【古事記編纂1300年記念の連作も】
鮮やかな色彩、あふれるばかりの躍動感、口からは劇画のような吹き出し――。奈良市出身で日本を代表する洋画家、絹谷幸二(69歳)の作品は自由奔放な独創性で、見る者を独自の〝絹谷ワールド〟に引き込む。いま奈良県立美術館(奈良市)で特別展「絹谷幸二~豊饒(ほうじょう)なるイメージ」(12月16日まで)が開かれている。展示作品は東京芸大在学中の初期の作品から最新作までの約80点。絹谷芸術の神髄を年代ごとにたどることができる。
立体像「モンマルトルの恋人」
会場は第1部絹谷芸術の形成(1960~70年代)、第2部開花(80~90年代)、第3部飛躍(2000~11年)に分かれ、最後に古事記編纂1300年を記念して新しく制作された「古事記シリーズ」が並ぶ。第1部には漆喰壁に壁画を描くアフレスコ技法による作品を展示。絹谷は学生時代、古美術研修旅行で法隆寺を訪れ、そこで焼けた金堂壁画を目にした。「焼け焦げても見る人の琴線を震わせる壁画の存在感と訴求力に圧倒された」という。それが古典技法習得につながったのだろう。稲妻のように走る線表現の「アンセルモ氏の肖像」、あふれる涙と木偶(でく)の体、青空を飛ぶ戦闘機が描かれた「アンジェラの蒼い空Ⅱ」などが印象に残る。
98長野五輪「銀嶺の女神」
第2部では輪郭線を消去した点描表現の作品が増えてくる。劇画のような奔放な表現も目立ち、第19回日本芸術大賞受賞の「チェスキーニ氏の肖像」も口元から文字があふれ出る。1987年の奈良県置県100年記念のアフレスコ画「大和遠望」は旭日に照らされた古都を、原色の赤を基調に南洋的な明るさで描いた。会場には98長野冬季五輪のポスター原画「銀嶺の女神」や立体木像「ニューヨークの天使」「モンマルトルの恋人」なども展示されていた。
第3部に入ると、日本的・東洋的なモチーフが増えるとともに、動と静の対照的な作品が並ぶ。「蒼穹夢譚」は点描で風神雷神を描いたもの。「蒼天富岳龍宝図」はそびえる富士の前で雄飛する龍がまるで織物のような風合いで描かれていた。「自画像・夢」は口から般若心経の「色即是空」が唱えられ、自画像「発火激情」も口から「平和」と「Peace」の言葉が飛び出す。
「蒼穹夢譚」
2011年作の「富嶽飛龍日月」には東日本大震災の鎮魂と復興への願いを込めた。「波乗り七福神」は七福神が満面笑みをたたえて水上スキーを楽しむもので、そのユーモラスな構図に観覧する人たちもついニコニコ。古事記シリーズは自ら古事記にまつわる日本各地を巡ったうえで制作したという。「黄泉比良坂」「天の岩戸 曙光」「天孫降臨Ⅰ、Ⅱ」など200号の大作のほか、大きな立体作品の「天の岩戸」「神武ヤタガラス」「ヤマトタケル」などを音響付きで展示していた。
絹谷の作品については「まるで劇画」などと一部で批判にもさらされてきたが、その自由奔放さと果てしない創造力がまさに絹谷芸術の真骨頂だろう。来年1月に古希を迎えるとは思えない若々しい感性と精力的な姿勢はただ感服するばかり。会期中にもう一度、会場を訪ねて絹谷ワールドにどっぷり漬かってみようかな。