宇宙のこっくり亭

意識の覚醒に向かって、精神世界を縦横無尽に語る本格派ブログ!!

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「幼少の頃に感じた違和感」

2017年11月22日 | ワンダラー ~ 宇宙人の魂を持つ人々
 
「ワンダラー」、つまり、「自分は、宇宙からの転生者であり、地球の短期滞在者である」と主張する人は、世界には結構いる。そういう人たちには、大なり小なり、「幼少の頃に感じた違和感」がベースになっている。

これに関しては、自分もそうだから、よく分かる。小学生の頃の筆者は、今のような、そこそこバランスの取れた現実的な人間ではなかった。もっとコテコテに濃い、純粋なスピリチュアル思想で生きていた。むしろ、普通の現実的な考え方があんまり無かった。

学校や近所の人たちと考え方が合わなかったのは当然としても、家族とはさらに考え方に深い溝があった。別にケンカになったわけでもなく普通に生活してたが、彼らの世界観や人生観は、驚くほど自分とは異なっていた。

家族や親戚との深いギャップは、それが遺伝とか環境によるものでないことを示している。だから、「幼少の頃に感じた違和感」なのである。

「なぜ、自分と他人とは、これほど世界観や人生観が異なっているのか?」というのをジックリ考えた結果、やはり、「自分はどこか異世界から来た者なのだ」という結論になった。

中学生の頃も、「地球人類は、滅亡するか、大進化するかの2つに1つしかない」という考えに取りつかれ、予言書や未来予測本を読み漁っていた。三度の飯のことより、「地球はどうなるのか」というのが気になっていた。周囲で、「良い悪いは別にして、かなりユニークな人」という評判になっていたのは言うまでもない(笑)。

高校から大学にかけて、あの「第三次宗教ブーム」が起きてきた。オウム真理教、幸福の科学、法の華三法行・・・その他の登場だ。宗教に限らず、バシャールのチャネリングや、チベット帰りの中沢新一もブームになった。哲学も盛り上がってきて、半田広宣氏が大好きなドゥルーズ・ガタリがブームになったのもこの頃だった。まったく、バブルのアダ花か、それとも新時代の到来か・・・(?)。

このあたりから、「私は真理に目覚めました。この教えを広めることが、今生の使命だったのです」というような人が増えてきて、さらに違和感を覚えることになる。

おそらく、新興宗教の人たちの中にもワンダラーはいたであろう。精神世界の探求への情熱、もしくは地球を救済したいという使命感が、彼らをそういう方向に向かわせたのだろう。でも自分には、ちょっと違和感があった。

それでも、根っからの研究熱心のため、上に挙げた「第三次宗教ブーム」の諸氏の著作はよく読んでいた。信者よりも教義をよく知っていたくらいだ。

それはともかく、世間の一般人も、新興宗教の人たちも、自分とは違いすぎた。何か、根本的に異質なものを感じた。

中には、「自分は『宇宙からの転生者』であると主張するのは、自分は特別なのだという優越意識、もしくは劣等意識の表れなのではないか?」と指摘する人もいた。それも、もっともな意見だろう。哲学マニアの友人からそう言われた。本ブログを始めるより、ずっと前のこと。

これに対しては反論がある。ひとつには、「宇宙からの転生者は、意外と多い」ということ。ワンダラーは、世界には結構いる。日本やアメリカのような精神世界が盛んな地域にはとくに多く転生していると考えられるため、おそらく、「クラスに1人」というくらいの割合でいるだろう。それよりも、もっと多いかもしれない。だから、そんなに特別なものではない。

それにしたって、「自分は特別なのだ」という意識がないとは言えない。いや、あると言うべきだろう。「自分は、なんだか他の人たちとは違うな」という感覚があるのは確かだ。逆に、他の人たちからも、「普通の人とは、何かが違う」とよく言われる。

だからといって、世間の一般人に比べて良いとも悪いとも、別に思っていない。単に、「違う」というだけ。
 
もっとも、オイカイワタチに出てくるような、「地球人類を救済したい」という情熱に燃える、崇高な使命を持ったワンダラー。そこまでの自覚は、さすがにない・・・(笑)。
 
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直観に頼る

2017年11月19日 | 精神世界を語る
 
いままで、「いまが地球の変容のときだ」とか、「この世は仮想現実だ」という話をしてきた。
 
これは、もともと幼少の頃から漠然とそう思ってたけど、周囲の人々といまひとつ考えがカミ合わないので、実際はどうなのかと思い、せっせと情報収集して裏づけてきたものだ。今では、十分な根拠が得られている。

