宇宙のこっくり亭

意識の覚醒に向かって、精神世界を縦横無尽に語る本格派ブログ!!

政治的な対立から離れる

2014年01月31日 | こっくり亭日記
 
最晩年の船井会長が書いていたことを見ると、いつも政治の話ばかり。「どうして、精神世界系だったはずの人が、政治に傾斜していくのか?」と、改めて思う。

他人のことばかりは、言っていられない。本ブログを振り返ってみても、去年の後半くらいから、だんだん「左翼・中国・韓国」の反日3点セットに関する話が明らかに増えている(笑)。
 
まあ、去年は確かに、いつもの年とは違っていた。本来は敵同士であるはずの中国・韓国が結託し、日本の左翼とも呼応しながら、露骨に「反日包囲網」を作ろうと猛攻をかけてきたのだ。もともと東アジアは、中東と並ぶ「世界の火薬庫」と言われてきたのだから、このくらいの対立はあって当たり前。今までは幸運にもそれほど矢面に立たされることがなかった日本も、いよいよ政治的対立の前面に押し出されてきた。

そんな時流の中で、右も左も、にわかに論争をヒートアップさせた。

経済や文化が発達した日本では、社会の中で、政治の占める比重が小さくなっている。でも、他のアジア諸国は、そうではない。政治を抜きにしては、何も始まらないというのが現実だ。日本も、それに巻き込まれている。
  
  
それはともかく、精神世界系の人は、大なり小なり、理想の社会を築きたいと願っている。でも、現実の地球は、理想とはホド遠い世界だ。それを、どうするか。

この地球環境を、意識の進化によって変革していこうというのが本来の精神世界的なスタンスなんだけど、それが迂遠に感じられる人も少なくない。どうしても、「政治によって、現実の世界を変革しよう」という考えになりやすい。
 
でも、「現実の世界を変革しよう」という考えだと、どうしても、考え方が異なる勢力と衝突することになる。古い勢力を排除して、新しい勢力が出てきたとしても、それで変わるのは、表面的な状況だけだ。根本的な対立が終わるわけではない。

理想の社会を追い求めた結果、さらに対立が延々と続くというのは、一種の落とし穴と言える。

クリシュナムルティの「子供たちとの対話」でも、「インドの社会を変革したい」という理想に燃える子供に、クリシュナムルティが苦言を呈していた。その言葉は、周囲の聴衆には意外に響いたかもしれない。でも、実際に、それからの20世紀の歴史は、戦争と革命の連続になってしまった。「社会を変革しよう」と、燃えれば燃えるほど、対立が果てしなく続くハメになってしまった。

「社会の状況を変える」ということも、もちろん重要ではあるものの、そこにコダワリすぎると、「意識の覚醒」という、最も重要なテーマが見失われることになりかねない。

やっぱり、「政治の話はホドホドに・・・」というのが、精神世界系としては正しい態度ということだろう。
  

ただし、政治や社会を変えることにも、もちろん意味がある。国際関係でいえば、ヨーロッパや東南アジアが良いお手本だろう。

近代のヨーロッパで、ドイツとフランスが、どれほど戦ってきたことか。この2国は、ヨーロッパという文明をブチ壊してガレキの山にしてしまうほど、何度も戦争を繰り返した。イギリスとフランスも、百年戦争を戦ってみたり、今度は世界を舞台に「植民地・百年戦争」を戦ってみたり、まさに宿命のライバル関係。
 
イギリスとオランダも、何度も海戦を繰り返したかと思うと、遠いアジアの植民地で殺しあったり、相手のやることを世界中でいちいちジャマし合ったり。このため、「ダッチワイフ」を初めとして、英語の悪口にはオランダがらみのものが多い。

フランスも、何度もオランダに攻め込んだ。太陽王ルイ14世のオランダ侵略戦争では、オランダはわざと国中の防波堤を決壊させて、水攻めでフランス軍を撃退したが、オランダの国土はメチャクチャになってしまった。フランス革命が起きて、王様はいなくなったが、今度はナポレオンの革命軍が攻めてきた。
 
ヨーロッパの歴史はこんなことばかりで、これを言い出したらキリがない。どの国も、周囲は「宿命のライバル」ばかりで、振り返れば戦争の歴史。昔のことを言い出したら、まったく収拾がつかなくなる。
 
そんなヨーロッパ諸国が、今はEUとして一つにまとまった。内部対立が完全になくなってはいないものの、とりあえず戦争が再発することは考えられなくなっている。
 
東南アジアも同じで、以前はベトナムやカンボジアを初めとして、戦争や革命による流血が絶えない地域だった。これまた、今はASEANとして、かなりのまとまりを見せている。もともと、おおらかな南国だけに、国境の観念もアバウトだ。人々は、かなり自由に行き来している。「自分の国の言葉と、隣の国の言葉と、英語の3つが話せる」というような人が、ざらにいる。「歴史」とか、過去の問題には誰も興味がない。
 
