波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

   オショロコマのように生きた男  第30回

2011-09-20 10:49:33 | Weblog
なんだか窮屈そうだな!そんな印象が強く、気乗りがしなかった。大会社にありがちな礼儀作法や言葉使いがうるさそうな雰囲気である。今までのような気持ちで仕事が出来そうもなさそうだ。そんなことを考えるていると返事が遅れ、決心も鈍くなっていた。数日たった頃、村田から電話が入る。「返事を急がれているんだ。断ってもいいけど、どうする。」と聞かれた。
人間関係の付き合いを考えると煩そうで断りたい気持ちが強かったが、仕事には未練があった。
宏はM社でもう少しやりたかったことが出来なかったことが頭にあり、この仕事を簡単に断ることも出来ず、躊躇せざるを得なかった。そして仕事に惹かれるように承諾することにした。
「お世話になりますので、よろしくお願いします」と返事をした。すると、T商事から「すぐ現地の工場へ行ってくれ」と
要請された。横浜の郊外にバラック立ての工場があり、その工場の隅に狭い事務室があり、そこに宏のデスクがあった。
派遣されてきたお目付け役の役員が、数人の若い者を連れてきており、前任の技術者も居て賑やかに仕事が始まった。
引継ぎの仕事もあったが、素人集団と言うこともあって、仕事の能率は悪く、軌道に乗るには時間がかかりそうであった。
「野間さん、万事よろしく頼みます。何しろ初めての事ばかりで、なれないので、よく教えてください。」とは言うものの
煩く注文だけはつけてくる。しかし、引き受けた以上、この仕事をやり遂げなければならないということ、そしてなんとしても
この技術を身につけてマスターしたい思いが強く、我慢して眼をつぶるしかないと仕事に取り掛かっていた。
一年とはいえ、やはり経験して身につけたことは生きていた。そして自分が工夫し、考えていたことも試すことが出来た。
そのことが嫌なことを忘れさせ、やる気を起こさせていた。
原料を型にいれ、成型し図面の寸法にあわせる。そして成型された製品に磁力をつける。そしてその特性を計り、検査する。
その工程の中で、最も重要なことは図面どおりの型にする金型と称するものを準備することであった。
宏は最初からここに目をつけていて、研究を重ねていた。そして自分なりに工夫を凝らし、あれこれと実験を重ねていた。
それは彼の将来を大きく左右する、重要なノウハウを身に着けることになるとは、その時本にも気づいていなかったのである。
オショロコマが川の中で大きく飛び跳ねた一瞬でもあった。