AID STATION

今を精一杯生きたい

ミラクルKさん(萩往還完踏記)

2007年05月11日 20時25分14秒 | インポート

 5月2日午後4時半に仲間の車2台に11人が分乗して山口に着いた。6時スタートなのでさっそく受付をして駐車場横で着替え、食事をして荷物を預けてそそくさにスタートに並んだ。15分前から選手のチェックが始まったが、運よく1番スタートに入れた。

 午後6時、恒例の会長小野さんの「エイエイオー」の掛け声とともにスタート。天気も気温もよく、ほどよい風がふくマラニック日和り。

 10kmあたりで2番スタートのKさんが追いついてきた。とても調子がよく足が自然に速く動くそうである。さらにKさんは先頭グループと一緒に先に行ってしまった。昨年ペースの遅い人と一緒に走って失敗したので、今回は最初から飛ばすつもりだなと思ったが、ちょっと無謀である。

 20kmあたりでうしろから声がした。なんとKさんだった。先に行っているとばかり思っていたが、ついて行けなくなったそうである。あたり前田のクラッカーである。ペース配分を考えない走りがKさんの特徴かもしれないが、先はまだ長い、一緒に行くことを勧めた。

 ところが、Kさんは足の調子がいいのか走るスピードが速い。私もつられてハイスピードで走ることになった。各地点の到着時間が前年より少しずつ早くなってきた。午前1時に豊田湖(57km)に着いたが記帳簿を見ると100番以内だった。こんなに早くここに着いたのは初めてである。

 最初のチェックポイント俵島(97km)に着いたのは午前7時。Kさんは昨年は10時ごろに着いたそうである。3時間も早く着いた事に喜ばれてか、水を飲んだ後チェックカードにチェックをしないで帰ろうとされたので注意した。目が離せない人である。

 ここからしばらくは折り返しなので仲間に会える。みなさん余裕があり昨年より時間が早いようだった。やはり気候のせいで走りやすいようだ。

 千畳敷(125km)に午後0時10分に着いた。もやがかかってすばらしい日本海の景色は見られなかった。風が強く早々に退散してふもとの中学生のエイドで休んだ。Kさんの話によると昨年は一緒にいた人が道を間違え、中学生のエイドは通らなかったそうである。さらに仙崎から宗頭までも道を間違え6時間近くのタイムロスをして宗頭に午前4時に着いたそうである。一緒にいた人は途中でリタイヤされ、一人で宗頭に着いたということなのだが信じられない。本当にそんなことが起こりうるのだろうか。Kさんではないと体験できない話だと納得する一方あきれた。

 仙崎に午後3時半に着いた。ここでKさんが急に遅れだした。足にまめができたそうでスピードが出せなくなっていた。30分ほどの差ができてしまった。ここで悩んだ。30分待つか、これから先走れないだろうから自分のゴールのことも考えて分かれて行くか。途中ですれ違った際「先に行きます。宗頭で会ったらまた一緒に行きましょう」と言った。しかし、Kさんの走る姿を見て、おそらくこれでもう会うことはないだろうと感じた。

 ところが、仙崎にもどり少し休んで宗頭に行こうとしたところ後ろ髪を引っ張られるようなめまいを感じた。これはいかんと思いシートに横になった。10分してもめまいは取れなかった。結局30分休んでやっと立てるようになり再スタートすることにした。

 その時である。うしろから「ちょっと待って!」という声。なんとKさんが必死にこちらへ走ってこられた。あきらめていなかったのだ。ひょっとしてKさんの執念が「先に行くな」「待ってちょうだい」と私を引き止めていたのではなかろうか。そう考えないとあまりにも偶然すぎる。しかし、Kさんを宗頭まで連れていけることになりホッとした。私も疲れていたし、Kさんの足を休ませるために宗頭まではゆっくり歩いていった。

 午後9時半、宗頭(176km)の休憩所に着いた。Kさんは昨年より6時間も早く着いたことに余裕の笑顔がみられた。午後11時15分に出発するように約束して私はすぐ着替えて寝た。1時間後、目を覚ましたが起きた瞬間スーッと顔から血の気が引いた。脳貧血である。やばいと思ってすぐまた横になったが、いつまでも横になってはおられない。約束の時間までに玄関に行かなければならない。一人なら止めてしまうところだが、一緒に行こうと約束した以上なんとしてもと思い、気合いを入れてなんとか立てた。

 休憩室の前を通るとKさんがいた。まったく寝ていないそうだが元気のようだ。足の処置をしてもらっていたのでのぞいてみるとビックリした。両足裏にはいくつものまめ。血まめもある。よくこんな足でここまで来たものだ。玄関に立ったKさんの姿は悲惨だった。中腰、脚はがにまた、ゆっくりしか歩けない状態である。これではゴールは無理だなと心ひそかに思った。

 藤井商店に着くと数人のグループと一緒になり、これからの山道を楽しく一緒に行くことができた。しかし、鎖峠からの下りはみなさん走り出したため、次第に離れていった。Kさんにも走ってもらいたかったが、Kさんの姿を見てそれは・・・・言えなかった。

 ところが、ここでまたKミラクルが起こった。Kさんが足をひきづりながら下りを走り出したのである。私はだまってうしろについて走った。よくみると足を上にあげない競歩のような走り方である。足に負担のかからない走り方を知っていたとはさすがである。これならゴールに間に合うかもと少し希望の光が見えてきた。

 三見駅に着くと先にいったグループがいた。先の道がわからないということで私達を待っていたそうである。結局また一緒になって萩まで行くことなった。これもKミラクルではないかと思うようになった。とにかく、Kさんの都合のいい方向に周囲が変化している。

 虎ヶ崎(204km)に午前6時半に着いた。昨年、足腰を痛めた人がここからゴールまで12時間かかっている。これを考えると残り11時間半しかないので、今の歩き方では制限時間内でのゴールは難しい。Kさんにそのことを言うと、急に虎ヶ崎の帰り道の坂を走り始められた。

 「国道に出てから走りましょう」と言ったが走りを止めなかった。それどころか、国道に出ても止まらず、東光寺から萩の有料道路のエイドまで走り続けられた。普通200km過ぎて15kmも走り続けられるだろうか。私も必死に追いかけたが追いつかない。それどころかだんだん離れていき、とうとう見えなくなってしまった。

 私は唖然とした。今までのあの姿は何だったんだろう。どこからあのパワーが出るのだろう。Kさんのすごさが初めてわかった。最期のKミラクルだった。

 45時間36分で私はゴールした。そこに笑顔のKさんがいた。10分前にゴールされたそうである。昨年のリベンジができておめでとうございます。私も30分短縮できたし、途中でリタイヤも回避できたし、自分もいろいろ助けてもらった。

今年の萩はいろいろサプライズがあり楽しかったが、少し重荷だったかな・・・・・

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする