波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

 オショロコマのように生きた男  第81回

2012-03-16 10:22:44 | Weblog
どうやら野間は少し仕事が調子よく回るようになったので油断したのかもしれない。又自信を持ちすぎたのかもしれなかった。
加藤は営業成績を上げて自分の待遇を良くして貰うつもりがあったと思うし、そんなことから今回の群馬工場の建設へと一気に進んだが、その裏にはそれを裏付ける堅い根拠はなかったのだ。たぶん計算通りうまくいくだろうとと言う目算だけだったのかも知れない。銀行からの借入金だけは六千万円を越えていて、更に追加が必要であった。
野間は今までの経験や現状の売り上げ状況、そして自分の技術にも自信を持っていた。だから少し時間がかかったとしても
必ず計画通り進むと考えていたに違いなかった。
しかしそれが足元から崩れて、計画通りにならないことが見えてくるのにそんなに時間はかからなかった。加藤から毎月
清算される経費は野間が予測している金額をいつも大幅に上回っていた。その内容を聞き質してもあいまいな答えでそれを
明確に証明するものは出てこなかった。それが真実ではないこともやがて分かり、信用できなくなっていた。
そして事故が発生し、営業計画は頓挫して予定の金額にまで伸びることはなく次第に野間は疑心暗鬼になっていた。
そして終に決断せざるを得ない時がきた。「加藤君、悪いけど今月一杯で辞めてもらいたい」それは聞き方によっては冷酷であり、一方的だったかもしれない。しかしこのままの状態を続けて将来に禍根を残すかどうかは自分の責任であることを野間は
はっきりと自覚していた。そして余力のあるうちにと、苦しい決断をしたのだ。
当然ながら加藤のいなくなった後の負担は野間の肩に大きくのしかかった。千葉工場は婿であり、工場長でもあった大島に
全て任せて自分は群馬工場を管理することにした。二つの工場の運営を健全にしていくことは、考えているより実際にやっていくうちにかなりのプレッシャーであることが分かってきた。借入金の返済と人件費をまかなうことが次第に苦しくなってきたのである。ある日、野間は千葉へ帰ってくると久子と大島を事務所に呼んだ。「色々考えて手を尽くしてみたが、群馬はどうしても採算が合わないし、合ったとしても時間がかかりすぎる。この辺で決断しなければ命取りになると思うんだが君たちの意見も聞きたい」と相談を持ちかけた。それは野間にすれば飽くまでも形式であって、彼らから具体的な意見が出ることを期待していたわけではなかった。ただ黙って閉めると言うことは出来ないので前もって話しておきたいと思ったのと自分自身へのけじめでもあった。