村上春樹「雨天炎天」新潮文庫 H2年刊
ギリシャ・トルコ辺境紀行文である。
ギリシャは正教の、巡礼地、或いは修行地のアトス半島を巡る旅で、3泊4日の予定で出掛ける。キリスト教の一分派であるギリシャ正教の特長は何か知らないが、わかっているのはロシア地方にこの派が多いことくらいか。
それはさておき、巡礼者に対する対応は古今東西共通するところがある。お遍路さんもそうだし、北スペインでも、かなり巡礼者に親切だ。ここも例外ではない。修道院の人が旅の食料すら恵んでくれるという。
ここの紀行は取り立てて事件が起きるわけではないが、作家らしいきめ細かな筆の運びで飽きさせない。こういうところは流石である。最後は予定していた船に乗れず、もう一つ先の港からチャーター船に乗ることになるのだが、これが事故らしいといえば言える。
半島の修道院巡りを堅実に終えるという、正に巡礼そのもののような紀行であった。
本の後半は、トルコ一周。パジェロでイスタンブールを黒海を東に、南へソ連・イラン国境を下り、そこからシリア国境を西に地中海に出て、ギリシャ・エーゲ海にたどり着くという旅だ。
20年前も国境付近は現在同様緊迫しているのだが、そんな中でも将校によっては話がわかる人がいて、楽しく過ごせる経験をする。また途中で出会った家族の消息を心配したり、推理をしたり、この紀行文は旅行の案内書ではなく、著者個人の体験記である。別の人が同じコースを辿ったら全く別の物語が語られる。
特別な事件が起きなくても、臨場感はある。ある意味で平凡な私の身の丈によく合わせられた紀行文かもしれない。
当たり前だが、それでもその土地の空気みたいなものが伝わってきて、少しこれらの地方に興味が湧いてきた。