横山秀夫「出口のない海」講談社文庫 2004年刊
社会派サスペンス作家が手がける戦争青春小説(というジャンルがあるかどうか不明だが)である。同じような設定で神風特攻隊で出征した、確か巨人軍の投手を描いた小説があったような記憶(映像化もされた)がおぼろげながらある。
本書はやはり大学野球選手をモデルに、人間魚雷回天に搭乗し華々しくとは決して言えない状況で、理不尽にも命を散らす人間をかなり綿密に描く。知覧の特攻記念館?で数々の遺書を読んだが、その一つ一つにこうした物語が付随していることなのだろう。
個人の命を捨てるという葛藤と、軍隊、或いは軍国主義社会の組織的な有形無形の圧力をかなりバランスよく描写している。この著者のこうした社会性が私は好きだが、翻って現代をみると、国民会議を代表とする右翼は安倍首相を筆頭として自民党の幹部を動かし、戦前の軍部優先社会の再現を図ろうとしている。
そのことを考えると決してこの小説が二番煎じではなく、何度でも警告を鳴らす役目を果たしてもらいたいと思う。小説という体裁を取るため、どうしても情緒的に流れる部分があるが、それを最小限におさえて、人間として生きる意味、死ぬ意味、湧き上がる恋心、野球に対する情熱、周りの人間との関わり、などを的確に描ききっている。佳作と言うべきだろう。