晴天に満月が浮かんで、昨日の陽気が一転し、厳しい寒気の夜明けである。
薄い曙色の空の下で、南東の雑木林の梢がざわついて来たように見える。
立春の太陽はほぼこの位置に昇る。
今冬 安曇野一帯に飛来した水鳥の数が増加した、理由は日本海側の豪雪によるものらしい。
渡り鳥にも北帰行の時が迫る、慌しいことだ。
春を待つ人の心にも慌しさが去来する。
晴天に満月が浮かんで、昨日の陽気が一転し、厳しい寒気の夜明けである。
薄い曙色の空の下で、南東の雑木林の梢がざわついて来たように見える。
立春の太陽はほぼこの位置に昇る。
今冬 安曇野一帯に飛来した水鳥の数が増加した、理由は日本海側の豪雪によるものらしい。
渡り鳥にも北帰行の時が迫る、慌しいことだ。
春を待つ人の心にも慌しさが去来する。
昨日の雨で雪が溶けて、畑地は斑雪となった。
風は気まぐれで、暖気を運んだ風は、寒気を連れて帰ってゆく。
明日から、しばらく寒い日が続くという。
春の旅を誘うチラシが届く。
10年ほど以前 伊豆河津に桜を観た 。
一面に菜の花が咲いて、河津川に咲く桜並木が何ともうらやましかった。
その頃 信州はまだ冬の名残の豪雪があったりする。
ひと足早く春に出会える旅は嬉しく、早春の伊豆は信州人種の憧れである。
朝早く雀のさえずりが聞こえてきた。
隣家の屋根に数羽の雀が止まって鳴き交わしている。
久しぶりの対面である、新鮮で美しく見える羽色に安堵した。
山で鹿を追い払っている間に、もっと身近なところで大きな変化が起きていることに気付かなかった。
従来見ることのなかった動物が身近に跋扈し、空気の様に存在していた小鳥が忽然といなくなる。
それは大変悪い事の前兆かも知れないし、自然界に極く普通におきている 変遷なのかもしれない。
寒さが少し和んだ、薄日が射して終日柔らかな空気に包まれた。
台所の野菜くずは必ず畑に戻すことにしている。
今日もポリバケツで畑に運んだ。
山麓に続く土手の斜面を横切って獣道が続いていた。
フェンスがまだ設置されていない地域から侵入して来るらしい
ここは餌を求めて徘徊する彼等の行動ルートになっている。
例年より多い雪と、獣防護フェンスが獣の生活環境を厳しくしている。
獣道の本通りから、小さな足跡が別れて、前回捨てた野菜くずの塊を漁った形跡が残っていた。
任期中3回の評議会を開催するのが通例である。
第二回目の評議会が山梨県山梨市で開催された。
特急と電車を乗り継いで約90分、快晴の甲府盆地は信州に比べ格段に暖かい。
葡萄畑の下草の緑が濃かった。
評議会には通常議題の他に重い議案も含まれていたがなんとかまとめることができた。
お湯が使えない朝
近頃経験しない寒波に襲われた。
お湯の配管がどこかで凍りついたらしい。
久しぶりに手の切れる様な痛い水道水で洗顔した。
手指の感覚が失われる、水の冷たさを実感する。
昔 外に出て、小川の流水で洗顔し口をすすいだ。
そして上水道の配管が家の中まで伸びてきた。
台所にガス瞬間湯沸かしがついて、いつでも暖かい湯が使えるようになった。
下水道が整備され、ボイラー温水機を置いて、レバー一つで適温のお湯がいつでも出る時代である。
当たり前に思っていたことが一気に覆って、昭和に引き戻された。
降る量は少ないけれど、連日の雪雲を見上げて溜息連発している。
長野県北部や隣県の豪雪を思えば意気地がないことだ。
「昔はもっと寒かった」と威張っても寒気が骨身にしみてくる。
如月は着ぶくれた上に更に重ね着するから「きさらぎ」という、最低気温は立春を過ぎてからやってくる。
大雪は3回目で春を呼ぶ 一回目の大雪はまだ降らない。
今年は諏訪湖のお神渡りが数年ぶりに観察できるとの予想 それだけ寒さが厳しいということ。
夏を越した白いシクラメンも咲いた、日差しが 制限されていた室内にようやく陽光が満ちて、ここで育った花が咲いた。
真綿は屑繭を煮てほぐし、四角の木枠に引っかけて作る。木綿と違って繊維が長い(1000米)から木綿綿の補強に使われていた。
真綿ができる過程、布団や綿入れ半纏の作業工程を身近で観察できたから、今でも思い出すことができる。
風邪の予防に木枠から外し、乾燥させた真綿を何枚か重ねて、簡易襟巻を作ってもらった。
不思議なことに、それを首に巻くと懐炉ように暖かかった。
今日から2月 重苦しく空を覆うのは分厚い灰色の雪雲である。
時折雪雲から溢れ出た雪片が舞い落ちてくる、夕刻からは降雪警報がでる模様。