達障害」と診断されている。日本と違って、アメリカではこうした障害に対する関心が高く、「インディゴ・チルドレンと発達障害の関係」についても、盛んに取り沙汰される。日本はともかく、アメリカで「発達障害」と診断されたら、薬物治療を受けることになる。ドロレス・キャノンの言葉にある「ADHDのような誤診で病気を治療する薬」というのは、そこを言っている。
  
筆者の見たところ、この両者は、やはり無関係とは言えないように思う。「インディゴ・チルドレン」であることが原因で、「発達障害」になることは、大いにあり得る。

地球の物質世界領域は、特有の波長のヴァイブレーションで出来ており、そこでうまく生きていくためには、この波長領域に意識をフォーカスしていなければいけない。うまくフォーカスできないと、昔のカメラと同じで、「ピンボケ写真」みたいな生き方になってしまう。かつての自分がそうだっただけに、それはよく分かる。

一方、この環境に慣れている人にとっては、意識を常にここにフォーカスしていることは、簡単というより、ごく自然なことだ。むしろ、「そこに困難を感じる」ということが、どうにも理解できない・・・。
 

ボランティア・ソウル 「第2の波」 ~ ドロレス・キャノン

2013年03月29日 | ドロレス・キャノン
  
>これらのソウルの第一波は・・・地球上の生活に最も適応困難な時を過ごしました。彼らは我々の世界の横行する暴力に恐れをなして”ホーム”に帰りたいのです。彼らは意識的には、ホームがどこか全く分からないのに。(転載元

ボランティア・ソウルは、地球での経験は浅いけど、この地球環境に生まれる前に、どこか他のところで意識進化してきた。もしくは、どこか他のところから分かれて、この地球にやってきた。
 
ここでドロレス・キャノンが語っている内容は、チャネリングではない。催眠療法でセッションしてきた人々が、催眠状態になって無意識のうちに語ったことの集大成。要するに、「生まれる前のこと」を思い出した人がたくさんいる・・・ということ。

もちろん、「広い意味では、人類はみな、宇宙のどこかからやってきたのだ」という人も少なくない。でも、筆者はそう考えていない。それは何といっても、地球の人間や動物たち、そして歴史を長らく観察してきた上での結論だ。
 
というのも、大昔の古代人たちの素朴さや、野蛮で暴力的な争いは、自然界の野生動物が見せる姿にあまりにも似ている。ちょっと失礼な言い方かもしれないけど、現在でも、野生動物だった頃の意識を色濃く残している人間は、決して少なくないように思う。地球人類の大半は、この地球において太古の昔から輪廻転生を続けるうちに、鳥や獣から意識進化してきた土着の魂であることに間違いない。
 
おそらく、原始的な生物の、ほとんど眠っているような意識からスタートして、「人間の意識にまで進化する」というのが、地球の生命としては、ひとつの目標なんじゃないだろうか。その意味では、地球は一種の「養成所」であると言える。

言い換えれば、意識の種をまいて育てる「農場」みたいなものだとも言える。地球に種をまかれて意識進化を開始し、幾億年もの歳月を経て、ここまで進化してきた人間の魂。はたして、どれだけの意識が、十分に進化して「収穫のとき」を迎えることか・・・。

とは言っても、そんな土着の魂だけでは価値観が固まりやすいので、「どこか他のとこから」(From Elswhere)、やってくる人によって新風を吹き込む必要がある。

「新風を吹き込む」というのは簡単だけど、価値観が根本から違いすぎて困難だ。同じ地球上の、外国に行っただけでも適応するのは難しい。ましてや、別のところから来たような意識は、根っこの部分からして考え方が異なっている。

ドロレス・キャノンによれば、地球環境に適応すべく、大変な困難に直面してきた「第1の波」。それに続いて登場したのが、ボランティア・ソウルの「第2の波」だという。

>第二波は20代後半から30代です。彼らは第一波よりもはるかに簡単に、地球上での生活への移行を行いました。第二波のソウルは、舞台裏で働く傾向があります。多くの場合、独身で、ほとんど、あるいはまったくカルマを創りません。ヒプノシスのセッションで、彼らは無意識のうちに地球上にエネルギーを向けるアンテナとして説明されています。彼らは、何もする必要はありません、彼らは、単に居なければならないのです。彼らのエネルギーは、彼らが接するすべての人に影響を与えます。彼らのパラドックスは、彼らのエネルギーを分かち合うことになっているのですが、彼らは人々の周りにいるのが好きではないのです。

20代後半から30代の若手が、ドロレス・キャノンの言う「第2世代」。この世代は、第一世代よりも、はるかに地球での生活に移行しやすかったという。やはり、いつの時代も、最初に道を切り開くパイオニアは大変なのだ。いったん道筋が開かれれば、それに続くのは、そこまで難しくない。それにしたって、地球で生きるのが簡単でないことに変わりはないのだが・・・。
 
この第2の波の人々も、なにか特別なことをするわけではない。彼らは、「無意識のうちに地球上にエネルギーを向けるアンテナ」なのだ。

地球での役割は、「異なる波動をもたらすこと」に尽きる。要するに、やっぱり、「波動調整装置」だった・・・。

ボランティア・ソウルは、地球でカルマを積みたくない。だから、家庭も持たず、地球生活のお付き合いはホドホドに、さっさと帰りたがっている人が多いという。いわく、
 
>多くの第一と第二の波のソウルは、無意識のうちに子供を持つことはカルマを創ることと知っています。運よく、彼らが共感できるソウルに会うことがない限り、多くは、最初から結婚しません。彼らはただ自分の仕事をして、“ホーム”に帰りたいのです。
  
そういえば筆者も、子供を持つというのは考えたことがない。犬や猫などと同様に、小さな子供も熱烈に大好きで、「幼稚園や保育園に向いてるんじゃないの?」と言われるくらいなのだが、そういえば、自分の子供を持つというのは考えたことがなかった。別に、深く考えた上での結論というわけではなく、「そういえば、それは考えたことがなかったな・・・」という感じ。そういえば、「長生きしたい」とか、「子孫を残したい」とか、そういう気持ちが昔から無い。

「少子化が進んでいる」というニュースを見ても、「大いに結構なことだ」としか思えない。人口が多すぎるのは、現在の地球が抱えている大きな問題点のひとつだからだ。日本を始め、東アジア諸国やヨーロッパ諸国などでは、極端な少子化が進み、人口が減る傾向にある。インド人やアフリカ人にも、早く見習ってもらいたいものだ。
  
それにしても、「地球での生活になるべく深く関わらず、寿命が尽きるまで、なんとか人生をやり過ごそう」というような感覚が、意識的であれ、無意識的であれ、自分の人生には常に付きまとっているように感じられる。

もちろん、全員がそうではない。中には、「良い家庭を持ち、良い仕事を持っているが、それでもさっさと地球から帰りたがっている」というボランティア・ソウルもいるというから、フクザツだ。
 
>彼らのパラドックスは、彼らのエネルギーを分かち合うことになっているのですが、彼らは人々の周りにいるのが好きではないのです。

・・・というのも、おもしろいところだろう。

「地球に新たな波動を持ち込む」という観点からすれば、「なるべく多くの人々に接して、影響を与えていく」というのが、本来のあるべき姿だ。でも、ボランティア・ソウルの多くは、エゴの強い人間があまり好きではなく、深くコミットしたがらない傾向にある。「人間嫌い」とまではいかないまでも、実のところ、心から好きではなかったりする。それは、けっこう難しいジレンマだ・・・(笑)