中国や韓国を見ていると、21世紀も闘争と対立の世界が続きそうに見えてくるけど、そんなことは決してない。あの2国が特殊なだけだ。でも、あれらの国々も、もう限界が近づいている。日本と「対立」していられるのも、あと何年も続かないだろう。

社会の変革も大事だけど、政治談義に夢中になるあまり、この地球の物質世界における闘争と対立に、さらにドップリと漬かっていくのは避けたいところ。もちろん、「ボクは、もともと政治なんかに興味はないよ」と言う人もいることだろう。特に、女性にはそういう人が多い。それはやっぱり、もともと女性原理によって、そういう観念的な対立を最初から乗り越えているからだろう。

それから、若い世代ほど政治色が薄れているのは、誰もが認めるところ。

というのも、第二次大戦後、「大日本帝国」が解体され、韓国や台湾が独立した。日本に代わって東アジアの新たな覇者となったアメリカは、二度と日本軍国主義を復活させないため、各国で反日教育に力を入れた。

韓国で、最近になって急に反日が激しくなってきたことに、「いまさら、なんで?」と首をかしげる人は多い。これは、韓国通の人に言わせると、「世代」の問題が大きいという。つまり、朝鮮戦争の直後に、最も強烈な反日教育を受けて育った「反日世代」が、いまや50代~60代くらいになって、社会の主導権を握ったからだと言うのだ。

そういえば確かに、日本でも、何かといえば「日本が悪い。日本は反省せよ」と言い出す「反日左翼」は、やはり戦後の教育の影響を最も強く受けた世代が大半を占めている。「朝日新聞の購読者は60代~70代が主力で、20代~30代はほとんど読んでいない」という調査結果もあった。もっとも、この世代が多いのは左翼だけではなく、右翼の側でも主力になっている。

台湾通の人に言わせれば、これは台湾でも同様で、「親日国」の代表格とされる台湾でも、50代くらいの人には意外と反日的な考えを持っている人が少なくないらしい。「親日国」というのは、あくまでも全体の傾向なんであって、各個人にはいろんな見方があるんだそうな。考えてみれば、当たり前。

日本・韓国・台湾とも、この世代が国の発展を引っ張ってきた。政治的な意識が強いというのは、良い面もあるし、悪い面もある。

その点、中国はちょっと違う。中国の場合は、一般国民が政治的な対立に踊らされているだけで、教育の問題ではないようだ。おそらく、変化が最も速くて、変わるときはコロッと変わる国と思われる。

ただ、言えるのは、「どの国でも、若い世代ほど政治色が薄れている」ということ。これは今後の東アジアを思い描く上で、真っ先に参考にしなければならない事実だろう・・・。


信念体系から離れるためには

2014年01月24日 | 精神世界を語る
    
今にして思えば、船井会長という人は、本当に、世間一般の信念体系から軽々と離れられた人だったと思う。「スピ系に縁のない人にも知名度が高い」という貴重な人だっただけに、いろんな人が講演を聴いていた。「地球の内部は、空洞になっていて、中には地底人が住んでいる。われわれ地表の人類より、文明が進んでいる」と言った話を聞いて、一緒に講演を聞いていた人は目を白黒させていたものだ。
  
筆者も、これにはプッと吹き出しそうになったけど、こういうトンデモない話を堂々と語る姿には、圧倒されるものを感じたのも事実だ。本当に度胸のある、たいした人だった。「地底人」の話が正しいかどうかは、なんともいえないが・・・。
 
実際のところ、「地球の内部が空洞になっている」というのは、物理的にありえない。「誰も、地底まで行って見てきた人はいないじゃないか」と言うかもしれないが、本当に地球の内部が空洞だったら、そりゃ現代の科学ではすぐ分かる。実際に穴を掘るまでもなく、振動波の伝わり方とかを見れば分かるのである。
  
だからといって、地底人が存在しないとは限らない。「物理的にはあり得ない」というだけで、異次元の存在としてはあり得る。霊視者の目にそれが見えたとしても、不思議はない。
  
人間、地球の物質世界で長く生きるにつれて、ここでの信念体系に染まっていくのは避けられない。たとえ地球環境に不慣れな人でも、ここに慣れようと悪戦苦闘しているうちに、少しずつ信念が固まってくる。
 
もちろん、考え方は人によって異なるし、船井会長も、「これは違う」と思ったら、率直にそうコメントする人だった。

国や民族によって、価値観は驚くほど異なる。でも、物質世界に特有の信念体系というのは、全人類によって共有されている。この強固な集合意識が、地球の変化を防ぐパワーとなって働いている。せめて、そういう「変化をブロックする」ような側にだけは回りたくないものだ。
  
