東洋経済 2021/06/07 20:00
メキシコ文化省はザラなどアパレル大手3社が「文化の盗用」を行っているとして、説明を求める書簡を各社に送った。写真はメキシコ文化省がホームページ上に掲載しているメキシコの伝統衣装(左)、ザラの商品(右)(写真:メキシコ文化省ホームページより)
メキシコ文化省は5月末、アパレル大手3社、スペインのザラとアメリカのアンソロポロジー、およびパトール対して、メキシコ・オアハカ州の先住民族の民族衣装のデザインを利用していることが「文化の盗用」に当たるとして、「何の根拠があって共通財産を使って利益を得ているのか、公的な説明を求める」書簡を送ったことを明らかにした。
同省は、ホームページ上で各社に送った書簡を「公開」。そこには、各社のどのアイテムが文化の盗用に当たるかわかるように、”元”となっている民族衣装の写真と並べて掲載。例えば、ザラについてはオアハカの女性が着る刺繍の入った民族衣装「ウイピル(Huipil)」のデザインに類似していると指摘している。
同省によると、ウイピルはこの地域の女性のアイデンティティーの一部であり、刺繍は環境や歴史、コミュニティを示すシンボルが表現されている。衣装は素材から手作りで、仕上げるのには1カ月以上の手仕事を要する。この技は世代を超えて伝えられており、民族衣装の販売は多くの先住民族コミュニティの生計を支える1つとなっている。
利益の一部はデザイン所有者に還元されるべき
こうした背景があるにもかかわらず、それをアパレル大手が容易に、しかも事前の許可なく模写して生産するということに対して、文化省は不満を訴えているわけだ。
2018年12月にアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール氏(アムロ)がメキシコ大統領に就任して以来、同社会で差別されている人たちへの配慮を政治活動の重点の1つとして挙げている。
こうした中、メキシコに数多く存在する民族の文化などを守ることにも関心を払っており、大手3社の文化の盗用を訴える背景には、アパレル各社が民族衣装の盗用から得た利益の一部は、デザインの元となっている先住民族に還元されるべきだとの考えがある。
ロイター通信によると、ザラを運営するインティデックスはロイターの取材に対して、「指摘されたドレスのデザインについて、意図的にメキシコの(先住民族)ミシュテカの人々の民族衣装を模したり、影響を受けたりした事実はまったくない」と文書で回答している。
メキシコの民族衣装(左)と、パトールの商品(右)(写真:メキシコ文化省のホームページより)
文化省が盗用を指摘するのは、これが初めではない。2019年6月には、世界ファッション界で著名なベネズエラ出身のデザイナー、キャロリーナ・ヘレナ氏の新作コレクションに対してクレームをつけている。この作品の中に、メキシコ民族の伝統服から盗用したものがあるとして、同氏とクリエイティブ・ディレクターのウェス・ゴードン氏の両氏宛に書簡を送り、模写した根拠についての説明を求めていた。
スペインメディアによると、ゴードン氏はメキシコ文化省に対して、メキシコを旅行した時に素晴らしい民芸作品に魅了され、それを新しいコレクションの中に加えてすばらしい文化遺産を世界的により価値あるものにしたい、といった回答を送ったという。そこには模写したことへの謝罪は一切なし。逆にそれを世界に広めたい、という意向を示したのである。
一方、BBCによると、フランスのデザイナー、イザベラ・マラン氏は昨年11月、メキシコ文化省による「盗用」の指摘を受けて謝罪。「盗用しているという認識は全くなかった」とした上で、「(メキシコの)民芸品のプロモーションをすることで、こうした手仕事に対する尊敬の念を払いたかった」としている。
民族衣装の知名度を上げるきっかけになる?
実際、どちらが最終的に先住民族の利益につながるかは判断が難しいところだ。ザラのような大手企業の場合、大量生産品のため、実際の民族衣装よりずっと安価で販売できる。仮に先住民側がネット販売しても価格で対抗できないことは明らかだ。
メキシコの民族衣装(左)と、アンソロポロジーの商品(右)(写真:メキシコ文化省のホームページより)
一方で、ザラなどのメーカーを通じて商品のデザインのルーツとなった民族衣装が世界に知られるようになれば、これを機に「本物」が欲しいという消費者が出てくる可能性もあるだろう。
もちろん、大量生産品と手仕事品を同じ土俵で比べることには無理があるが、同じ土俵で戦った場合、手仕事のため価格が高く、販路もかぎられている先住民族の民族衣装が何らかの影響を受けるのは避けられない。また、最終的に先住民族への経済的メリットがあるとしても、無断で盗用するというのはモラル的にどうなのか、という議論もある。
ザラに限らず、ファストファッションブランドが、デザインの盗用を指摘されるのはこれが初めてではない。過去には、イヴ・サンローラン氏に長く仕えたピエール・ベルジェ氏は、「ファストファッションに創作は必要ない。市場にあるものを真似て、安く提供するだけでいい。あとはマーケティングの力だけである」と語っている。
実ザラなどの母体であるインディテックスには300人のデザイナーがおり、8つのブランドのために毎年1万8000着の新作を生みだしている。ライバルのH&Mやギャップは年間4000着だとされている。
つまりインディテックスの旗艦ブランドであるザラが、1年間で市場に出すアイテムの数は膨大。それをこなすには、消費者が興味を引かれる商品を生み出し続けなければならい。
ネットでデザインの盗用もわかりやすくなった
盗用を指摘するデザイナーも少なくない。2016年にはアメリカ・ロサンゼルス在住のアーティストが、自身のデザインがザラに使われていると、自身のデザインとザラの商品の写真を並べてインスタグラムに投稿。これに多くのデザイナーやアーティストが反応した。また、キューバで生まれた零細企業の作品が模写された、という訴えもある。
アパレル企業やファッションブランドが意図的に盗用した意図がないとしても、盗用された側は別の感情を抱くだろう。イギリスのガーディアン紙は、特にメキシコの民族衣装はそのデザイン性の高さなどから、長い間さまざまなメーカーから類似商品が出るなど、盗用の温床となっている。
もっとも、同紙によると、アパレル企業側は先住民側が知的財産権をめぐる訴訟でも起こさないかぎり、盗用などを認める可能性は低い。ほとんどの先住民族コミュニティは貧困にあえいでおり、訴訟費用をまかなうことは不可能だとされる。今回のメキシコ文化省による訴えは、アパレル企業にどこまで響くだろうか。
https://toyokeizai.net/articles/-/432539