東洋経済 12/11(火) 5:00配信
日本のメガバンク3社から多額の融資を受けているインドネシア食品大手傘下のパーム(アブラヤシ)油生産企業で、数多くの人権侵害が起きている事実が判明。融資継続の是非が問われる事態になっている。
問題が指摘されているのは、インドネシア最大手の食品会社インドフードだ。
マレーシアに本拠を置く国際的なパーム油生産に関する認証団体のRSPO(持続可能なパーム油のための円卓会議)の紛争パネルは11月2日に報告書を発表。約2年にわたる検証の結果として、インドフードのグループ企業が所有する北スマトラの農園や搾油工場において、賃金の未払いなど数多くの不正行為が行われていたと指摘した。インドフードのグループ企業であるロンドン・スマトラ・インドネシア社に是正を求めるとともに、RSPOの事務局に認証を停止するように指示した。
■多岐にわたる違法行為
RSPOの通告文書によれば、違法行為の内容は、インドネシアの労働法違反に該当する超過労働や賃金の未払い、退職金の不払い、労働組合への差別的扱い、女性労働者への差別的処遇など多岐にわたっている。RSPOの紛争パネルは「違反行為が蔓延していることに対して、適切な処分を下すべきである」と結論づけている。
こうした中、RSPOによる認証取り消し方針を踏まえて、日本のメガバンク3社の対応に注目が集まっている。国際環境NGOレインフォレスト・アクション・ネットワーク(RAN)日本代表の川上豊幸氏は「メガバンクのESG(環境・社会・ガバナンス)に基づく投融資ルールが機能するか否かの試金石になる」と指摘する。
RANは2016年10月、インドネシアの労働者権利擁護団体などとともに、インドフードのパーム農園で違法労働が蔓延しているとして、RSPOに苦情処理手続きを申し立てた。今回、違法行為が認定されたことを踏まえ、RANとともに申し立て手続きをしたインドネシアのアブラヤシ農園労働者権利擁護団体OPPUKのヘルウィン・ナスティオン事務局長(アブラヤシ農園労組SURBUNDO会長)は「日本のメガバンクは自社の投融資方針に基づき、きちんとモニタリングをしてほしい。そのうえで、融資を継続するか否か再検討してほしい」と東洋経済の取材に答えている。
インドフードの開示資料によれば、メガバンク3社は9月末現在、インドフードグループに700億円近い融資残高がある。しかもメガバンク3社は5月から6月にかけて、環境や人権問題への配慮を明記した新たな投融資方針を定め、ESGに配慮した事業運営に取り組むことを明らかにしている。それゆえ、事態を静観できなくなっている。
三菱UFJフィナンシャル・グループは5月15日付で「MUFG環境方針」「MUFG人権方針」および「MUFG環境・社会ポリシーフレームワーク」を制定。7月1日から適用を開始している。MUFG人権方針によれば、「お客様に対しても、人権を尊重し、侵害しないことを求めていきます」と明記。「提供する商品やサービスが、人権侵害の発生と直接的に結び付いている場合は、適切な対応を取るようにお客様に働きかける」と記している。
三井住友フィナンシャルグループ傘下の三井住友銀行は「事業融資方針の制定およびクレジットポリシーの改定について」と題したニュースリリースを6月18日に公表。石炭火力発電や森林伐採と並び、パーム油農園開発への対応を明記したうえで、「違法伐採や児童労働などの人権侵害が行われている可能性の高い融資を禁止します」と明言している。
■3メガは個別取引の回答を留保
一方、6月13日に「責任ある投融資等の管理態勢強化について」と題した方針を発表したのがみずほフィナンシャルグループ。法令やルールに違反する取引先について、「公共性や社会的正義、人道上の観点から取引を行わない」と明記。「パームオイル、木材」分野を挙げたうえで、「それらの人権侵害や環境破壊への加担を避けるため、持続可能なパーム油の国際認証・現地認証や先住民や地域社会とのトラブルの有無等に十分に注意を払い、取引判断を行います」と述べている。
問題はこうした方針がきちんと機能しているかどうかだ。東洋経済は3メガバンクに質問状を送付。今回のRSPOによる違法行為認定に関しての見解や融資方針見直しの有無、インドフードおよびグループ企業への融資に際して、これまでどのような注意を払ってきたのかについて尋ねた。