だからといって、トンデモ話を信じるかって言ったら、それはまた別問題だけど(笑)、意識を変えていくためには、既存の信念から離れていくことが重要だろう。
   
(続く) 
 

船井幸雄会長が帰天

2014年01月24日 | こっくり亭日記
>ネット上で情報が流れているようですが、舩井幸雄が1月19日の22時01分に亡くなりました。享年81歳。大往生でした。(船井幸雄ドットコムより)
 
なんと、ついに巨星が逝ったとは。あの船井幸雄会長が、ついに亡くなった。

ここ数ヶ月は、ブログの更新も息子が代筆していて、ウワサもほとんど聞かなくなっていた。正月には、「体調が良いので、久々に自分でブログを更新した」と書いてあった。だから、また良くなったのかと思っていた。しかし、その翌週には、また代筆により「肺炎で、初の入院」とあった。「初の入院」というところを見ると、今までの数々の病気の話は、自宅療養だったということか。それも、すごい話だな・・・。

その、「人生で初めての入院」のまま、帰らぬ人となった。あの正月のブログ更新は、まさしく最期の言葉となった。そこには、気になることが書いてあった。

いつもの安倍政権批判をひとしきり繰り返した後、

 
>・・・本当のことを実感として知り、それの可否を調べることだと思います。マスメディアの発言は半分は問題外にしてください。それよりも自分の感覚でつかんで、調べ、そして本当のことを知ってほしいのです。
 
>現実に地に足をつけて考えてほしいのです。
 
>いまの世の中は、スピリチュアルなこととか食とか遊びなど、どうでもいいことに浮かれている人に、かなり焦点が当っています。一度そのようなどうでもいいことは忘れ、現実人間にもどってほしいのです。そうしますと、「あっ」と、びっくりするほど、自分のしていたムダに気づくでしょう。間違いも分ると思います。

>いずれにしましても、今年こそは、地に足のついたよい仲間をつくり、仲間間で助けあい、地道に生きてほしいのです。一人ではムリだと思います。
 
>いまさらスピリチュアルやおいしいものに夢中になるという時ではありません。
 
>ぜひ生きるのに必要なことに今年は全力投球をしてください。
 
>ただ、将来への夢と希望は忘れないようにしてくださいね。これらは大事です。
 

要するに、「スピリチュアルのような、どうでもいいことは忘れて、現実的になれ」と言うのだ。今までの、「アセンションの伝道師」としての大活躍ぶりを思えば、別人のような変貌ぶり。

これを見ると、「自身の死を目前にして、現実に目覚め、スピ系から離れたのか?」と思えなくもない。実際、そういう風に受け取った人は少なくなく、「いまさら、何なのさ?」という声もあったと聞く。


ただ、筆者が受けた印象としては、そうは思えない。

確かに、去年からすでに、船井会長の話にはスピ系の話題があまり出てこなくなっていた。代わりに・・・というわけではないが、政治の話ばかりになっていた。

特に、秋ごろは安倍晋三首相の批判ばかりで、1ヶ月間、ブログのすべての記事が安倍批判だった月もあった。

ただ、それは珍しいことではない。というのも、「政治」の話ばかりになるのは、精神世界系のブログが陥りやすい落とし穴だからだ。高島康司氏がいい例で、一見、スピ系の予言マニアに見えるけど、話の中身はスピ系というより「左翼」そのもの。いつも、口を開けば政治の話ばかりだ。

それというのも、精神世界系のジャンルとは異なり、政治や経済には、毎日のように動きがあって、新しいニュースが常に入ってくる。その上、現実の生活に影響を及ぼしているのが目に見えて明らかだから、たいていの人にとって共通の関心事でもある。しかも、いつも対立が深刻で、争いが起きやすい。だから、そちらの話題に傾きやすいのは仕方がないかもしれない。

筆者にも、「左翼・中国・韓国」という、政治的に嫌いな勢力3点セット(?)があるので、ややもすると、それらの批判に走りやすい傾向がある(笑)。そんなことより、瞑想して意識の覚醒を目指すほうが、ずっと重要だとは思うのだが、政治的に嫌いな勢力というのは、やっぱり批判したくなるものだ。
 
その点、船井会長の場合は、いつも安倍政権批判ばかりしていた。
 
  
それはともかく、スピリチュアル系の分野において、船井会長には偉大なる功績がある。抜群の知名度を活かして、「アセンションの伝道師」として大活躍してきた。これは、誰にでもデキることではない。好き嫌いは別にして、まさしく、この分野のオピニオン・リーダーだったのは間違いないだろう。

ただし率直に言って、船井会長自身はともかく、周囲にいる人々が、どうも気に食わなかった。左翼や新興宗教から流れてきた取り巻きの人たちがいて、いつも妙な影響を及ぼしていたから、危なっかしくて仕方なかったのも事実。

