波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

個室   第7回

2016-05-11 09:19:30 | Weblog
正月風景は普段と違って特別である。都内を歩いても何となく人の顔は和らぎ、和服姿にであったり、手に正月の縁起物を持っている人もいる。木村と一夫も其の中の一人であった。
華僑の社長の勧めるままに紙コップの強い中国の酒を冷やで飲み干した一夫はいつもと変わりなく次の客先へと回っていた。予定していたコースを終わるころには3時を回っていた。
最後の客先は親会社が一緒の親しい商社で下町にあった。挨拶によると早めのセレモニーが終わっていて20人ばかりの社員が乾杯の杯を上げて正月を祝っていた。取りあえず挨拶を済ませると一緒に乾杯をしようと誘われ宴会の中に加えられた。
そこでつまみを食べながら「今年もよろしく」と声をかけながらコップを持って回っていた。
やがて時が過ぎ、三々五々に帰宅し始めた。木村も早々に帰ろうと一夫に声をかけると少し様子がおかしい。木村は酒を飲まないので一夫に声をかけて帰ろうと促すのだが、応じないのだ。
「もうみんな帰るからお邪魔になるよ。そろそろ帰ろう」と言うが一向に動こうとしなくなっていた。「しまった」と思ったがも遅かった。一夫はすっかり酩酊していた。
特別騒ぐわけでもなく、暴れるわけでもないが言うことを聞かない。むしろこちらの言葉が
理解できていないのかもしれない。片手に酒瓶を持ち両手を広げて、仁王立ちである。
木村はあわてて会社へ電話すると車で迎えに来るように連絡を取った。間もなく二人の社員が駆けつけて一夫を車に乗せて帰ろうとするのだが、容易に動こうとしない。
それをみんなで何とかなだめながらやっと車に乗せることが出来た。木村はとっさに、この状態ではとても太田の自宅へ一人で返すわけには行かない。
そこで木村は自分の家へ連れて行き、そこで寝かせるしかないと判断し帰ることにした。
やっと家について車から降ろそうとするが、どうしても降りない。あしを突っ張ってすごい力である。見ると靴はどこかで脱いでしまったのか、はいていないし、服も脱いだままである。
已む無く木村は「悪いけど、このまま自宅まで届けてやってほしい。其の間は寝ているだろうし、着いたら奥さんもいることだろうから気がつくだろうから」そう言って送り出した。