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「日本そばの話」(4)

2009年06月26日 | ムサシ
(本稿は,「日本そばの話」(3)(平成20年6月26日)に続くものである。)
1 先日上京した際に,東京駅18番ホームの北端近くの立食そば店で掻揚げ天そばを食べた。私はこのところ2か月に1回程度上京する機会があるが,上京する際には何食かの食事の1食分として立食そばを食べることが多い。美味しいかというと,決してそう思うわけではない。なぜ食べたくなるのか,実は自分でも不思議に思っている。

2 私は高校の頃まで日本そばを食べた記憶がない。おそらく私の郷里では,当時日本そばを食べるという習慣はなかったのではないかと思う。高校のころ「諸君はいずれ東京に出ることもあるだろうが,ザルそばを食べるときには決してそばつゆをそばにかけてはならない。ザルそばの底はザーザー漏れるぞ。」とか,「そばは噛まずに飲み込んで胃までつながっているのがそば通の食べ方である。」とか,「えびの天ぷらは尻尾まで食べるのが通である。」などと,漢文の先生が面白おかしく生徒を笑わせて,爆笑の渦となった記憶である。

3 東京の大学に進学した後,さして日本そばを食べ歩いたという記憶はないが,私はいつのまにか日本そば好きになっていた。大学を卒業して公務員になったのに,突如気が狂ったかのごとく退職して無職となり,弁護士を目指して勉強を開始したが,当時親から勘当されて仕送りを受けることができず,自分でもどうやって食べていたのか不思議な時期が続いていた。弁護士事務所の事務員として働いた時期もあるが,両親を相次いで失った後は,医師である私の兄が,私の自殺を心配して経済的な援助を申し出てくれ,事務員の仕事もやめたのである。私が公務員を辞めてから試験に合格するまでの期間,私はしばしば駅の立食そば店で掻揚げ天そばを食べた。当時間借りしていた部屋から100メートルくらいのところに私鉄の駅の立食そば店があり,主としてそのそばと,炊飯器で炊いて自分で作った握り飯などで,細々と命を繋いでいたように思う。

4 東京の立食そばは濃い醤油味で,決して美味しいとは言えない。いつも食べ終えると,「まずいなー」と思って食べたことを後悔したものである。しかし不思議なことに,3日くらいするとまた食べたくなるのである。ある落語に,「酒のない 国へ行きたい 二日酔い また三日目に 帰りたくなる」というのがあるが,何だかこれに似て,「また三日目に 食したくなる」のである。

5 私は司法試験に合格して裁判官になり,全国を転々としたが,その住居となった町ごとに,美味しい日本そば屋を捜して通いつめたものである。今も郷里の日本そば屋を本で捜して,何十軒も食べ歩いて,ついに満足できる安くて美味しい店を見つけて,行きつけの店としている。また本で研究した結果,気に入った「そばつゆ」を自分で作ることができるようになったので,健康法として日本そばに含まれている抗酸化物質(ポリフェノール)であるルチンを摂取するために,週2回程度日本そばを食べることにしており,自分で茹でてザルそばを食べているが,大変満足している。おそらく遠からず,そば粉を買ってきて,自分でそばを打つことになるだろう。そのための本も5冊位買ってある。

6 東京の立食そばは決して満足できる美味しさではない。しかし上京するたびに食べたくなるのはなぜなのだろうと不思議に思うのである。きっと私が不遇な青春時代を送ったころ,「志を果たして いつの日にか帰らん 山は青きふるさと 水は清きふるさと」という望郷の思いを胸に,まずい東京の立食そばで命を繋いでいたころの青春の日々を懐かしく思い出すからではないかと思っている。
 「江戸そばは まずさもまずし 懐かしき」。これは,川柳「碁敵(ごかたき)は 憎さも憎し 懐かしき」をもじったものである。そのうち本で調べて本格的な東京の美味しい日本そば屋の食べ歩きをしてみようかと思っている。さすが本場の味というザルそばに出会うかも知れない。そのときはえびの天ぷらも注文して,尻尾まで食べてみることにしよう。(ムサシ)