何年か前に聞いた講演では、「私は、精神世界に関しては世界一くわしいんじゃないかと言われている」とか、「精神世界については、たぶん、日本一くわしい」と何度も豪語してたけど、それ自体に周囲からの悪影響を感じた。

船井会長は確かにすごいとは思うのだが、知識という面からすれば、多忙な最前線のビジネスマンとしての生活のかたわら、30代からこの分野に入ったという人。ピアノやダンスだって、5歳や6歳から始めれば動きが歴然と違ってくるのと同じで、精神世界も、大人になってから始めたって別に遅くはないとは言うものの、やはり幼少の頃から長くやっている人ならではの蓄積というものもある。

生前によく言っていた、「仏典も聖書も読んだことがない」というのも、精神世界をやる上で特に支障はないけど、「世界一くわしい人」というようなタイプを目指しているのなら、それでは足りないというものだ。

たとえば筆者にしても、キリスト教の話は滅多にしないけど、それは話題に出さないだけで、学生時代にカトリック教会に通って神父に学び、信者並みの信仰と素養を身につけたことがある。欧米の精神世界関係者なら、好き嫌いを別にして、みんなキリスト教の素養を持っているのだから、これは共通の土台として身につけることが望ましい。

仏典もそれに同じで、仏典そのものはもちろん、解説書もどれだけ読んだか分からない。これまた、子供の頃から禅寺に通って座禅を組み、お経を暗誦していた。そうやって、意味もわからずに暗記したものが、だんだん成長するにつれて意味が分かってきた。フロイト先生によると、このようにして身についたものは、精神に深く食い込んで離れなくなるらしい。

仏典や聖書だけでなく、老荘思想や、儒教の四書五経、イスラム教のコーランなども相当に読み込んでいる。もちろん、それ以前に、日本人なら神社への参拝が欠かせない。

そういう宗教的素養の土台をもってして、さらにネット上でもチャネリング情報を追いかけるというところに、ディープなマニアならではの面白さがある(笑)。
 
この精神世界・スピリチュアルという分野の住人は、いい人ばかりではない。むしろ、妖怪みたいな連中が少なくない。自分の「直観」の正しさに自信を持ちすぎたり、他人を信用しすぎたりするのは、あまりにも危険。

要するに、船井会長は、「世界で一番、精神世界にくわしい」というような知識レベルにはホド遠くて、まだまだ知らないことが沢山あった。そこを、新興宗教くずれの人たちにツケ込まれていた面がある。並はずれて好奇心旺盛な人だったのは分かるけど、ちょっと無防備に地雷原を走りすぎてたかもしれない・・・。

 
最晩年の船井会長はどうやら、スピ系・アセンション系からやや距離を置いていたようだ。といっても、「スピリチュアル否定論者になった」というわけではない。単に、政治の話に夢中になりすぎたおかげで、関心がそこに集中してしまったのだと思われる。
 
これまた、本人いわく、「私は、晩年になって直観力がますます冴えてきたので、安倍首相が危険人物であることが、ますます見えてまいりました」と言うけど、客観的に見れば、これも左翼くずれの取り巻き連中の影響だろう。

早い話が、船井会長の周囲に集まってきた人たちには、大きく分けて「政治系」の人たちと「宗教系」の人たちがいて、綱引きをやってるような状態だった。最晩年には、「政治」の方の人たちにベッタリだった様子で、関心がそちらに集中することになった。

でも、政治談義に夢中になりすぎて、相対的にスピリチュアルへの関心が薄れただけで、「否定するに至った」とまでは言いすぎなように思われる。「死後の世界」や「生まれ変わり」など、考え方自体は、大きく変わるような要因がなかった。最後の著書となった「未来への言霊」も、今までどおりの船井スピリチュアル・ワールドだったし。
 
  
なんだかんだ言って、ネガティブな面もかなり大きい人だった。
 
それでも、やはり、タダ者ではなかった。

というより、はっきり言って、すごい人だった。これほど日本に精神世界を広めた人は、他にいないだろう。それだけでなく、発言が常に率直で、さすがと思わされることばかりだった。

「船井オープンワールド」は、とても楽しかった思い出。これからも、忘れ去られることはない・・・。
 

なんたって、背骨が大事 ~ 本山博氏

2014年01月13日 | ヨーガ瞑想
 
クンダリニー・ヨーガの指導者として日本でビッグネームと言えるのは、故・ダンテス=ダイジを別にすれば、本山博だろう。
 
本山博氏といえば、大著「チャクラの覚醒と解脱」を初めとする、ぶあついヨーガやチャクラ関連の本が、大手書店の精神世界コーナーに並んでいる。もちろん、読むのが大変な本も多い。そんな中で、読みやすい上にインパクトが強いのは、「自分でできる超能力ヨガ」(1992年)という本。
 
