昨日,息子の属する野球チームの練習試合があった。まだまだのチームで,未だに勝ちどきをあげたことがない。先月29日の公式戦も,17対2で散々な試合だった。息子も,満塁のチャンスで三振,外野の守備でエラーと攻守に生彩がなく,途中で交代させられてしまった。私は,久しぶりに試合を見に行ったのに,赤面の至りであった。
29日の試合の後,息子に尋ねると,私が見に来たので緊張した,今度は来ないでくれ,とのことであった。そういや,昔,自分も野球をしている時に,親父に同じようなことを言った経験がある。仕方なく,昨日は,諦めて家で仕事をしていたが,試合時間が近づくと,いてもたってもいられなくなり,急いで練習試合の会場に走った。でも,息子との約束があるので,相チームのネット裏で,隠れるように応援をしていた。何でここまでしなければならないのかと思ったが,約束は約束。まるで逃走者のような気持で試合を見ていた。息子は,先日4番バッターだったが,へまをしたためか,昨日は6番バッターであった。まだかまだかと待っていたが,またチャンスで打順が回ってきた。声をかけたかったが,それもできず,「神様,仏様,稲尾様」と心の中でつぶやいているうちに,息子は,粘って,粘って,最後はゴロを転がした。「あ,だめか」と思ったが,相手のチームのエラーを誘った。敵失とはいえ,2点が入り,チームは歓声に包まれた。その後も押せ押せムードであり,チーム全体ではいくつかミスもあったものの,全体的には相手チームを圧倒した。息子も2安打を放った。いや久しぶりに興奮した。結果は,13対6で,チームは初勝利を飾った。
バックネット裏で観戦していたチームメートの親御さんと,「初勝利でしたね。」「ドキドキでしたね。」と言葉を交わし,勝利を喜んだ。コーチに会うと,「ヒットを打って勝ったときに,特に誉めてあげて下さい。単純なことだけど,それで伸びていくものです。」ということであった。そのため,胴上げまではしなかったが,家に帰ってきた息子を誉め,ごちそうをしてやった。
自分もそうだったし,世間の人も皆同じなのだろうが,息子も,失敗もし,成功もして育っていくのだろうと思う。あたりまえのことだが,大事なのは,失敗から教訓をくみ取り,成功したときには心の底から喜ぶことだろう。単純なことだけど,それが大事なのだとつくづく思う。
裁判官の仕事をしていると,成功したときの人よりも,失敗をした時の人に出会うことが多いかもしれない。刑事事件でも民事事件でも,そして家事事件でも。そのため,成功を一緒に喜んであげたりすることは仕事の性質上あまりないかもしれない。残念ではあるが・・・。裁判官の仕事は,失敗した人に刑を宣告したり,損害賠償を命じたりするのであるから。ただ,本人に失敗の原因を理解させ,前向きな形で事件を解決できれば,これに勝る喜びはないかもしれないと思うときがある。刑事事件であれば,被告人質問や判決後の説諭,民事事件であれば和解の勧試の時などである。ドラマで演じられるほど,簡単にはいかないものではあるが,そんな喜びを得たいと思いながら裁判官の仕事をしている人はそう少なくないのではにないかと思う。
さて,息子は,今日も試合である。今日起きたら,何と言って出て行くか,楽しみである。(瑞祥)
| Trackback ( 0 )
|