とくに、「この世は仮想現実だ」の話については、もともと哲学と物理学の話なので、じっくりと時間をかけて話をすれば、精神世界マニアに限らず、世間の一般人も納得できるだろう。
 
これは別に、世間の一般人を説得するためではなかった。あくまでも、自分が納得するためにやってきた。いや、一部は、(おもにネット上で)論争するために理論武装した部分もあるけど。
 
ただでさえ、この世で生きるのがヘタだというのに、学校でも仕事でも日常生活でも、どこでも役に立たない知識を身につけるのにこれほどの手間ヒマをかけているのだから、ますます人生が難しくなるのは当たり前だった。でも、やっぱり、根拠ってものは大事。「なぜ、そう言えるのか」ということをハッキリさせることが重要だった。
 
でも、「ワンダラー」に関しては、そうではない。これについては、「自分がそうだから」というのが、ほぼ唯一の根拠。こればっかりは、世間の一般人の考え方など、どうであろうと気にしていないし、根拠づけもなにも特にやっていない。
 
ていうか、自分のことだから分かるんだけど、明らかに、地球生活の経験値が他の人たちに比べて生まれつき低い。これについては、半端なくそう言える。でもって、生まれつき、濃密にスピリチュアル思想を持って生まれてきている。これに関しては、逆に経験値が高い。

良い悪いは別にして、あまりにも周囲の人々と違う。だから結論としては、「自分は、どこか異世界から来た者なのだ」ということになる。

それこそが、自分は「宇宙からの転生者」、もしくは「地球の短期滞在者」であるということ。根拠のない確信とはいうものの、自分自身にとっては明白な事実。

もっとも、本ブログを始めるより、もっとずっと前のことだけど、ある人はこれを評して、「それは、霊界に長く居すぎて、現世に転生してきたのが久しぶりだからだろう」と言った。「宇宙からの転生者」という考え方には不賛成だった。「地球に慣れていない」というより、「この世のことを忘れている」というわけだ。それが、霊界を重視するスピリチュアル派の考えというものだろう。
 
それならそれで、別に構わない。ただ、こちらはニューエイジ派なので、「霊界」にあまり関心がない。こちらの関心は、あくまでも「宇宙」にある。

もちろん、スピリチュアル派の言うことにも一理はある。過去には、「ボクは、ほんとうは宇宙からの転生者じゃなくて、霊界に長く居すぎた人なのかもな?」と検討したこともあった。

でも、やっぱり、霊界とか幽霊の話は、あまり好きじゃない。好き嫌いというより、心が引かれない。心が引かれるのは、なんといっても宇宙であり、宇宙人だ。理屈抜きで、霊界には帰りたくない。帰りたいところは、やっぱり宇宙。

なにかに強く引き付けられるということは、それだけ、そこに縁があるということを示している。

それにしても、昔の人は、現代の天文物理を知らなくて「宇宙」のことがよく分からなかったから、なんでもかんでも「霊界」の話にされてしまっていた可能性は高い。大昔は、宇宙人が原因で起きた事件も、「狐のせいだ」、「いや、天狗のせいだ」ということにされてしまったり・・・というのはあっただろう。

それにしても、個人的には、これは難しい問題。なぜかというと、かつての筆者は、どちらかというと、新興宗教の人とかがトンデモない話をするのに対して「それはおかしいぞ」という話をすることの方が多かった。良くも悪くも、「理論派」というのが当方の原点だったのだ。

それでいて自分も、「じつは、ボクは宇宙から転生してきた、地球の短期滞在者なんです」という話をしているのだから、「おいおい」と言われても仕方ない。「ブルータス、お前もか」という感じ。ミイラ取りがミイラになったような話だ。

だから、かつてはブログも掲示板も、今より慎重に書いていた。理論派の人からは、「お前もトンデモ化してきたな」となるべく言われないようにする。その一方では、濃いスピ系の人から見ても納得のいくスピ系ブログにする。これには微妙なサジ加減が必要だった。

それはともかく、ワンダラーは、やっぱり存在する。こればっかりは、誰がなんと言おうと認めざるを得ない事実。なぜなら、他ならぬ自分自身がそうだからだ。

結局のところ、アセンションもそうだ。いくら情報を集めたところで、最終的には、自分自身の直観で決まる。

・・・というわけで、今までは「論理的に根拠のある話」にこだわってた面があった。今後はそこにこだわらず、もっと自分自身の直観に頼ろうと思う。いや、実はもともと直観に頼ってるんだけど(笑)。