この本の書名にも端的に表れているように、「超能力」とか「霊がかり」といったものを、少しも避けて通ろうとしないのが、この人の際立った特徴だろう。つまり、ヨーガの域にとどまらず、オカルトや宗教の領域に入っており、“IARP”(国際宗教・超心理学会)という団体も主宰している。もう90歳近い高齢・・・だと思っていたけど、数年前に亡くなったようだ。
 
お弟子さんによると、本山氏はヨーガの修行を通じて超能力を身につけたというより、もともと幼少の頃から霊能者で、「さまざまな体験を重ねてこられた」だそうな。その生まれつきの霊能力を、ヨーガによってチャクラでコントロールする技術を身につけた・・・ということらしい。

この本を読んだからといって、本気で「超能力開発」を目指す人は少数派だろうし、筆者も別に目指していないけど(笑)、本山氏の本の中では、読みやすい入門書として間違いなく有用だ。


「はじめに」から引用すると
 
>日本に超能力ブームが起こってから久しくなります。ひと頃は“科学的に”説明できないものはインチキだ、と白眼視する向きもあったようですが、科学万能が行き詰っている現代において、超能力の不思議な力は、多くの人たちによって見直され始めています。

>超能力を「信じる」「信じない」はすでに次元の低い論争で、現にアメリカやソ連をはじめ世界各国でも、宇宙時代に見直されてきた超能力に国家をあげて取り組んでいるのが現状です。(中略)

>・・・しかし、本書を開いてトレーニングを始める前に、しっかりと心に留めておいていただきたいことがあります。それは、この超能力トレーニングは基本的には心のトレーニングであり、人間の精神を、より高い次元に引き上げて進化させるのが究極の目的であるということです。


この本は、実践的なトレーニング書としての体裁を取っており、第1週から第4週に分かれている。

第1週は「超能力の世界」で、世の中にはどういう超能力があるのかを解説している。

ここで超能力として挙がっているのは、オナジミのテレパシーや、透視・千里眼。注目すべきことに、「霊視・霊聴」も、開発可能な超能力の中に挙げられている。

念力の代表者としては、ユリ・ゲラーが登場する。ユリ・ゲラーといえば、昔、テレビに出て、スプーンを折ったり曲げたり、「壊れた時計を動かしてみせる」と豪語していた人だ。本物の超能力者だったのかどうかは知らないが、本山博氏によると、「本物だということが証明されている」のだという。

それから、インドのヨギがやる「空中浮揚」。病気を治す心霊治療や、心霊手術。

さらには、透視力や念力のテストもついている。「ミディアム」や「ゴースト・ウィスパラー」といった海外ドラマの霊能者モノなどでよく見かける、当てモノのテストだ。

 
こんな超能力が、人間にあったとは。それなのに発現している人がめったにいないのは、心のカラによって閉ざされているからのようだ。第2週「超能力開発のトレーニング」の冒頭には、
 
>・・・超能力は、大昔から、人々によって語り継がれてきた人間の心の神秘な力を、解き放つことによって得られるのです。

>つまり、これから説明する超能力トレーニングは、基本的には、あなたの「心のトレーニング」なのです。生まれてから現在まで、何十年かをかけて固めてきた心ノカラを破り、心を自由にすることが本来の目的です。


いよいよ、トレーニングが始まったようだ。ここで、最も重要なポイントが示される。それは、何か?

一言で言って、それは「背骨」だということになる。


>しかし、そのトレーニングを積んでいくうえで、あなたの背骨が果たす役割が非常に大きいのです。とくに背骨が、ゆがんでいるかいないかが大問題で、もしズレてゆがんでいるようならば、なによりも先にこれを、まっすぐに治しておかなければなりません。

背骨をまっすぐに伸ばすこと。これこそ、クンダリニー・ヨーガにおける、基本中の基本といえる。

というのも、背骨、言い換えればセキ髄こそは、生命エネルギーの通る一本道だからだ。

通常、クンダリニーと呼ばれる生命エネルギーは、尾てい骨にあるムーラダーラ・チャクラに眠っていると考えられている。それを呼び覚まして、背骨の中に通っている中心管・スシュムナーを通し、頭頂のサハスラーラ・チャクラまで引き上げよう・・・というのが、クンダリニー・ヨーガをする人の目標。

そのスシュムナーをまっすぐにすることが、クンダリニーを通すための前提条件になる。「背骨をまっすぐに伸ばすこと」が、ヨーガにおいて、これでもか、これでもかと強調されるのは、根本にこれがあるからだ。

そんなスシュムナー管が実在するかどうかについては、人によって見方が分かれるところだろうけど、それを別にしても、背骨が歪んでいれば、何かと健康に良くないのは確か。ヘタをすれば、慢性の内臓の病気につながることもある。