だが、3社とも「個別取引にかかわる質問については回答を控える」などと回答した。そのうえで、みずほは一般論として、「『特定セクターに対する取り組み方針』に基づいた判断を行うとともに、エクエーター(赤道)原則(大規模プロジェクト向け融資における環境・社会への配慮基準)への取り組み等を通じて、環境・社会影響を考慮してリスク管理を行っている」と説明。三菱UFJは「(MUFG人権方針などについては)ビジネス環境の変化に応じて定期的に見直しを行い、個別セクター追加や既存ポリシーの高度化を図る方向で進めていく。パームオイルについても検討対象になると考えている」と答えている。
三井住友は「パーム油に関しては、今年度に事業別融資方針を制定し、融資採り上げに際して、一定の基準を満たした国際認証の取得状況などを確認し、融資判断を行っている。また、“人権侵害につながるようなリスクを最小化するため”お客様との対話に努めている」などとしている。
メガバンクと並んで注目されるのが、公的年金を管理・運用する「年金積立金管理運用独立行政法人」(GPIF)の動向だ。インドフードの株式は外国株の代表的な株価指数「MSCI ACWI」に組み込まれており、GPIFも同社株式を保有している。
だが、人権侵害を理由に同社株式に関しての投資方針を見直すことは簡単ではないという。GPIFによれば、「個別銘柄への投資判断をすべて外部の運用会社に委託することが法令で定められていること」などを理由に、「特定の企業を投資対象から除外することを指示できない」としている。
そのうえで一般論として、「2017年6月に定めたスチュワードシップ活動原則に基づき、運用会社が重要なESG課題であると考えるテーマについて、投資先企業と積極的にエンゲージメント(建設的な対話)することをGPIFからお願いするとともに、その取り組みを運用会社の評価項目に位置づけている」と回答している。
■取引中止に動くペプシコ、不二製油
インドフードへのスタンスや働きかけの有無について明らかにしないメガバンクと対照的なのが、インドフードグループからパーム油を調達している欧米や日本の大手食品会社の動向だ。これらの企業は、取引に関する情報開示で先行するとともに、取引見直しの方針も明示している。
世界最大手食品会社のネスレは「9月をもって、商業的な理由によりインドフードとの合弁事業を打ち切ることで合意した」と発表。アメリカのペプシコも、インドフードとの食品合弁会社がインドフードのグループ企業からのパーム油の調達を2017年1月に中止していることを明らかにしている。
ペプシコはホームページ上で、インドフードのグループ企業での労働問題についてNGOがRSPOに苦情申し立てをしていることや、同社と問題の解決に向けて協議を続けてきたこと、RSPOによる認証取り消し方針を踏まえて、インドフードグループに対応を求めていることについても詳しく説明している。
日本企業で注目されるのが、不二製油グループ本社の動きだ。パーム油取り扱いで国内首位の同社は、「責任あるパーム油調達方針」を2016年3月に策定。その中で「先住民、地域住民および労働者(契約労働者、臨時労働者、移民労働者を含む)の搾取ゼロ」を公約。サプライヤーに対しても「児童労働や強制労働または奴隷労働を禁止すること」「すべての適用法令に従って(最低賃金、超過勤務、最大労働時間、福祉手当、休暇に関係する法令を含む)労働者に対して補償を提供すること」などの基準の順守を義務づけるとしている。そのうえで、2020年までに搾油工場までの完全なトレーサビリティの達成を目指す方針を策定し、調達先に法令順守の徹底を促している。
2018年5月には新たに「グリーバンスメカニズム」(苦情処理メカニズム)を策定。消費者やNGOなどからも苦情を受け付けるとともに、苦情処理の進捗状況をホームページ上で公表している。インドフードとグループ企業については、9月30日以降、取引を停止するとの方針が示されている。
その理由について、「NGOや顧客などのステークホルダーから環境や労働問題に関しての懸念が伝えられていたことから、調査やエンゲージメント(建設的な対話活動)を実施したうえで、責任あるパーム油調達方針に基づいて判断した」(山田瑶・CSR・リスクマネジメントグループ CSRチームアシスタントマネージャー)という。
このように、金融機関と食品会社とでは、取引先企業への働きかけのレベルにおいて大きく異なる。金融機関もESG方針を定めた以上、問題を起こした企業にどのような対応をしているかの説明が求められるようになっている。
岡田 広行 :東洋経済 記者
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181211-00253341-toyo-bus_all