(つづく)
 
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来るべき爆発的進化

2017年11月19日 | こっくり亭日記
前回まで、地球の意識的進化に対する筆者の考えを語ってきた。わりと独特な考え方なので、分かりにくいのは承知なんだけど、地球生命系の進化の歴史や、地球人類の文明の歴史を見れば見るほど、このような結論にならざるを得ない。

個人的に、精神世界によくある、「今まで地球はアセンションの機会を6度むかえました。今回が7度目のチャンスです」とか、「過去の地球には、もっと進化した文明がありました。文明のレベルは、上がったり下がったりしてきたのです」といった考え方を好まない。というより、それはまったく意味をなさないように思われる。

筆者にとって、地球のアセンションの機会は、今が最初で最後であり、まさに「一期一会」。ラストチャンスもなにも、もともと1回しかない。

でもって、生物の進化も、文明の進歩も、過去のどの時期より現在が最高段階なのは確実だ。しかも、その進歩のスピードが、過去のどの時期よりも今のほうが圧倒的に速い。

さらに、これからはそれが、もっと速くなる。ウン十億年、地球が蓄えてきたエネルギーがクライマックスに達するのだ。ここで起きる爆発的な進化こそが、地球のアセンションの本質だと考えている。

精神世界にまったく関心がない人でも、この「加速」に関しては、たいてい同意する。「それは、その通りだねえ」という。「アセンション」については、必ずしも同意が得られているとは言えないが(笑)。

つまり、これは精神世界で言われていることとは、直接の関係がない考え。もちろん、数々の宇宙からのチャネリング・メッセージを本ブログでも取り上げてきたし、大きな影響を受けてはいるけど、基本的には、それとは別に上記のように考えている。

というのも、筆者は、精神世界マニアであるのと同じくらい、歴史マニアでもある。でもって、生物学や地質学にもそこそこ詳しい。仕事をサボってでも、会社を辞めてでも本を読みまくるくらいの勢いがないと、こうはならない。真っ当に生きてたんじゃ無理。そこで得たものを綜合した結論として、このような考えに至った。

ていうか、もともと幼少から根拠もなしにそう思ってたのだが、周囲の人々といまひとつ考えが合わないので、実際のところはどうなのかを確認したかった。そして、長い年月をかけて、せっせと各分野の情報を収集し、確信できるまで裏づけてきたというところ。

まあ、そんなこんなで、「アセンション」が好きな人も嫌いな人も、これから地球が急速に変容するということだけは、知っておいて損はない。

どこかの教祖じゃないけど、こればっかりは、「私を信じなさい」といったところか・・・。
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地球生命系の意識は、着実に進化してきた

2017年11月16日 | こっくり亭日記

精神世界系のブログを見て思うことだけど、ひところは下火になっていた「アセンション」が、最近また復活してきているようだ。やはり、「2012年12月」のインパクトが強すぎたおかげで、ここ数年は目標を失っていたということか?

でも、さすがに5年もたって、目標を見失った脱力感も薄れてきたのかもしれない(笑)。

それはともかく、いよいよ地球が変わってきている。最近の異常気象や社会現象を見ていれば、そう思わずにいられない。とくに、日本よりも外国の変化が速い。良くも悪くも、ますます変化のスピードが速くなっている。

この変化の原動力になっているのは、今のところ、人類の意識進化というよりも、コンピュータの発達だ。21世紀の初頭に起きたIT革命で、コンピュータの性能が飛躍的に向上した。いまは、その途方もなく高性能になったコンピュータが、いろんな分野で予想外の進歩を引き起こしている。まさに、ドミノ倒しというべきか、玉突き現象というべきか、変化が次の変化を起こしている状況だ。

筆者は、根本的にモノの考え方が過激で、安定や継続よりも変化や革新を好むタイプ。つまり、新しモノ好きだ。とくに若い頃は、人生に強烈な生きづらさを感じていたので、「こんな世界がグレンとひっくり返らないものか」といつも思っていた。でも、世の中のみんながそうではない。誰もが、今のような変化の速い世界を喜んでいるわけではない。