ただし、本山氏によると、「背骨をまっすぐにする」といっても、必ずしも、一本の棒みたいな直線形にするわけではない。「自然に湾曲している、浅いS字型」のままでまっすぐにする・・・という意味。




背骨が左右に傾いているのも良くない。もっとも、セキツイ湾曲症、つまり、もともと病気で背骨が曲がっている人なら、仕方がないと思えるのだが。「神との使者」を書いたゲイリー・レナードも、少年の頃はセキツイ湾曲症に悩まされ、ずいぶん病院に通ったらしく、それが少年時の苦難の思い出となっている。

自分の背骨が歪んでいるかどうかを知る方法としては、自分でチェックしても、大体わかる。ただし、本山氏によれば、

>自分の背骨がゆがんでいるかどうかを知る方法ですが、これは自分で自分の背骨をさわっても、大体のところは分かります。しかし、ここでは正確に知って、それを治していかなければなりませんので、どうしても自分以外の誰かに背骨をさわってもらい、どこが歪んでいるかを教えてもらわなければなりません。

>本当は、そうした専門家に見てもらうと一番良いのですが、そうでなくても、あなたが足を前に投げ出して座り、後ろから背骨を指先でずっと触ってもらうと、スーッとなめらかな部分と、ポコンと飛び出している部分、あるいは異常に引っ込んでいる部分が、指先の感じで分かります。


超能力者・霊能力者といわれるような人なら、「指先でさわることもなく、手のひらを20センチくらい近づけただけで、どこが悪いのか分かる」のだという。ちなみに、本山博氏自身はどうなのかと言うと、

>私は4歳の頃からこのトレーニングに励み、もうかなりの超能力を身につけることができています。私の場合、他人の背中に手のひらを近づけると、健康な部分は、適当に快いぬくもりが伝わってきて良い気持ちなのですが、悪くなりかけている部分は暑く、もう慢性化しているところは逆に冷たく感じて、その違いですぐ分かります。

・・・だという。

その後、実際に背骨を伸ばす体操の実例が絵つきで出ているのだが、これは相当にキツい(笑)。

(つづく)
 

2014年は、さらに意識が変容する年

2014年01月06日 | 精神世界を語る
   
2013年には、意識が大きく変容した人が多かったと思う。「多かった」と言っても、世の中の全体から見れば、少数派であることに変わりはない。ただし、着実に増えている。
  
意識が変容してくれば、この世での状況にかかわりなく、上機嫌になってくる。さらに進めば、ワクワクしてくる。

もちろん、それは一般論であって、この世での状況によっては、無理があるのも事実だ。現在の状況が悲惨そのものなのに、妙にうれしそうにしているのは、人間として不自然そのもの。それは無理としても、全体としては、やはり上機嫌になる方向に向かっている。

もっとも、以前と比べて、意識の変化が、現実の変化へと結びつきやすくなっている。だから、「これで上機嫌になろうったって、とても無理だ」というほどの悲惨な状況には、だんだんならなくなってくるから、心配は要らない。

変化のスピードは、ますます速くなる。2013年も、世界的なスケールで急激な変化が起きた年だったけど、これからは、さらに加速するだろう。

政治的には、毎年のように言ってることとは言うものの(笑)、そろそろ、「中国が崩壊する」ということが、誰の目にも明らかになるんじゃないかと思われる。というより、2013年には、もう崩壊がハッキリと見えてきた。今までは、「崩壊する、崩壊する」と言われながらも、経済はメキメキ高度成長して、人々の満足度もそれなりに維持されていた。それが、明らかに反転したのが2013年。今年、さらに経済の停滞と、環境の悪化が目立ってくるのは間違いない。

一方、アメリカも、今までほどの覇権国家じゃなくなってきた。2013年にも、「オバマ大統領がシリアを攻撃すると決意したのに、議会に否決されて実行できなかった」とか、「また、なんとか議会で話がついて、アメリカの財政危機は先延ばしされました」とか、そんな話ばかりだった。本当は、石油や天然ガスの採掘技術が発達して、アメリカの国力はますます磐石になっているはずなのに、「国家の意思決定」というようなところで、つまずきまくっている。

「大国に支配されない世界」に向かって、地球は着実に進んでいる。

でも、それより重要なのは、意識を進化させることだ。人類全体としても意識進化が進みやすくなっているけど、全員がそれに参加しているわけじゃないし、ここはまず自分自身の意識進化がモノを言う。

そのためにも、雑念を排除して精神統一し、せっせと瞑想するに限る。


(つづく)


  
 

