平和1丁目 ~牧師室より~

福岡市南区平和にあるキリスト教の平尾バプテスト教会の週報に載せている牧師の雑感

2020年2月9日 人の労働は同じ値打ち

2020年03月04日 22時46分29秒 | Weblog
人の労働は同じ値打ち

 マスクを買いに近くの薬局に行ったら品切れであった。それで、コンビ二に行ってみた。幾つかの種類がわずかばかり残っていた。
 買ったあと、裏を見てみたら中国製。そう言えば、最近は、「純日本製」といった表示がやたらと目につく。日本のメーカーなのだが 、どこの国で作ったかが、今は大事なようだ。人件費が安くつく国で作っているケースが少なからずある。それでもしっかりとした製品ならいい。消費者としては、安い方がいいに決まっている。「安かろう、悪かろう」という言葉がある。同じように見える製品でも、安い物は、粗悪品が多いということなのか。しかし、流通経路や人件費、材料などで、つまり企業努力により少しでもコストを下げて、安く提供しているのが普通である。
 私は最近、これまでのガラクタを処分するため幾つかの業者にあたったが、値段に3倍以上の差があり驚いた。この差はどこから来ているのか。見積りに来た人、荷物を取りに来た人は、日本人以外のアジアの方であった。それも、ここはエレベーターなしの3階だというのに、値段の上乗せはなかった。申し訳なく思った。
 ひょっとしたら、幾つかの家具はまだ十分に使える物だったから、すべてを廃棄しているのではく、海外への再利用のルートがあって、お金になっているのかもしれない。安いのはうれしいが複雑な気持ちである。人の労働に同じ値段をつけてくださるのは神様だけである。


平良憲誠 主任牧師

2020年2月2日 人間をとる漁師なんだよ

2020年03月04日 22時43分21秒 | Weblog
人間をとる漁師なんだよ

 イエス様が、ペトロを弟子に招いたときに「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われたことをとてもうれしく思っている。というのは、教会の方々もご存じのように、私は釣りが趣味であり、その魚釣りに人をイエス様に導くことをたとえているからだ。
 私は、釣りをする前の晩は、妙に力が湧いてきて少年に返ったような気分になる。妻から多少のことを頼まれても「ハイ!ガッテンですよ~」と、そんな具合になる。趣味というものは、楽しく、リフレッシュにもなる。これは、仕事ではないから誰かに対する責任もない。
 しかし、このイエス様の言葉は、ちょっと重い。確かにペトロに言われた言葉だが、私たちキリスト者への言葉でもある。自分がリフレッシュをするために、イエス様の所に人を導こうというのではない。これには、キリスト者としての責任が問われているとも言える。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」。
 私たちは、イエス様について行こうとしているのだろうか。イエス様から人間をとる漁師として招かれたのだが、その責任を果たそうとしているのだろうか。これは、趣味ではない。伝道すること、イエス様を伝えること、これは、私たちキリスト者の最も大事な歩み、お仕事そのものだと言える。ちなみに、私の魚釣りは、どちらかというと漁に近い。だから、海洋釣堀に行っている。たくさん鯛を釣りたいからだ。なんだ、落ちはそこなのかい・・。


平良憲誠 主任牧師