精神世界関係者でもそうだろう。とくに、正統派で本流をゆく人ほど、こういう物質世界の変容よりも、個人の意識改革を重視しているはずだ。たしかに、そのとおり。個人の意識改革こそ、何よりも重要だ。

でも、今はそういう時代ではない。個人で無理してがんばるよりも (なんの無理だかは別にして)、世界の急速な変容の流れに乗ったほうが良い時代だ。

たしかに、世界が良い方向に変わるとは限らない。とくに日本の場合は、近隣にトンデモない波乱要因の国々があるだけに要注意だ。北朝鮮が海に向かって撃ったつもりのミサイルが、てちがいで頭上に落ちてくる可能性だってある。中国のバブル崩壊をキッカケに世界経済が大恐慌に陥り、また生活が大変になることも考えられる。

しかし、そんな怖れを乗り越えて、すべての変化を受け入れて生きていくしかない。

前々回も書いたように、地球の変化がだんだん速くなっていること。それも、一年や二年なんてものではなく、何十億年という気の遠くなるようなスパンで、だんだん速くなっていること。人類の歴史も、何万年から何千年へ、何千年から何百年へ、何百年から何十年へと、どんどん進歩が速くなっている。いまじゃ、一年の変化があまりにも大きい。

筆者の考えでは、これは単なる物質世界の変化ではない。それだけではなく、確実に意識の進化を伴っている。

それは、生物の進化を見たって分かる。人間や動物と比べたら、魚類の意識は、眠っているに等しい。水槽の魚に何年もエサをやり続けたところで、飼い主と心が通じ合うことはない。おなかが空いてるから食べるだけで、人間を飼い主だとか、自分の仲間だとか認識するのは無理。魚はそんな難しいことを考えてないから分からない。

カメとかヘビだって、魚よりは心が少しあるけど、まだまだ意識の眠りは深い。大きなカメをペットとして飼うマニアも、「かわいいから飼っているのだが、飼い主とペットとして心が通じ合うことはない」と言っている。

それに比べて、犬や猫には、明らかに心がある。人間の赤ちゃんをかわいがってペロペロしたり、飼い主を命がけで助けたりする犬の姿は、ペット愛好動画などでオナジミだ。飲食店街の丸々と太った野良猫はノンビリしていて人懐っこいが、「エサやり禁止」の住宅街に住む野良猫は、険しい目つきをしていて常に身構えている。

猿に至っては、人間の子供と意識レベルは変わらない。猿の赤ちゃんも、「高い高い」されれば、ニッコリ笑って喜ぶ。人間の幼児と同じだ。

これが、生物の進化というものだ。やっぱり、生物として物質的に進化しているだけではなく、深いこん睡状態のような意識から、より覚醒した意識へと確実に向かっているのである。しかも、生物進化の歴史をたどってみれば、その進化は後になるほどだんだん加速している。

もちろん、高度に進化した人間も、良い人ばかりではない。逆に、だんだん心がねじけて、悪い人になっていくこともある。しかし、個別の人間を見て判断してはいけない。全体の流れを大局的に見れば、意識は覚醒する流れに向かっている。

これは、人類の歴史を見てもそうだ。「現代の社会はおかしい。昔のほうが良かった」という人も多いし、そういう面もあるとは思うのだが、これまた、個別の事象はともかく、大局的に見ればどうだろう。

大昔の世界にタイムスリップして、未開で野蛮な人間たちと、槍で突き刺し合ったり、こん棒で殴り合ったりしたいだろうか。現代の文明人にも、良い人もいれば悪い人もいるが、古代人の意識レベルは、それよりも、ずっと未開発の状態にあった。

古代の地球人類の多くは、現代の文明人と比べたら、「何も分からないけど、とりあえず生きてます」というレベルで、眠っているのに等しい意識状態だ。それに比べて現代人の意識は、ずっと鋭敏になっている。これまた、あきらかに覚醒状態へと向かう流れにある。

筆者の周囲にも、クスリでも打ってんじゃないかというような、妙にハイテンションな人がよくいる。いや、それはまた別の問題か(笑)。

 もちろん、「それと精神世界でいう意識覚醒とは、別の問題じゃないのか」という意見もあるだろう。それはそれで見識だと思う。でも、筆者の考えでは、そうではない。

地球の歴史を見れば見るほど、全体的な流れとして、ぐっすり眠っているような意識状態から、シャキッと覚醒したような意識状態へと変わってきたとしか思えない。

しかも、その意識状態の変化は、だんだん速くなってきている。ここ最近になって、いよいよ、とめどなく速くなっている・・・。

 

