花を忘れた胡蝶蘭
知人との会話の中に「辻堂」という言葉が出た時、昭和30年代のことを思い出した。
ある旅を途中下車し、夕刻姉夫婦が住む辻堂駅に降りた事がある。
出迎えしてくれるはずの姉夫婦の姿が見えず、薄暗い辻堂駅北口の改札口で途方にくれていた。
姉の機転でその不安な時間は程なく解消したのだが、そのことで東海道本線辻堂駅は生涯忘れ得ぬ駅となった。
当時辻堂駅に丘陵に向かう北口と湘南海岸に続く南口のあることが、田舎者には理解できなかったのである。
海岸近くの砂場のような土地に建てられた小さな平屋が姉達の住まいであった、床に入ると太平洋の波音が聞こえたように思う。
別の日には松の防風林を抜けて江の島まで歩いた。
江の島で借りた釣竿に河豚が掛って、風船のように膨らみ怒って鳴いた。
海に戻すと風船はしばらく浮いて、パチンと破けたように空気が抜けて、何事もなかったように河豚は海に戻っていった。
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