日本のメガバンク3社から多額の融資を受けているインドネシア食品大手傘下のパーム(アブラヤシ)油生産企業で、数多くの人権侵害が起きている事実が判明。融資継続の是非が問われる事態になっている。
問題が指摘されているのは、インドネシア最大手の食品会社インドフードだ。
マレーシアに本拠を置く国際的なパーム油生産に関する認証団体のRSPO(持続可能なパーム油のための円卓会議)の紛争パネルは11月2日に報告書を発表。約2年にわたる検証の結果として、インドフードのグループ企業が所有する北スマトラの農園や搾油工場において、賃金の未払いなど数多くの不正行為が行われていたと指摘した。インドフードのグループ企業であるロンドン・スマトラ・インドネシア社に是正を求めるとともに、RSPOの事務局に認証を停止するように指示した。
■多岐にわたる違法行為
RSPOの通告文書によれば、違法行為の内容は、インドネシアの労働法違反に該当する超過労働や賃金の未払い、退職金の不払い、労働組合への差別的扱い、女性労働者への差別的処遇など多岐にわたっている。RSPOの紛争パネルは「違反行為が蔓延していることに対して、適切な処分を下すべきである」と結論づけている。
こうした中、RSPOによる認証取り消し方針を踏まえて、日本のメガバンク3社の対応に注目が集まっている。国際環境NGOレインフォレスト・アクション・ネットワーク(RAN)日本代表の川上豊幸氏は「メガバンクのESG(環境・社会・ガバナンス)に基づく投融資ルールが機能するか否かの試金石になる」と指摘する。
RANは2016年10月、インドネシアの労働者権利擁護団体などとともに、インドフードのパーム農園で違法労働が蔓延しているとして、RSPOに苦情処理手続きを申し立てた。今回、違法行為が認定されたことを踏まえ、RANとともに申し立て手続きをしたインドネシアのアブラヤシ農園労働者権利擁護団体OPPUKのヘルウィン・ナスティオン事務局長(アブラヤシ農園労組SURBUNDO会長)は「日本のメガバンクは自社の投融資方針に基づき、きちんとモニタリングをしてほしい。そのうえで、融資を継続するか否か再検討してほしい」と東洋経済の取材に答えている。
インドフードの開示資料によれば、メガバンク3社は9月末現在、インドフードグループに700億円近い融資残高がある。しかもメガバンク3社は5月から6月にかけて、環境や人権問題への配慮を明記した新たな投融資方針を定め、ESGに配慮した事業運営に取り組むことを明らかにしている。それゆえ、事態を静観できなくなっている。
三菱UFJフィナンシャル・グループは5月15日付で「MUFG環境方針」「MUFG人権方針」および「MUFG環境・社会ポリシーフレームワーク」を制定。7月1日から適用を開始している。MUFG人権方針によれば、「お客様に対しても、人権を尊重し、侵害しないことを求めていきます」と明記。「提供する商品やサービスが、人権侵害の発生と直接的に結び付いている場合は、適切な対応を取るようにお客様に働きかける」と記している。
三井住友フィナンシャルグループ傘下の三井住友銀行は「事業融資方針の制定およびクレジットポリシーの改定について」と題したニュースリリースを6月18日に公表。石炭火力発電や森林伐採と並び、パーム油農園開発への対応を明記したうえで、「違法伐採や児童労働などの人権侵害が行われている可能性の高い融資を禁止します」と明言している。
■3メガは個別取引の回答を留保
一方、6月13日に「責任ある投融資等の管理態勢強化について」と題した方針を発表したのがみずほフィナンシャルグループ。法令やルールに違反する取引先について、「公共性や社会的正義、人道上の観点から取引を行わない」と明記。「パームオイル、木材」分野を挙げたうえで、「それらの人権侵害や環境破壊への加担を避けるため、持続可能なパーム油の国際認証・現地認証や先住民や地域社会とのトラブルの有無等に十分に注意を払い、取引判断を行います」と述べている。
問題はこうした方針がきちんと機能しているかどうかだ。東洋経済は3メガバンクに質問状を送付。今回のRSPOによる違法行為認定に関しての見解や融資方針見直しの有無、インドフードおよびグループ企業への融資に際して、これまでどのような注意を払ってきたのかについて尋ねた。