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やはり、地球の変容が大事

2017年11月12日 | アセンション ~ 地球の次元上昇

アセンション・ブームが沈静化して久しい今だけど、それはブームが去っただけであって、アセンションというテーマがなくなったわけではない。本当は、むしろこれからが本番だ。

といっても、世の中には何事にもアンチがつきもので、ご多分に漏れず、「アセンション」にもアンチがいた。中には、「アセンション」と聞いただけで怒り出すような人までいた。

江原啓之氏の批判が代表的な一例で、「なんの努力もしなくても救済されるというアセンション」を、安易な発想だとして退けていた。でも、そんな江原氏も、別のところでは、「このまま悔い改めなければ、人類は滅亡する」とも語っていた。

でも、アセンションに対する解釈は、人それぞれ。江原氏がいう前の方、「なんの努力もしなくても救済される」というのは、アセンションに対するいろんな解釈の中のひとつでしかない。むしろ、江原氏がいう後の方、「このまま悔い改めなければ、人類は滅亡する」のほうを、アセンションだと思ってた人も多いのだ。

つまり、アセンションを批判する江原氏も、広い意味ではアセンション論者のひとりと言ってよい。他の人たちも大なり小なりそうだ。

ていうか、アセンションに興味を持ってるという時点で、すでに世間の一般人とは傾向が異なる。昔は、「アンチ巨人」という人たちがいた。巨人が大嫌いで、負けろ負けろといつも言ってたが、それでいて、テレビで巨人戦ばかり見ていた。巨人の選手のことなら実によく知っていた。それと同じで、アンチ・アセンションの人たちも、シンパとは違う形でアセンションに引き寄せられているのである。

そもそも、精神世界には大きく分けて、2つの系統というか、派閥みたいなものがある。「ニューエイジ派」と、「スピリチュアル派」というのがそれ。同じ精神世界でも、ニューエイジ派は「宇宙」、スピリチュアル派は「霊界」を重視する。アセンションは、典型的なニューエイジ派の考えで、スピリチュアル派はこれに反発する。

この分け方でいくと、本ブログはまちがいなく、「ニューエイジ派」の系統に入る。いつも「宇宙」の話をしているが、「霊界」にはほとんど興味なし。自分が来たのは宇宙からであり、帰る場所も宇宙。メッセージを送ってくるのも宇宙人。霊界とか、あの世の霊に対する関心はゼロじゃないけど、あまりない。自分で言うのも変だけど、こういうのが典型的なニューエイジ派の特徴といえる。

またまた話が脱線したけど、「地球の変容」という話に反発する人は、たいてい、「個人の意識覚醒」を重視している。そういう人に言わせれば、「地球がこれから変わるから、その流れに乗っていこう」というのは、安直な考えということになる。それよりも、個人が修行して、それぞれの意識覚醒を目指すことが本来の筋だという。

どこかで聞いたような話だと思ったら、仏教でいう、「大乗」と「小乗」の話に似ていた。

 でも、「地球の変容」というのは、やはり重要なのである。というのも、前回も書いたように、地球は明らかに、急カーブを描いて大変化する流れに入っている。

自分の小さな意識に比べて、「地球の変容」は遥かに大きなテーマ。地球が変われば、自分も変わるに決まっている。逆も多少は言えるけど、つまり、自分が変われば地球が変わるというのも多少あるとは思うけど、「数の力」ってものがある。自分を除く残り70億人の地球人類が持つ強固な信念システムが、巨大な岩壁のように立ちはだかっていて、ちょっとやそっとじゃビクともしない。つまり、地球は変わらない。

でも、地球が変われば、自分も確実に大きな影響を受ける。自分も地球の一部、それも小さな一部なんだから、当たり前。

まさに、「大は小を兼ねる」という言葉のとおりだ。

自分の意識もそれなりに重要だけど、それよりも地球の変容こそが最大のテーマであり、それを追いかけるのは何もおかしくない。

しかし、「70億人の地球人類の持つ強固な信念システム」と言ったって、全員が地球土着の地元意識で生きているわけではない。

そこには、かなりの数の異邦人が紛れこんでいる。

異質な意識で生きている人間は、実のところ、かなり多い。そして、地球を変容させるために必要な精神エネルギーを供給している。

 異邦人がいなくても、地球は変容するだろう。でも、いることによって、変容を加速する効果がある。

(続く)

 

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