中国・韓国が変えた、日本人の意識

2014年01月06日 | 東アジアの夜明け

 
早いもので、2014年がやってきた。2013年には、大きく意識が進化した人々もいたし、そうでない人々もいた。

2013年は、アベノミクスが予想以上の成功をおさめて、株価がハネ上がった。年末は、安倍首相が突如として靖国神社に参拝して、世の中が騒然となった。秋の伊勢神宮参拝に続く、神社参拝の第2弾。

政教分離・信教の自由が保障されている日本だけど、やはり、国の基本は神道にある。一国の総理が、伊勢神宮や靖国神社に参拝するのは、日本という国の基本といえるだろう。欧米諸国だって、信教の自由を保障しているとはいうものの、国の基本がキリスト教にあるのは、誰の目にも明らか。しかも、靖国神社に祀られているのは、日本のために死んでいった英霊たちだ。

とは言うものの、個人的には、靖国神社に参拝するのはいいとしても、右翼の人たちが言うほど必要不可欠なこととも思えないので、「反対する人が多いのに、無理に参拝することもないんじゃないか?」と思っていた。神社なんて、他にも沢山あるんだし・・・。でも、左翼や韓国がいつもにも増して猛反対しているのを見て気分が悪くなり、「こんな連中が反対するのなら、賛成」と思うに至った。

先日、香山リカ氏が、「私たちリベラル派(・・・要するに、左翼)が、秘密保護法に反対しているのを見て、『あの人たちが反対するのなら、良い法律なんだろう』という声がネット上にあふれていた。私たちリベラル派は、これほど嫌われているということを自覚しなければいけない」とコメントして話題になったけど、まさしく、その通り。

それが証拠に、靖国神社への参拝客は、いつもの年より大幅に増えているという。火がついたような勢いで左翼と韓国が反対を叫べば叫ぶほど、日本国民の反感がつのり、参拝賛成の人が増えていくという図式(笑)。いまや、靖国参拝は、「どちらでもいいよ」という人までが賛成に回り、賛成多数になっている。
 
 
それにしても去年は、日本人の韓国に対する感情が、一気に悪化した年だった。 2012年の前半までは、韓流ドラマとK-POP、観光旅行のおかげでグングン上昇していた好感度が、後半から劇的に反転して一挙に悪化し、いまやメチャクチャに悪化している。

観光バスが数珠つなぎになるほど栄えていた新大久保のコリアンタウンも、ガラガラになって閑古鳥が鳴き、「売り上げが半分以下に落ちた」、「飲食店の3分の1が閉店した」といった悲鳴が聞こえてくる。韓国への観光旅行も、大幅に減った。特に、現地で一番よく遊び、よくお金を使う「韓流おばさん」たちが行かなくなったため、観光業界の売り上げは落ち込みが大きい。キムチやマッコリの売り上げも激減し、K-POPの売り上げも半減どころじゃない落ち込みぶりだ。日本企業の韓国への投資も、たった一年で、半分近くに減った。

どれも、「韓流が世界に広がっている」とは名ばかりで、実際のところ、買ってるのはほとんど日本人ばかりだった。キムチやマッコリ、K-POPなど、「輸出先の8割は日本」と韓国の新聞が書いていたから、まず間違いない。伝統的に外貨不足に悩んでいる韓国にとっては、かなり強烈な打撃だろう。

これに対して、韓国人からは、「ええ~っ、なんで?」という驚きの声が聞こえてくる。というのも、韓国が「反日」なのは、今に始まったことじゃないからだ。ずっと前から、あの国は年がら年中、日本の悪口ばかり言っている。それも、日本の常識では考えられないほど、ハチャメチャな罵詈雑言や呪詛が多い。大統領が、海外に出てまで日本の悪口を言って回るのも、今に始まったことではない。韓国人は誰もが、子供の頃から日本の悪口を見るのも聞くのも慣れきっているため、「反日」が日常の思考の中に完全に溶け込んでいる。もはや、自分たちが「反日」だということさえ自覚できないほど、「反日」は韓国の文化そのものになっている。

だから、「反日」を自覚することなく、日本のマンガやアニメを愛好したり、日本人と仲良くしている韓国人は、意外と多い。「日本人は、韓国は反日だといつも言うけど、そんなことないよ」とか、「周りの人はみんな、日本が好きですよ」という人も決して少なくない。

でも、だからといって、「なんだ、韓国って、意外と親日なんだな?」と思うのは、まだ早い。

これは筆者には、よく分かることなのだ。というのも、前にも書いたけど、個人的に、韓流ドラマやKーPOP、キムチやマッコリ・・・そういったものが大好きだった。それでいて、韓国をよく批判していた。よく酒を飲んで政治問題を語る左翼の知人にも、「いつも疑問に思うんだが、左翼の人たちは、なんで韓国寄りな発言ばかりするんだ? あれは、反日キチガイ国家だよ」という話をしたところ、「そうやって批判する割には、妙に韓国の文化が好きだな。プルコギやサムギョプサルを食べながら韓国を批判しても、説得力がないぞ?」とアキレられてしまった。

でも、それとこれとは、別問題。

つまり、日ごろの行動を見る限りでは、「韓流ファン」。それでいて、観念においては、「嫌韓」。これは、矛盾してるようでいて、しっかりと両立する。それと同じように、日常生活においては「親日」だという韓国人も、観念においては「反日」であることが、大いにありうる。・・・ていうか、韓国人には、そういう人が多い。

なんで、観念においては「反日」や「嫌韓」になるのかと言うと、それは明らかに「歴史問題」のせいだ。

まあ、韓国も、いずれは変わるだろう。韓国人の意識も少しずつ変わってきているし、情報が出回ったおかげもあって、「歴史問題」を乗り越えた本当の意味での「親日」の人も、だんだん出てきている。
 
  
それはともかく、韓国の主張する「歴史問題」に、日本人の反感がつのって、日本人の意識は大きく変わりつつある。

左翼に言わせれば、「日本人は不健全なナショナリズムに走り、排他的になってきた」ということになる。「日本では、長らく経済が低迷したおかげで、生活が苦しくなったため、隣の国を非難してウップンを晴らしている」というのだ。彼らが「問題だ」と言うのは、在特会のデモ隊が新大久保や鶴橋でやってた、「ヘイトスピーチ」のこと。

もっともらしい話だけど、これは当たっていない。というのも、在特会が「日本から出て行け」と叫んでいた対象は、「韓国」ではなく、「在日」だったからだ。これは、微妙なようで、重大なポイント。「在日は、生活保護を受けてぬくぬくと暮らしている特権階級だ。ケシカラン」と言って怒る人たちが出てきたのは、確かに、「日本経済が長らく低迷して苦しくなった」こととも大きな関係があるだろう。筆者としては、もしも日本に「在日」がいなかったら、さぞかし退屈な国になっただろうとしか思えないので、こういう人たちが出てきたのは残念だ。

でも、それと、2012年の後半あたりから韓国嫌いな人が増えてきたこととの間には、ほとんど関係がない。日本人が韓国嫌いになったのは、ひとえに、韓国があまりにも反日キチガイ国家なのを見て、日本人がウンザリしたおかげ。単に日本の悪口を言ってるだけなら、それほど気にしなかっただろうが、韓国の場合は「やりすぎ」というか何というか、やりかたが異常すぎるので、さすがに日本人の反感を買った。その一言に尽きる。
 
 
もうひとつ、日本人の意識を大きく変えつつあるのは、中国の海軍力膨張だろう。これは、日本だけでなく、台湾やフィリピン・ベトナムその他にとっても、それ以上に深刻な脅威となっている。

これまた筆者は、中国の料理や文化、時代劇などが大好き。最近は見てないけど、以前はマニアックな大陸の武侠ドラマにハマって、抜け出せなくなったほどだ。それでいて、ずっと前から「反中」、「中国の脅威」を唱えている。矛盾してるようだけど、それが人間の常というものだろう(笑)。

それは、こちらだけでなく、中国の側でも変わらない。韓国の場合と同じく、中国でも、「日本の文化は好きだが、それでいて日本に敵意を燃やしている」という、奇妙な「親日なのに反日」の中国人が増えている。

まあ、中国も、いずれは変わることだろう。もっとも、あの国の場合は、国民の意識が変わるより先に、政治体制が潰れそうだが・・・。
 

これまで、日本人の多くは、日本の国内か、せいぜいアメリカくらいしか意識していなかった。アメリカを意識すると言ったって、しょせん太平洋の向こう側にある遠い国だから、強く意識しなくて済んでいた。それが、東アジア諸国に目を向けた結果、危険な反日国家の存在についても、強く意識するようになってきた。これは、左翼が言うような「偏狭なナショナリズム」などではない。むしろ、逆だ。日本人の意識が、東アジアに広がったおかげで、現実が見えてきたのだ。


これによって、日本の文化の独自性も、強く意識されるようになる。

神社に参拝して、日本の神々や英霊を祀るのは、日本人として、ごく自然なことだろう。

日本が、「神の国」に戻るときが来た。いよいよ、日本人の意識が大きく変わってきた。それをウチワで煽って、せっせと燃料を補給してくれたのは、左翼と韓国、それに中国。これも、やっぱり運命というものなのか・・・。
 
その一方で、台湾や、東南アジアの国々には、日本が大好きな人が多い。日本人も、台湾や東南アジアが好きな人が大半で、相思相愛の関係になっている。これらの国々との間にも「歴史問題」はあったけど、韓国のような儒教国家と違って、南の国の人たちには「歴史問題にこだわる」という発想がもともとないから、乗り越えることができた。
 
一部の硬直した体制の国々を除いて、アジアの意識は、一体化へと向かっている・・・。