「中央区を、子育て日本一の区へ」こども元気クリニック・病児保育室  小児科医 小坂和輝のblog

感染を制御しつつ、子ども達の学び・育ちの環境づくりをして行きましょう!病児保育も鋭意実施中。子ども達に健康への気づきを。

西田幾多郎「非常時なればなるほど、我々は一面において落ちついて深く遠く考えねばならぬと思う」コロナ禍という「非常時」だからこそ、学ぶ。学ぶとは?子育てとは?

2021-01-22 11:15:35 | 西田幾多郎、哲学

 西田幾多郎氏 1870(明治3)-1945(昭和20)、コロナ禍の今こそ、学ぶべき存在であると考えています。

 政策の支柱を与えて下さっています。

 さらには、学問、子育ての本質を語って下さっています。

 

 すなわち、

 子ども「なんで、べんきょうなんかするの?」

 西田「べんきょうは、いのちのためにします。いのちがもっともたいせつです。いのちをわすれたおべんきょうは、いりません。」

 子ども「いのちをわすれたら、どうなるの?」

 西田「そのようなおべんきょうでえた、お金、立場、体、技術、知能は、かんたんにわるいこととむすびつき、わるいよのなかになってしまいます。」

   「たとえそのやれることが小さくても、愛情にみちていれば、大きないみがあります。」

 子ども「自分にもそんな愛情の種あるかな?」

 西田「土に埋まっていてみえないかもしれないけど、きっときみの心の種がみつかるよ。」

(西田幾太郎全集 17巻 岩波書店)

**************

 親「子育てで、なにが大切なのですか?」

 西田「お互いの喜怒哀楽を、「わがこと」のように、いっしょに感じることです。

    親と子が、心では、それぞれに入れ替われるほど、お互いを「わがこと」として感じることができること、

    お互いの心を感じ合えること。

    別の言い方をすると、それは、「無私」。

    「無私」、私が全身を投げ出せるような状態、私たちが「私」をなくすことのできる状態。

    親と子が、ともに「私」が主語ではなくなる状態。」

(第四編 宗教 第五章 知と愛)


*原著『善の研究』では、読み切れず、NHKテキスト『100分de名著』の助けを借りています。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする