J-Blueの雑記帳(近場を歩く)

此のBlogを雑記帳代わりにと始めました。最近はハイキング・旅行等の写真を中心に記録性を高めた内容と編集にして居ます。

小諸市小諸城趾「懐古園」を見る

2022年07月27日 | 見学様々(屋内・屋外)
コロナ禍である物の、久々の泊り掛けの宿泊旅行に出掛けた。
テレビ等では観光地など可也人手があり混雑している様な報道ですが、実際の所それ程各地の観光地に人が繰出した様には見えない。
現地に到着してやはり多くの人が旅行などを控えている感じがする、混雑しているのはごく一部の有名観光地ぐらいか?
と言う事で今回小諸市の小諸城趾観光から始り長野県「善光寺」迄足を伸しました。
タイトル写真は小諸城趾「天守台跡」から西北方向を撮った物です。西方向には八ヶ岳などが見えるらしいのですが雲が掛りハッキリと判りませんでした。

写真のRAW現像と編集で丸一日係ってしまった。写真の枚数が多く、どうやらPCの性能が悪い事がネックになって居ます。困ったもんだ!




駐車場から「三の門」へ出る前に設置したあった案内版をトリミングした地図です。
朝自宅を7時30分頃出発して10時40分頃現着しました。土曜日ですが若干の渋滞で済みました。
小諸駅JR線を挟んで反対側へは行きませんでした。地図の文字が小さく読みにくいですがご勘弁を。




JR小諸駅ホームから跨線橋を渡るとこの写真の所へ出る、写真の道を下って行くと「三の門」へ出る。



懐古園の変額が架かっていますが此がお城の「三の門」。「大手門」はJR線の反対側の大手門公園となっています。丁度お城の敷地をJR線が分断する形になっています。




「徴古館」公園事務所兼資料館となっています。





入場料を払い「二の丸跡」の、のずら積の石垣に沿って入場します。





鍵の手に曲ると「二の丸跡」に出ます写真の階段を登り広くなった場所をグルリと廻ります。




「二の丸跡」。そこから北東方向でしょうか、浅間山山系が見えますがこの時雲に隠れて仕舞いました。





「黒門橋」この橋を渡って「懐古神社」へ向かいます。





「懐古神社」の鳥居が見えてきました。鳥居の手前を左に入ると「鏡石」の池に出ます。




池には噴水があり、立派な錦鯉が泳いでいました。





池を過ぎると石垣の上に出て「天守台跡」へ行く事が出来ます。この石垣を行くと突き当りが「天守台跡」桜並木になっており見晴しも良い。




ここが天守台、広さが100坪位でしょうか?そんなにないかな?





タイトルの写真





浅間山方面ですが相変らず雲が多めです。





天守台から南方面です。木が大きくなって見晴しが効きません。昔天守が有った時は木がそれ程多くなく且つ小さかったのだろうと思います。




天守台から戻り「富士見展望台」へ来ました。写真に書込みを入れましたが、雲が多く富士山は無理のようです。




この城は自然の深い谷地形を利用していて、浅間山の噴火物が積もった火山灰土の台地が浸食され、深い谷で区切られた「田切地形」山本勘助が造ったと伝えられる中世の城らしい。詳しくは「小諸城趾」でNet検索して下さい。




次に隣の動物園に行きます。その内のフラミンゴ





フクロウは三羽ほど居ました。1羽は怪我で動けなくなった野生の鳥でリハビリ中でした。細かい網が邪魔でしたがなんとか気にならない程度に撮影できました。
その他にライオンや猿、羊等々居ました。




最後に右手に「地獄谷」左手に「千曲川」に挟まれた「水の手展望台」へ行きます。
千曲川を見おろす高台です。写真の上の方(下流方向)に有る「布引観音」へ午後から行きます。





小諸近辺は「そば処」美味しい手打そばが沢山有ります。懐古園の中にあるソバ屋さんで昼食にします。大盛を注文しましたが量が多すぎで息子に分けました。地方の方が量的に多い店が多く都内は逆に値が張る割に量が少ない、江戸切りソバは繊細で上品ですが・・・・
昼食の後、小諸城趾から数キロ離れた「布引観音」へ向います。