波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

  オヨナさんと私    第69回

2010-02-22 07:46:19 | Weblog
彼女は暫く黙ったままだった。どうしたのだろうかとオヨナさんはスケッチを続けながら考えていると、「彼がね、好きな人ができたよと言ったの。えっつと思ったけどもう若くはないし、あまり騒がないでいよう。そう思ったけど、この際自分の人生を考え直すときかなとも考えたの。でもなかなか決断が付かないのよ。ねえ、如何思う。?」
彼女を傷つけないで、新しい出発が出来る様にしてあげたい。でもどう言ってみても彼女の気持ちをそのままにしておくことは出来ない。つらいかもしれないけど、ここはきちんと言うべきことを言わなければならないか。彼女もどうしようもない自分の心にふんぎりをつけてもらいたくて、背中を押してもらいたくているのかもしれない。オヨナさんは冷静だった。「もう終わりにしようよ。そして長い間楽しい時間を持ててよかったと思うことだよ。前に進むために終わる事が大事だよ。」元々、結果的には略奪婚のようなものだった。
昔から、この場合子供がいるか、作るかして既成事実を持って一緒になることが多い。彼女はそれをあえてしなかった。男は子供がいるのと、いないのでは気持ちが違う。彼女は
あなたは彼が私のために別れたのだから、自分と別れることは無いと思っていたのだろう。
だけど現実的には目の前のことを見ようとしていなかっただけなのだ。
「当分は淋しいだろうし、つらいだろうと思う。でもこれはどうしても乗り越えなければならない事だよ。」彼女は黙っていた。もっとやさしいことを言ってくれると思いながら、やはりそういうことかとも思い、落ち込んでいく自分の気持ちを抑えているのかもしれない。
「ありがとう。私も分っているんだけど、踏ん切りがつかないでいたの。オヨナさんにそういってもらって気持ちも決まったわ。これからは大人の気持ちになって一人で歩いていくわ。オヨナさんこれから時々電話するから、お話聞かせてね。それできっと元気になれると思うわ。よろしくね。」一生懸命自分の気持ちを引き立てて話している彼女を見ながら、ここは自分も強くなって、憎まれても優しいことを言ってはいけないと我慢しながらスケッチを続けた。窓の外を眺めながら憂いを漂わせて坐っている彼女の姿が見事に浮かび上がってきた。「出来たよ。ありがとう。私もこれを見ながら君を思い出すことが出来る。元気を出して、これからも幸せになって欲しいね。」オヨナさんは満足だった。
ホテルのフロントまで彼女を見送り、其処で別れた、小さく手を振り、さっと駆けるように後ろを向き、歩き始めた。オヨナさんはそのまま暫く動くことが出来なかった。