波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

個室    第9回

2016-05-23 10:30:23 | Weblog
今まで仕事に出かけて帰るときに電話が来ないことはなかった。それは駅から家までの距離があることで疲れた身体で歩くことは、まして酔っていればなおさらであろうと思うからだ。
そしてそんな習慣がついてから時子はこの時間が一番心が休まるときでもあった。風采も上がらず、特別面白いことを言うわけでもない。大阪にいたときはどうしてこんな人と結婚する気になったのだろうと我ながら不思議な気がしていたが、よく考えてみるとどんなときでも大きな声をすることはなかった。娘が生まれると優しくかわいがってくれるし、知らなかったことだが
何もするにも器用なところがあった。だから何か細工物でも、困ったことがあると一夫はすぐこつこつと時子のために頼まれたことをするのだった。
何より優しさがとりえであった。お酒だけは身体に障るといけないのでほどほどにと願っていたが、其の日によって飲む量は違ったいた。そんな一夫が電話をかけてこないことは結婚以来初めてのことであった。酔っ払ってどこかのホテルへ泊まって電話をするのを忘れたのだろうと思い、「しょうがないわね」とつぶやきながら時子は其の日の仕事にかかろうとしていた。
その時だった。電話が鳴った。「杉山さんのお宅ですね。奥様はいらっしゃいますか。」「はい。私ですが、」「実はご主人が亡くなられてこちらにお預かりしているのですが、、念のためご確認をかねておいでいただけないでしょうか。」
言葉が出なかった。「亡くなった」「死んだと言うことか」そんなはずがない。何かの間違いだと思うし、違う人ではないか。一瞬そんなことが頭をよぎったが、電話口で「確かに杉山なのでしょうか。」「服に入っていた名詞にはそう書いてありますが、」
何かの間違いだと思いたく、第一もしそうなら会社から電話がありそうなものであり、警察から電話が来ることはないはずだ。何故警察から電話なのだろう。時子はすっかり混乱した頭で
出かける用意をした。全く様子が分からないし、信じられない電話である。
そんなはずはない。あれだけ元気に昨日仕事に行ったのだから。
誰もいないので隣へ子供たちが学校から帰ってきたときのことを頼んであわてて車で駅まで出かけた。