波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

  オショロコマのように生きた男   第29回

2011-09-17 11:23:47 | Weblog
「親会社はうちの会社を含めて20社以上の関係会社があるんだが、そのうちの一社が新しい会社を買収したらしいのだ。
ところがその会社の業務は今まで経験したことのない仕事で、その内容に詳しい人が居なくて困っているらしいんだ。
誰か探してほしいと頼まれてね。私は野間さんがM社でその仕事をしていることを池田さんから聞いていたので、あなたのことを話したら、ぜひ紹介してほしいと頼まれちゃったんだ。」
確かに話を聞くと、自分がやっていた仕事と同じ内容のようである。M社の阿藤社長ともそのことについては何の約定もなく
仕事をしてはいけないと言うことはなかった。しかし、すぐ返事はしなかった。
いろいろと周辺情報を知っておきたかったし、現場の工場も見ておきたかった。「もし良かったらその会社の工場を見せてもらいたいのですが、案内してもらえますかね。その上でお返事を考えたいのですが、」
「そうですか。それじゃあその会社の担当している会社がT商事なので、そこの社長を紹介するので、一度一緒に行きませんか。」堅苦しいことの嫌いな宏はあまり気が進まなかったが、行くしかないかとうなづいた。
箱崎町の一角にその会社はあった。宏を迎えたのは背丈の大きい大柄な眉毛が太い、如何にも権勢を感じさせる雰囲気を持つ人であった。しかし話すと言葉が慇懃であり、静かであった。「この仕事の経験があると聞いているけど、どのくらいやっておられたのですか。」「そうですね。そんなに長くないです。約一年ぐらいでしょうか。」「所で、この仕事は実際儲かると思いますか。」といきなり突っ込んできた。「いや、私にも分かりません。今まであまり使われていなかったものですから、どうなるか分かりませんが、これからのものとしては面白いと思います。私は個人的にはやってみたいと思っています。」
宏は正直に率直に自分の意見を述べた。相手をおもねったり、遠慮する気はまったくなかった。断れれば、それも仕方がないことだと思うし、どちらになっても良いと思っていた。
「せっかく親会社のほうで承認を得て、買ったものでね。出来れば成功させたいと思っているのだが、利益が出ないと困るんでね。」と言っている。
そのことには反応もせず、無視していた。どちらになっても自分には関係ないことである。ただ、この仕事には興味があり、
魅力があった。出来れば一人でやってみたいくらいである。その勉強の機会であり、経験をつむチャンスであった。
「じゃあ、後日こちらから連絡させてもらうよ。今日はご苦労様昼飯でも食べて帰ってください」社長は立ち上がりながら静かに笑っていた。