だが、3社とも「個別取引にかかわる質問については回答を控える」などと回答した。そのうえで、みずほは一般論として、「『特定セクターに対する取り組み方針』に基づいた判断を行うとともに、エクエーター(赤道)原則(大規模プロジェクト向け融資における環境・社会への配慮基準)への取り組み等を通じて、環境・社会影響を考慮してリスク管理を行っている」と説明。三菱UFJは「(MUFG人権方針などについては)ビジネス環境の変化に応じて定期的に見直しを行い、個別セクター追加や既存ポリシーの高度化を図る方向で進めていく。パームオイルについても検討対象になると考えている」と答えている。
三井住友は「パーム油に関しては、今年度に事業別融資方針を制定し、融資採り上げに際して、一定の基準を満たした国際認証の取得状況などを確認し、融資判断を行っている。また、“人権侵害につながるようなリスクを最小化するため”お客様との対話に努めている」などとしている。
メガバンクと並んで注目されるのが、公的年金を管理・運用する「年金積立金管理運用独立行政法人」(GPIF)の動向だ。インドフードの株式は外国株の代表的な株価指数「MSCI ACWI」に組み込まれており、GPIFも同社株式を保有している。
だが、人権侵害を理由に同社株式に関しての投資方針を見直すことは簡単ではないという。GPIFによれば、「個別銘柄への投資判断をすべて外部の運用会社に委託することが法令で定められていること」などを理由に、「特定の企業を投資対象から除外することを指示できない」としている。
そのうえで一般論として、「2017年6月に定めたスチュワードシップ活動原則に基づき、運用会社が重要なESG課題であると考えるテーマについて、投資先企業と積極的にエンゲージメント(建設的な対話)することをGPIFからお願いするとともに、その取り組みを運用会社の評価項目に位置づけている」と回答している。
■取引中止に動くペプシコ、不二製油
インドフードへのスタンスや働きかけの有無について明らかにしないメガバンクと対照的なのが、インドフードグループからパーム油を調達している欧米や日本の大手食品会社の動向だ。これらの企業は、取引に関する情報開示で先行するとともに、取引見直しの方針も明示している。
世界最大手食品会社のネスレは「9月をもって、商業的な理由によりインドフードとの合弁事業を打ち切ることで合意した」と発表。アメリカのペプシコも、インドフードとの食品合弁会社がインドフードのグループ企業からのパーム油の調達を2017年1月に中止していることを明らかにしている。
ペプシコはホームページ上で、インドフードのグループ企業での労働問題についてNGOがRSPOに苦情申し立てをしていることや、同社と問題の解決に向けて協議を続けてきたこと、RSPOによる認証取り消し方針を踏まえて、インドフードグループに対応を求めていることについても詳しく説明している。
日本企業で注目されるのが、不二製油グループ本社の動きだ。パーム油取り扱いで国内首位の同社は、「責任あるパーム油調達方針」を2016年3月に策定。その中で「先住民、地域住民および労働者(契約労働者、臨時労働者、移民労働者を含む)の搾取ゼロ」を公約。サプライヤーに対しても「児童労働や強制労働または奴隷労働を禁止すること」「すべての適用法令に従って(最低賃金、超過勤務、最大労働時間、福祉手当、休暇に関係する法令を含む)労働者に対して補償を提供すること」などの基準の順守を義務づけるとしている。そのうえで、2020年までに搾油工場までの完全なトレーサビリティの達成を目指す方針を策定し、調達先に法令順守の徹底を促している。
2018年5月には新たに「グリーバンスメカニズム」(苦情処理メカニズム)を策定。消費者やNGOなどからも苦情を受け付けるとともに、苦情処理の進捗状況をホームページ上で公表している。インドフードとグループ企業については、9月30日以降、取引を停止するとの方針が示されている。
その理由について、「NGOや顧客などのステークホルダーから環境や労働問題に関しての懸念が伝えられていたことから、調査やエンゲージメント(建設的な対話活動)を実施したうえで、責任あるパーム油調達方針に基づいて判断した」(山田瑶・CSR・リスクマネジメントグループ CSRチームアシスタントマネージャー)という。
このように、金融機関と食品会社とでは、取引先企業への働きかけのレベルにおいて大きく異なる。金融機関もESG方針を定めた以上、問題を起こした企業にどのような対応をしているかの説明が求められるようになっている。
岡田 広行 :東洋経済 記者
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181211-00253341-toyo-bus_all